第7話

 スマホの検索バーにとあるライブハウスの名前を入力し、虫眼鏡マークをポチッと押す。それから経路のボタンをタッチして、表示されたナビゲーションに従いながら、歩き始める。

 見知った景色と見知らぬ景色が入り交じる。

 慣れと新鮮さが交互に押し寄せる。

 そしてなぜか私の手をとるさゆちゃん。当然のように指を絡め、親指で私の人差し指を撫でるように擦る。ただでさえなにをしてんだって思うのに、こういうわけのわからないことをしてくるからなおさらわけがわからなくなる。


 「なんで手を?」

 「なんでって……デートじゃん?」


 さゆちゃんはさも当然という様子で答える。

 まるで私が間違っているような。そう錯覚してしまうほど、堂々としていた。

 思わず一度、ふぅんそっかぁと受け入れてしまう。

 受け入れてから、いや、違うでしょ。デートじゃないでしょ、と正気に戻る。


 「ライブ行くだけだよ。デートじゃない」

 「え?」

 「え?」


 顔を見合わせる。

 さゆちゃんはグッと私の手を強く握る。いや、痛いな。普通に。


 「デートでしょ。デート」

 「なんでそうなった……」

 「ライブデート?」


 拡大解釈をすればそうなるのかな……。

 うーん、なるのか?

 いや、ならないな。


 「そもそも長谷川もいるし。デートって言うのはちょっと無理があるんじゃないかな」

 「じゃあ二人っきりで、どう?」

 「は? 今から予定変更しろ、と」

 「そうそう」

 「馬鹿言え。無理に決まってんだろ。ドタキャンするような奴に思われたくはないわ!」


 却下する。

 当然だ。


 「……」


 さゆちゃんは不満気な様子を見せる。

 うーむ、そんな顔をされても困るな。

 デートじゃないのは変えられないし、変えるつもりもない。そもそもさゆちゃんとデートするつもりはない。今までも、そしてこれからも。

 だからこれがデートに移り変わる、ってのはない。ありえない。例え天変地異が起きても、夏に雪が降っても。ありえない。


 「ほらほら。行くよ」


 ぐいぐいと引っ張る。

 もしもこれ以上駄々をこねるのなら、置いていく。そのくらいの覚悟を持って手を引いた。

 私の力が強かったのか、さゆちゃんが一切の抵抗を見せなかっただけなのか。どちらであるかは不明だが、案外簡単に引っ張れた。まるで犬のリードを持つみたいな感覚である。もはや引く感覚すらなかった。





 「ごめん。お待たせ」


 長谷川との待ち合わせ場所。柵に腰掛ける長谷川に私は声をかけた。スマホに視線を落とし、暇を潰していたであろう彼女はやっとかというような表情で顔を上げた。

 たかが五分。されど五分。

 さゆちゃんが原因だとしても、まぁ遅刻してしまったのは紛うことなき事実。でも謝ったし、許して欲しい。一時間遅刻してるわけじゃないし。良いじゃん。常習犯ってわけでもないし。


 「……」


 怪訝そうな目線。

 私に向けられていると思っていたが、彼女の目線の先は私ではなかった。私とさゆちゃんの間。繋がっている手であった。

 ただ手を繋ぐ。それだけなら女の子同士、そこそこある話ではある。珍しいことじゃない。仲良い間柄であれば。

 しかし指を絡ませるというのは普段しない。

 レベルが数段違う。

 視線の正体に気付いて、私はぶんぶんと腕を振り、繋いだ手を離す。

 無理矢理断ち切った。それに対し、さゆちゃんは露骨に不満そうであった。

 不満もなにも、しょうがないじゃないか。と、思う。けど、


 「……なーに」


 睨み返すと、さゆちゃんはあざとく問う。


 「色々勘違いされる、これ」

 「良いじゃん」

 「良くはないかと。仮にもアイドルなんだしさ」

 「今はただの新垣紗優だからセーフっ!」


 プロ野球の審判のように両腕を垂直に伸ばす。


 「おふたりとも、痴話喧嘩は終わった? 終わったんなら中入ろうか」


 長谷川は呆れたような表情を浮かべながら、問う。


 「痴話喧嘩じゃないからね」


 と、私は反論するが、説得力は皆無である。

 特に隣で痴話喧嘩という言葉にニマニマしているさゆちゃんのせいで。





 ファーストのホームライブハウス。

 外観はそこまでハートビーオンと変わらない。

 地下へと続く階段があって、扉がある。

 中に入ると早速受付がある。ここもまぁ変わらない。そして料金形態も変わらない。ワンドリンク制だ。

 ただフロアの雰囲気はハートビーオンとは大きく違った。

 内装の作り自体はそこまで大差ない。

 なんならハートビーオンの方が若干綺麗なような気がする。……この評価はちょっと贔屓目が入っているかもしれない。


 「誰もサイリウムもペンライトも持ってないね」

 「そりゃアイドルのライブじゃないし。ファーストは列記としたガールズバンド。バンドだよ。バンド。ロックとアイドルなんて対極にいるようなもんでしょ。演者も観客も。どっちもね」


 べらべらと饒舌になった。

 どうやら私は長谷川のスイッチを押してしまったらしい。

 うげー、めんどー。なんて思いながら、うんうんと頷いていた。


 そして人はどんどんと集まっていく。

 熱気はあるが、ハートビーオンとは一味違う。なんというか爽やかさがどことなくある。

 客が汗対策をしているか、否か、とかなのかな。

 ぼんやり考えながら、開演を待っていた。

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