第8話

 ドラムの音が響く。

 喧騒としていた空気は一変した。

 静まる。しーんとした。

 そしてドラムの音、ベースの音、ギターの音が合わさり、一つの音を奏でる。まさに一つの音楽として完成する。どの楽器もまるでクライマックスかのように派手に過激に演奏する。

 それからその音はぴたりと止む。時が止まったかのように静まった。

 それと同時にマイクを通じて、女性の声が轟く。

 お世辞にも美声とはいえない。むしろ若干の汚さを孕んでいる。なのに、なぜだろうか。心地良さが介在していた。すごく不思議な気分である。

 歌声と楽器の音色に感情が乗っかる。歌詞をただの文字として受け取るのではなくて、しっかりとした言葉として受け取ることができた。

 心に響く曲。心に響く歌声。

 それがステージ上で披露されている。


 「すげぇ……」


 その力に気圧され、思わず声を漏らす。

 そういう反応をすることしかできない。それほどに心を鷲掴みにされていた。そして私のことを離さない。まるで引きずり込もうとしているようだった。なんならあまり力強く握られているせいで潰されているかもしれない。それほど。感情はもう昂って、どこかへ飛んでいっている。


 隣でステージを見るさゆちゃんも瞳を輝かせていた。

 さっきの不満そうな表情とか、そんなのどこかに捨ててしまったようである。同じ音楽をしている人間としてなにか思うことがあったのだろう。多分そう。彼女のオタクとしてはそうであって欲しいと願う。これで違うことを考えてたら笑っちゃうね。


 一曲目が終わる。


 「今日はファーストの単独ライブにお越しいただきありがとうございます」


 さっきの声とは大きく違う、穏やかな声音が響く。

 格差に私は長谷川を見る。

 人が変わったと言われても納得できるほどの変貌だ。

 この声を出す人が、さっきの迫力のある歌を歌っていたとは思えない。けど、事実として目の前にある。受け入れるしかない。


 「今日も魂を込めて歌います。全力で。私の命を燃やしてでも。私のありがとうを伝えることができたら、と。でも言葉で伝えるにはあまりにも軽すぎるから。歌にして。歌に乗せて。君に届けたい」

 「はいはーい。北川は今、来てくれてありがとうって言ってますー」


 ボーカルの声をは遮るように、ギターの子は声を被せた。


 「君たちはきっと今日が最初で最後のファーストライブかもしれない。人生で一度の縁。それをここで使ったかもしれない。それならばそれなりの思い出を提供するという義務が私たちにはある。それが演者というものだから」

 「今日のライブ良かったねって言って貰えるライブにしたいって言ってまーす」


 また遮った。


 なんだこれは。


 長谷川を見る。


 「なに?」

 「なんか凄い異質な感じなんだけど……。MC? これMCなのかな」


 アイドル現場しか足を運んだことがない。なので、アイドルの現場で使っているようなワードをここでも使って良いものなのかと迷う。まぁ長谷川相手なので、さほど気にしないが。


 「いつもこんなんだよ。北川。あ、ファーストのボーカルね。この人、熱意はものすごいあるけど、厨二病っぽいんだよ。なんか深い言い回しというか、わざと受け取るのが難しいような言葉使いするんだよね」

 「それでメンバーが通訳する、と」

 「そういうこと」

 「えぇ、なんだそれ」


 ALIVEに負けないくらいおかしなバンドで思わず苦笑してしまった。


 ふふ、ファースト。実力もあるし、おもしれーバンドじゃねぇーか!

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