短1

【見られてる】


 この間、星空未来が言っていた。このスマホを通じて、さゆちゃんは私のことを見ているのだと。監視? 多分そう。あまり推しに対してこういうことは言いたくないけど、でもこれだけハッキリと言わせて欲しい。キモイ。めっちゃキモイ。

 だってスマホなんて手放すタイミングは一寸たりとも存在しないってくらい常に肌身離さず持ち歩いている。外にいる時も、家にいる時も、ベッドでごろごろする時も、洗濯物を干す時も、トイレに行く時も、お風呂に入る時も。中毒者ではない。スマホがないならないで生きていける。実際無くした時はどうにでもなったし、スマホ触りたくてイライラすることは無かった。だから中毒ではない。そういう私でさえこれだけ触っている。それがスマホというもの。現代人においてスマホとは身体の一部であると言っても決して過言ではないと思う。

 そんなものを使って監視って。

 私がお風呂入っている時とか、トイレしている時とか、そのなんだ。まぁそういうことをしている時もこのスマホのインカメで見ていたんだろう。って考えると、キモイの言葉以外出てこない。

 それでも尚、愛だのなんだのってキモイという感情を見て見ぬふりができるのは、多分ガチ恋だけだと思う。ハルヒならきっとできる。私にはできないけど。


 ずっと見られてる。いつ見られてるのか、いつ見られてないのか。正直こっちからじゃわからない。だから常に見られてると思うことにした。

 でもそれはかなり精神負担がかかる。負荷が大きい。

 人の目が常にある状態で生活しているようなもの。家族ならともかく家族ではない相手に、だ。

 キツイ。耐えるのにも限度というものがある。


 というわけで、私はついに限界を迎えてしまった。

 これどうにかしたい。どうにかしてくれ、と思う。スマホを叩き割ってしまえば万事解決なのではとか考えたけど、それじゃあ私が物凄く損をする。決して私は悪いことをしていないのに。

 監視されている側がスマホを壊さなきゃならないって理不尽極まりないと思わないかね。私は思う。めっちゃ思う。アホかと。


 壊す以外にはどうにかこうにかしてカメラの接続をオフにするという選択肢もある。多分だが、それが正攻法。どういうシステムで私のことを監視しているかはわからないが、プログラムかアプリか、なにかでカメラを常に起動させ、データの送信をしているのだろう。だからそこを切ってしまえば万事解決。

 とわかってはいる。ただそれに問題が複数付きまとう。

 まずは根本的な問題で、それをデリートできるのかという問題だ。少なくとも私にプログラミング知識はない。ゼロというわけじゃないが、ほとんどないに等しい。アプリをアンインストールする、くらいのことであればできるが、内部的なデータを弄るとなると多分無理。というのが一点。

 もう一つはさゆちゃんに悟られてしまうという点だ。

 スマホを壊せば、監視がバレたと悟られることは無い。でも監視ツールだけを削除すれば、見ているのわかってるんだぞと告白するのと同義になる。バレたところで私としてはさほど問題はないんじゃないかと思うのだが、星空未来がバラしたくないというような雰囲気を醸していたので、一応配慮しておく。


 いや、違うな。しばらく電源を切って放置しておけば良いのでは?

 スマホなくても案外生きていけるのはわかったし、スマホの電源を切るってのは、電池が無くなったからって言い訳することは可能だからね。


 電源を切った。


 それから十分もしないうちに玄関の扉は開かれる。


 「なんで電源切ったの? スマホ」


 さゆちゃんが堂々と乗り込んできた。

 隠す気ゼロじゃねぇーか! コイツ!





【お姉ちゃん】


 さゆちゃんは今日も家にいた。

 ソファーでのんびりと寛いでいた。それなら家にいれば良いじゃんと思うのだが、まぁ言ったところで意味がないのは目に見える。

 私とて無駄な労力はかけたくない。

 だからその思いは胸にしまっておく。


 「河合さん」

 「なに?」


 ソファーから立ち上がったさゆちゃんは突然私のことを呼んだ。


 「私のことお姉ちゃんって呼んで?」

 「なんで?」

 「妹が欲しかったから」


 支離滅裂……ってほどじゃないが。なにいってんだコイツとは思う。

 それにさゆちゃんをお姉ちゃん呼びというのは私のプライドが許さない。いや、そりゃ、年齢だけで考えればさゆちゃんが歳上だし、お姉ちゃん呼びするのは比較的妥当ではあるのだが。しかし、アイドルに対してお姉ちゃんと呼ぶ。ましてや推しに対してお姉ちゃんと呼ぶ。誤解を恐れないで思ったことを言ってしまおう。新たなる性癖の扉を開いてしまいそうだった。


 「いや」


 だから拒否をした。

 嫌なものは嫌。単純明快な理由である。


 「そこをなんとか、ね?」

 「……」

 「ほら、お姉ちゃんがアレにサイン書いてあげるから」


 指差したのはもう二度と手に入らないであろう希少価値だらけのポスター。

 プライベートでさゆちゃんにサインを書いてもらうというのは特別感が薄れるのであまり好ましくない。なんなら断ったこともあるくらいだ。

 でも、あのポスターに生サインを書いてもらう。

 その機会はそう多くない。少なくとも運営がそういう時間を作ってくれるとは思えない。

 つまり、だ。

 こういう時にしか書いてもらえない。それって物凄く特別なんじゃないだろうか。

 あれこれ正当化したが、言いたいことはただ一つ。そう、めっちゃ欲しい!


 推しに関することであれば恥も外聞も気にしない。


 「お姉ちゃん……! サインちょーだいっ」


 私の頭の中にある理想の妹像を前面に押し出し、サインをねだった。

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