第3話

 とりあえず持っていたCDを『売れる』方の段ボールに片付ける。

 地下アイドルだから需要ないって? ふふふ、甘いな。甘いよ。最近知名度徐々に上がってきてるから昔のCDは需要があるんだよ。地下アイドルだから一度売ったものは基本的に絶版になるからね。何度も刷り続けるほどの体力がウチの運営には無い……。だからフリマアプリとかで売ればお金になって返ってくるんだよ。で、そのお金でまた貢ぐ……って、なんか虚しくなってくるので、この辺りにしておこう。


 「聞いた話だから間違ってたら言って欲しいんだけどさ」

 「言われなくても指摘するけど」

 「お手柔らかにお願いします」

 「内容によるけど。で、なに?」

 「ALIVEって対バン決まったんだって?」


 なんかもっとしょうもないことを言われるのかと思った。


 「え、うん。そうだけど」


 ビックリしてこんな反応をしてしまう。


 「実は対バン相手のグループ、一つ知ってるんだよね」

 「そうなの?」

 「うん。あのグループが対バン相手だよ」


 ピシッと指を差す。その先にあるのは複数枚のCD。

 指差されたところで正直わからない。どれだよ、という感じ。山のように転がっているCDを指差されたってわかるわけない。

 あの山の中には何種類ものグループのCDがあるのだから。


 「ごめん、どれ?」


 とはいえ最初は自分で探そうとした。

 山に近寄って、しゃがみ、じーっと視線を右へ左へとうろうろさせる。

 それで見つけられれば良かったのだが、まぁ見つからない。

 対バン相手のグループをちゃんと把握していないので尚更だ。

 何グループかの対バンってのはわかっているが、じゃあどういうグループと共演するのかと言われるとわからない……というのが実情。対バン発表時も、その後の運営の発表でも対バン相手の発表はなかった。

 意図的に隠しているのか、それとも発表し忘れているのか。

 どちらにせよわざわざ調べるという気力はなかった。いや、だって、相手がなんであれ赴くのはほとんど確定的であるし。

 意思決定に反映されないことをわざわざ調べるほど暇じゃない。


 「ん、このグループ」


 長谷川は一枚のCDを手に取った。

 CDのジャケットには四人の女の子が写っている。

 センターにはボーカルらしき子がマイクを持っており、その子たちを挟むようにギターとベースを持つ子が立つ。そしてその後ろの隙間から、ドラムスティックを持った女のがひょこっと顔を出す。

 特別な要素はなにもない。なのになぜか印象に残る。すっと頭に残る。


 「これが対バン相手……」

 「このグループのホームハウスでやるって言ってたよ」

 「誰が?」

 「このグループの運営が発表してたけど。SNSで……」


 なんで知らねぇーのみたいな反応をされた。

 ALIVEの運営が仕事していなかっただけなんだよなぁ。


 「その反応じゃまだ発表されてないんだね。そっちじゃ。まぁー、そーだね。ALIVEの運営ってそういうとこあるかんなー」


 腕を組み、うんうんとわかったような仕草をしてくる。


 「馬鹿にしてる?」

 「らしいなぁって思ってるだけだよ。馬鹿にしてない。してないよ?」


 長谷川はそう言うけど、視線は一切合わせてくれない。合わせようと目の前に立って顔をグッと近付けてもそっぽを向くように背ける。

 そんなの馬鹿にしてましたって白状しているようなものだ。

 推しグループが馬鹿にされる。それは解せない。ただ紛うことなき事実であって、こちらからとやかく言うことはできない。言ったところで、ぜんぶただの言い訳になってしまうのだ。そんなのみっともない。

 だからぐぬぬと黙る。


 「ファースト」

 「ファースト?」


 私はこてんと首を傾げる。


 「一塁手のこと?」

 「それは野球」

 「一番目ってこと?」

 「それはただの翻訳でしょ」


 ファーストという言葉に対して思い当たる節をぺしぺしぶつけていく。

 しかしどれもこれも微妙だった。


 「じゃあなに? どいうこと?」


 突然ファーストという言葉を残された私は恐る恐る訊ねる。意味のわからない言葉を唐突にぶつけられるというのは不気味この上ない。

 さっさと説明して欲しいものだ。


 「このグループの名前。これがファーストっていうの」


 とんとんと指でさっきのCDを叩く。


 「うーんと、つまり対バン相手の名前がファーストってこと?」

 「そっ。そういうこと〜」


 なるほどと納得する。してから、で? どうしたの? という気持ちが襲う。


 「このボーカルの名前が北川――」

 「あんまり興味ない」


 長々と紹介フェイズに入りそうだったので、ピシッと言葉を遮った。まったく興味がないわけじゃない。そりゃ対バン相手だし。多少は気になる。

 特に相手の楽曲とか知っていれば、コラボ? みたいなことをし始めた時に置いていかれないし。

 あれ、実はかなり興味あるのかも。

 ただまぁ長々と説明されるのはやっぱり億劫。考えただけでめんどくさーという気持ちが芽ばえる。


 「最後に聞こうと思ったけどタイミング良いし、今で良いかな」


 ぐーっと背を伸ばしながら彼女はそうつぶやく。

 ふむ、と私は彼女な言葉を待つことにした。


 「ファーストに興味無い? 今週ライブあるから、良かったら一緒に行かない?」


 お誘いを受けた。

 手を差し出してきて、真剣な眼差しを向けてくる。

 まるで告白でもしてくるような。そんな雰囲気さえある。まぁ告白とは程遠いけど。


 「うーん……」


 興味はある。興味しかない。偶然だが、今週はALIVEのライブはない。お休みだ。だから暇を持て余していた。

 本来なら二つ返事で行くべきなんだろうなと思う。

 偵察、じゃないけど。

 対バン相手のことをしっておきたい。オタクとして。

 でも、それと同時に「あれ、これって浮気になるんじゃね?」と思う。

 今までならなにを自意識過剰なこと言っているんだ。ただ一オタクが他のアーティストのライブに行っただけで浮気って、思い上がりすぎだろって自分自身を言い聞かせるところなのだが、今に限っては自意識過剰でもないし、思い上がりでもない。

 さゆちゃんに浮気者扱いされる可能性が極めて高い。

 だから悩む。

 天秤にかける。

 どっちの方が良いのかな、と。


 「お金ない?」


 悩んでいる仕草を見せると、長谷川は顔を覗き込んでくる。長谷川は私のことを常に金欠の女子大生とでも思っていないだろうか。そうだよ、その通りだよ。金欠の女子大生だよ。ちくしょう。


 「お金はないけど、別にそれは問題じゃない」

 「そう、なんだ。じゃあなにでそんなに悩んでるの?」

 「知り合いを一人連れていきたいなって」

 「知り合い?」


 口元に手を当てる。

 それからぽんっと手を叩く。


 「もしかしてさゆちゃん?」

 「……超能力でも使える?」

 「ふふふ、私にかかればこんなのおちゃのこさいさいってわけよ」


 むふんとドヤ顔される。


 「で、なんだっけ。さゆちゃんを連れてっても良い? って話だっけ」

 「そう」

 「どうなんだろうね」


 そこまで彼女自身が話を引っ張ったのに、突き放されてしまった。

 えぇと困惑する。


 「他人事すぎない?」

 「いやー、だって。私には決められないし。ほら、ALIVEの運営に確認しなきゃいけないことじゃない? こういうのって」

 「そうなの? プライベートだし、一々確認したりしなくて良いんじゃないの?」

 「そういうものなんだ」

 「いや知らないけどね」

 「知らないのかい」


 こてこてのつっこみをしてきた。


 「あっちが良いって言うなら良いよ。私的にはなーんにも問題ないしさ」


 ブイサインを見せる。白い歯も一緒に。

 じゃあ帰ったら確認するかぁ。と思いながら、まだまだ中途半端な片付けに手を出したのだった。

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