アイドルと偵察
第1話
大学の夏休みは異常に長い。
平均して約五十日ほどあると言われている。
ちなみに私たちの大学は二ヶ月ある。七月の半ばに夏休みへ突入し、九月の半ばに夏休みは終わる。履修科目次第ではもう少し伸びたりもする。人生の夏休みと言われる所以が良くわかる。私自身なんだか休み過ぎてて、果たしてこれで良いのかと思い始める始末だ。
そんな思いが頭の片隅に過ぎる最中、私のスマホはぶるりと震える。九月の何日に大学へ来い、という呼び出しに近い連絡であった。
いつもの私なら面倒だって見て見ぬふりをする。
そして時間経過とともにそろそろ連絡返さなきゃなって直前になってあやふやな返事を一つ渡す。
それでお茶を濁す。
でも今回に限っては違った。
活力が漲っていたのだ。
表現としてはやる気、という方が近いしかもしれない。
バイトとライブハウスと自宅をぐるぐるしているだけの生活になんの意味があるのか、と俯瞰してしまっていた。
すごく無駄な時間を過ごしているのではないか、と。
ニートよりは幾分かマシなのだろうけど、やっていることはニートとさして変わらない。実質ニートと言っても過言じゃない。
『わかった。行くよ』
だから私はすぐにそうやって文字を入力し、躊躇する間もなく送信ボタンを押した。
いつもなら嫌な気持ちが全身を襲うが、今日は異様な満足感が私のことを包んでいた。
九月初旬。
まだ暑い。
最近の地球はどこか異常さを孕んでいる。植物はその異常さの影響をもろに受けてしまっている。一時期の涼しさのせいでとっくに秋が来たと勘違いしているのか、イチョウは赤く染まり、ひらひらと舞って、黒いアスファルトを紅色の絨毯で染め上げる。
結果として、残暑の中、秋を感じるという不思議な状況に陥る。
なんだよこれー、とか思いながら汗を拭う。
険しい山道をのぼる。
なぜ大学へ行くのに登山みたいなことをしなければならないのか。
疑問だ。というか疑問しかない。
どうせ大学生なんて運動不足だろ。歩いて運動しておけっていう大学側の配慮だろうか。うむ、不必要な配慮だ。
のぼりきると左手にコンビニが見えてくる。
一つの休憩スポットみたいな役割を持っている。夏休みだが、一応営業しているらしい。営業時間はかなり短縮しているようだ。入口にそう張り紙がなされている。
サークルやらなんやらでなんだかんだ来校する人はいるのだろうし、夏休みの間、食堂はやっていないので一定数の需要はあるのだろう。
コンビニにとりあえず入ろうとした矢先のことであった。
顔見知りが透明なドアの向こう側に立っていた。
しばらくドアを挟み、見つめ合う。そして私はため息を吐いて、目を背ける。
それと同時に手動のドアは開かれた。
「やっほー、河合。超絶久しぶりじゃん。ちゃんと生きてたんだね。元気だった? 私はね、まぁぼちぼちって感じかな。」
そちらに目を向ける。
ひょいっと軽く手を挙げた金髪女。ビジュだけは一丁前に良い。
なぜ私の知り合いの金髪女ってどいつもこいつもビジュは良いんだろうか。そしてそのビジュを打ち消すほどの内面。どっちも悪いやつではない。誰かを貶したり、貶めたりするようなやつじゃないんだけど。やっぱり中身は残念。
「生きてたって……呼び出す時に連絡してたでしょ」
「ほら、最近はエーアイってのが発達してるじゃん? だから成り代わってるのかもしれないなーと思って」
「そう思いながら、私と連絡取り合ってたの?」
「そうそうー」
「まじ?」
「嘘吐く理由ないよ」
「それは……そっか。そうだねぇ」
無茶苦茶な理論をまるで当たり前みたいな雰囲気を醸し出しながら豪速球で投げてくるわりに、時折正論を交えてくるので、こう鈍い反応しかできなくなってしまう。
「まぁ良いよ。で、長谷川。なに? 私を呼び出してなんの用?」
私を呼び出した張本人。長谷川奈央を問い詰める。
呼び出されて、意気揚々とやってきたのは良いものの。やっばり暑さと疲労のせいで来なきゃ良かったという後悔に変わっていた。
若干八つ当たりのような気がしなくもないが、彼女にぶつかる。
少し強めの語気だったとすぐに反省したのだが、彼女は私の口調など気にしていなかった。なんというかのうのうとしている。
「ここで話しても良いけど」
「……?」
「暑すぎて溶けそう。無理。死ぬ」
ぐてーっとたしかに今にも溶けそうな表情をしている。
「だから部室来て。まぁ最初から連れてく気だったんだけどねー」
「なら連絡しておいて。部室に来いって」
「たしかにそうしとけば良かったねぇ」
集合場所を決める。という概念が頭から抜け落ちていたのだろうか。なんかそういうような反応である。そんなんだから残念な女って言われるんだよ。私から。
心の中で文句をぶつくさぶつけながら、目的地であるサークル棟へ到着する。
色んなサークルの部室が入っている棟だ。
「河合、いつぶり? 顔出すの」
エレベーターを待っていると、長谷川は沈黙を埋めるように私に質問をぶつけてきた。
「いつだろ……最後に顔出したの」
口元に手を当て、うーんと唸る。
ちょっと考えてみるが思い出せない。つまり、思い出せないほど前の話、ということだ。
下手したら入学して直ぐに来てから一度も来ていないって可能性もある。
行ってなくて当然だけど。さほど用事があるわけじゃないし。どうせ行ったところでいるのは長谷川しかいないし。その長谷川とは授業で何度も顔を合わせるし。
「遥か彼方昔だね」
「わぁ、考えるのやめたね」
「思い出せないんだからしょうがないでしょ」
「じゃあしょうがないねぇ」
なんて生産性の欠片もないような会話をしながらエレベーターに乗り込み、目的の階で降りて、部室へと向かう。
部室を開ける。
「えぇ……こんなんだったっけ」
思わず声を漏らす。
前来た時よりも……言葉を選ばずに言うのなら、散らかっていた。
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