第4話

 というわけで、帰宅した。

 部室を綺麗にして、なんか意味もなくだらだらと駄弁って、帰り際に女二人で出向くような店構えじゃないラーメン屋で脂マシマシなラーメンを食しての帰宅だ。

 正直満足感はすごい。一日で三日分くらいの充実感があった。これはあれかもしれない。私もついにリア充の仲間入りしちゃったかもしれない。

 そういう実感が湧くほどに、今日一日は充実していた。


 しかし今日はまだ終わらない。

 むしろここから始まると言っても良い。いやそれは言い過ぎだったかもしれない。訂正しよう。


 と、覚悟を決めて、玄関の扉を開けようとする。

 ドアノブに手をかけて、なんで帰宅するのにこんな労力を使っているのだろうかと呆れる。自然と笑みがこぼれる。もっとも苦笑だが。まぁ笑みは笑みだ。


 「なんて言おうかな。ストレートに言って良いのかな」


 つぶやく。

 悩む。

 どうしようかなって。

 なんて切り出そうかなって。


 「……」


 うじうじしていてもしょうがないか。

 そういう結論に達し、そして自分を奮い立たせる。


 深呼吸を挟む。すーっはーっ、と。


 そして家に入る。


 「ただいまー」


 と、声をかける。

 どうせさゆちゃんはいるんだろうと思いながら。


 でも家は真っ暗だった。

 それに玄関に私以外の靴は並んでいない。


 「あれ? さゆちゃん?」


 狭い玄関内でキョロキョロ周囲を見渡す。


 「いない? さゆちゃんいないの?」


 やっぱりさゆちゃんがいない。

 いや、これが当たり前なんだけど。だからいないことに対してビックリするのはおかしい。お門違いというやつだ。でもビックリしてしまう。


 「なんで?」


 と、疑問を口にしてしまうほどだ。


 まぁでもそういう時もある。

 良く考えてみれば、今までも家で待ち伏せしていたってパターンはあまり多くなかった。どっちかと言えば、私が家にいる時に堂々と上がってくるってパターンが多かった。


 ふむ。とりあえずさゆちゃんの家のインターホンを鳴らしてみよう。


 家を出て、すぐ隣の玄関前までやってくる。

 それからピンポーンと躊躇無くインターホンを鳴らした。うじうじしたり、おっかなびっくりしながら葛藤するターンはもうとっくに終わった。覚悟は決まっている。覚悟の決まった女は強いよ。

 強いから、一度インターホンを押して無反応だったとしても二度目、三度目、四度目、と押す。


 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンって。

 何度も。

 鳴り響かせる。それでもさゆちゃんは出てこない。


 「……?」


 インターホンのボタンに指を触れながら、少し考え込む。

 おかしい。

 出てくるもんだと思っていたんだけど。もしかして自意識過剰だったのか? さゆちゃんなら私に会ってくれるっていう。もしも思い込みだったのなら恥ずかしくて死にたい。むしろ殺してくれって感じだ。


 一人で恥ずかしさにもがいていると、ふと後方から視線を感じた。

 なんだ? と思いながら振り返る。


 そこにはでへーっと気持ち悪いと言いたくなるほど頬を緩ませているさゆちゃんと、すごい睨んでくる星空未来が立っていた。

 二人の表情はあまりにも対極だった。寒暖とか、南北とか、左右とか、生死とか。そういう感じで明らかな対が生まれている。


 それはそれとして、変なところを見られてしまった、という自覚はある。インターホンを連打していたのだ。自覚がない方がおかしい。それじゃあただのヤバいやつになってしまう。

 そういう自覚があるからこそ、バツが悪いなぁとも思う。

 だからつーっと目線を逸らす。


 「さゆちゃん。あれなにしてんの?」

 「河合さんはインターホン押してんだよ」

 「さゆちゃん……あのさ。それは見ればわかるよ。私はそこまで馬鹿じゃないから」

 「ふぅん。じゃあみぃちゃんはなにが知りたいの?」

 「私が知りたかったのはなにをしているのかじゃなくて、なんでインターホンを押しているのかだよ。しかも無駄に連打なんかしてさ」

 「それはね」

 「それは?」

 「愛のカタチだよ」

 「はぁ……?」

 「それだけ河合さんは私のことを愛してくれてるってことだよ」

 「ごめん。まったく理解できない。なに? どういうこと?」

 「インターホンを連打しちゃうくらい私に無性に会いたくなった、ってことだよ」

 「だから愛だと」

 「そういうこと」

 「ふぅん。馬鹿馬鹿しいね」

 「な、なにをぉ?」


 さゆちゃんは星空未来の頭というかこめかみ部分をこぶしでぐりぐりする。痛そうだけど、星空未来はなんか嬉しそうだった。もしかしてドMってやつですか?

 なにしてんだって今度はこっちが二人の様子を見ていると、ぎろっと星空未来に睨まれた。苦笑しながら、わざと視線を外す。イチャイチャするなら人の目がないところでやって欲しい。あぁもしかして百合営業ってやつですかね。片方本気なのはちょっとどうかと思うけど。

 というか今目の前から居なくなられるのはちょっと困るかも。


 「茶番は終わった?」


 どうやって声をかけて、この間に割って入ればわからなかった。悩んで出した答えがこうやっておどけることだった。


 「終わったんならさゆちゃんにちょっと用事あったんだけど」

 「用事? 私に?」

 「うん」

 「インターホン連打してたし……そうだよね」

 「それは一旦忘れてくれると嬉しい」

 「わかった。忘れる。で、用事ってのは時間かかる? かかっちゃう?」


 さゆちゃんはずかずかと質問してくる。


 「んー、どうだろ。時と場合によっては……時間かかるかも。しれないって感じ?」


 疑問形。

 いや、だって私も知らないし。

 時間を要するかもしれないし、要さないかもしれない。

 こればかりはさゆちゃん次第だ。少なくとも私には決められない。


 「じゃあちょっと待って」

 「え、ちょっと待つ?」


 思ってもいなかった回答にオウム返しをしてしまった。

 ちょっと待ってと言われるだなんて微塵も思ったいなかった。


 「レッスン終わりなんだけどさ、シャワー浴びてないから。とりあえずシャワーだけ浴びさせて」

 「あ、うん。そういうことならどうぞ。いってらっしゃい」


 なぜか私の家に入ろうとする。


 「自分の家で浴びなよ」

 「河合さんの家で浴びたい気分」

 「なんだそれ」


 私よりも星空未来が突っ込む。

 でもまぁ私も同じ感想を抱いた。なんだそれって。


 取り残された二人で顔を見合わせる。そして苦笑を浮かべる。


 「星空未来はシャワー浴びなくて良いの?」

 「未だにフルネームなんだ、私。少し距離縮まったと思ってたんだけど」

 「本名じゃないんだし良くない?」

 「どういう因果関係があるのか私にはわかんないけどまぁ良いよ。不都合あるわけじゃないし」

 「それはどうも」

 「ちなみに私はシャワー浴びてきたから大丈夫」

 「えぇ、じゃあなんでさゆちゃん浴びてないの? シャワー」

 「そんなの知らないよ……」


 それもそっか。

 でもさゆちゃんの奇行は今に始まったことではない。そもそもストーキングしているという時点で大概だ。


 「……じゃあ、私は帰るから」

 「う、うん」

 「私が話に入った方が良いんなら、こっち来て。もしいらないならそっちの家で話つけてきて」


 彼女はそれだけ言うと、パタンと扉を閉めた。

 多分だが気遣われた。

 なんだかんだで星空未来は優しいよなぁと思う。


 「ただまぁどっちでも良いんだよなぁ」


 今回に限っては選択権をこちらに投げられても困る。

 別に星空未来が居ても居なくても変わらない。というか居るなら居るでメリットがあるし、居ないなら居ないなりのメリットがある。

 だからどうしようかと、扉の前で悩むことになった。

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