第9話
おかしなバンドではあるが、間違いなく力はある。
音楽に対する才能がずば抜けている。
なぜこんな箱の小さいライブハウスでライブをしているのか、謎なくらい。
もっと大きな箱でだって集客できそうなのに、と思う。それほどに彼女たちには魅力があった。魅惑する力があった。音楽を愛し、音楽に愛される。
ライブが終わって、私たちは帰宅する。
ライブハウスの最寄り駅までは同じ道のりだった。
右側にはさゆちゃんが、左側には長谷川奈央がいる。
両手に花。
右を見ても、左を見ても、視界には美少女が入ってくる。この世の中には美少女しかいねぇーのかってくらい視界は幸せに包まれている。
まぁそういう思考回路を潰すほどに今はさっきのライブの余韻に浸っているのだが。良かったなとか、凄かったなとか、まだ心が響いてんなとか。ふとした瞬間にあの情景を思い出す。
だって、あれは物凄かった。
ライブという価値観そのものを崩されたような気がする。
私の知っているライブというのは、ALIVEのものだけ。ないしはALIVEに関係するもの。
一歩でた、ALIVE以外のライブというのに足を運んだことはなかった。
だからこそ、常識が覆された。
こんなにも熱く、興奮し、心が揺れ、焦がれるものなのか、と。今もなお、形容しがたい高揚感が私を襲い、包み込む。
仮に私が無趣味なつまらない人間であったのなら、確実にハマっていた。
少なくとも今の私は「また行きたい」と思っている。
ハマったか否かは知らん。ALIVEがあるし、推し変する気もないので、ハマったと断言することはできない。
でも興味は間違いなくある。
それは否定できない。
「ど? 楽しかった?」
私のことをニマニマ見ながら、長谷川は問いかけてくる。
「楽しかったよ。思ってたよりも。うーん、と」
特に隠す理由もない。だから素直に告げる。
「さゆちゃんはどうだった?」
世間話を振る。そんなつもりで彼女に話を振った。
でも返事はなかった。
「さゆちゃん……?」
「……」
改めて呼びかけても返事はない。
「さゆちゃん?」
一方でさゆちゃんの表情は強ばっていた。
どうしたのか、と不思議になる。
「レベルが違う……」
「うん?」
「この人たちと今度対バンするんだよ。ちょっと、今の私たちじゃ恥をかくだけになっちゃう気がする。見劣りって程度で済めば良いかも」
「相手は本物のバンドだしねー。いくらアイドルとして活動してるからって即興バンドじゃ厳しいよ」
「長谷川。それってつまり、ALIVEはファーストの引き立て役ってこと?」
「引き立て役ねぇ。うーん。どっちかって言うと、引き立て役ってよりも、噛ませ犬って感じじゃーないかな」
なるほど。
ALIVEのレベルの低さで、ファーストはより一層際立つということか。
ただでさえ、こんなライブをするんだ。
他と比較、なんてしたら、さらに輝くのは火を見るより明らか。
ALIVEは所詮、ファーストを盛り上げるための一グループでしかない。
「別に対バンって勝ち負けじゃないけど。でも、やっぱりダサイって思われたくない」
さゆちゃんは振り返る。
ライブハウスを睨む。光線でも出てきそうなほどの睨み。思わずこちらが臆する。
「ダサイって思われることは無いんじゃない?」
長谷川は私の前にてこてこと出てきて、さゆちゃんを見て告げた。
「そうなの? かな」
不安そうに首を傾げる。それを見て長谷川はうんうんと二度大きく頷く。
「うーんとね、有象無象の一つとして認識されるよ。どーせさ、ライブハウスに来る大半はファースト目的だしね。これはさー、ほら、ホームでやる以上当然なんだけどね。例えばねー、スポーツとかもそうでしょ。ホームとアウェーならホームチームの観客が多くなる。それはまぁしょーがないことだって受け入れるしかないよ」
「ファースト目的なのは言われなくてもわかる。けど、有象無象だって思われるのは癪」
彼女には彼女なりのプライド、というものがあるのだろう。
いつものふにゃりとした雰囲気はもうどこかにいってしまっていた。
なんというか。そんなプライドがあるのなら、オタクと繋がりを持つのは絶対にやめた方が良いと思うんだけど。
どういう軸が彼女の中にあるのか。うーむ、イマイチわからんね。
指摘できる雰囲気でもないので、思っておくだけ。言わない。
「どうせなら、ファーストのファンを引っ張ってくる。ぐらいのことはしたい。してやりたい」
「ふーん、良いじゃん。熱こもってんね」
「せっかくのチャンスだから」
さゆちゃん。というかALIVEとしてもそういう認識ではあるんだ。
メラメラ燃える、さゆちゃんを見ながら、どれだけ仕上げてくるのだろうか、と期待し、そして不安にもなった。
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