家の中心で、愛を叫ぶ

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! マジでかわいすぎんだろ。これ。いや、ほんと。なんだこれ、天使かよ、天使だな、これは天使だわ! エンジェルみぃちゃん。エンジェル星空みぃにゃん!」


 ベッドで仰向けになって寝そべり、私の推しであるみぃちゃんのブロマイドを両手で持って見つめ、そして声が枯れるほどに叫ぶ。

 目が合った。ブロマイドのみぃちゃんと目が合った。もうこれは運命だ。絶対に運命だ。誰がなんと言おうとも運命だ。うんめー。

 きっとみぃちゃんが私に恋をしているから、こうやってブロマイドでも目を合わせてくれるんだ。これをオタク友達のまききんに言ったら「何馬鹿なこと言ってんだ」と一蹴されてしまったが、馬鹿なことを言っているのはそっちだろと私は思った。というかそうやって反論した。まききんはなにも言い返してこなかったので、私の勝利。


 ちなみに叫んだせいでお隣さんから壁ドンを喰らった。深夜に推しへの愛を叫んでなにが悪い。


 「んふー、ふふふ。しちゃう? しちゃおっかぁ! ちゅちゅちゅーむちゅーっ!」


 ブロマイドに向かってキスをする。唇をブロマイドへくっつける。

 これは愛の儀式。

 好きなもの同士、キスをするのは当然のこと。むしろ、キスをしない好き同士というのは健全な関係とはいえない。

 私とみぃちゃんは愛し合っている。いわば相思相愛。運命共同体。赤い糸で結ばれているのだ。だからキスをして当然。むしろキスをしないのはおかしい。


 「みぃちゃん愛してるよ、愛してる。大好き」


 さっき口付けをしたブロマイドに向かって語りかける。愛を伝える。私の心の中にある感情をストレートにぶつける。それに対して躊躇することはなにもない。好きな人に好意を伝える。それはやって当然。当たり前のことだから。

 そういうのを怠ると、倦怠期に喧嘩別れをすることになる。愛を伝える。想いを伝える。それはとても大切。


 と、思うのだが。


 もう一人のオタク友達であるフォースに昔聞いたことがある。「ブロマイドに語りかける時って一番生を実感できるよね」と。そしたら彼は「ブロマイドに語りかけること自体がおかしいですよ。いかれてるんですか」と真面目な顔してディスられた。信じられない……と思ったのだが、どうやら私が異端らしい。ブロマイドに語りかけるという行為は誰もしていないらしいのだ。ちなみに私はそれ未だに信じていない。恥ずかしくて言えないだけで、皆裏ではやっているんじゃないかと思っている。恥ずかしいことじゃないのに。むしろ誇ることなのに。

 今度、まききんを問い詰めてみようかな。


 「そういえば出会いは……どんなんだったっけ」


 振り返る。

 あれはそう。桜の花びらが散り始めるような、初々しい空気が日本全体を包み込む季節だった。


◆◇◆◇◆◇


 「……はぁ。つまんない。なんも面白くない」


 私はぽーんっとアスファルトの上に転がる石を蹴り飛ばす。蹴り飛ばした石は不規則に転がり、やがて側溝に落ちて姿を消した。

 今の私と照らして「似てるなぁ」なんてぼんやりと思ってしまう。特に右や左やふらふら動いて結局なにも得られていないところが。

 それほどに私の人生は腐っていた。

 お世辞にも面白い人生とはいえない。かと言って、極端に辛い人生でもない。言ってしまえば面白みがない。刺激もなければ、楽でもない。魅力がゼロだった。

 生きている意味ってなんなんだろう。人生ってなんなんだろう。楽しいってなんなんだろう。

 そういうネガティブな思考が時折駆け巡る。

 それほどにつまらなかった。意味を見出すこともできなかった。死んでも大して変わらないんじゃないかとさえ思っていた。


 「なにか面白いことでも起こらないかなー」


 これっぽっちも期待していない言葉を口にする。

 仮にここで今目の前に天使が舞い降りて来たとしよう。そしたらきっと見て見ぬふりをする。少なくとも関わろうとはしない。そうやって面白いことなにか起こらないかな、と口につつも、実際は願っていない。願っているのならそんな面白いこと食いつくに決まってる。

 要するに私は求めていないことを求めちゃうどちゃくそに面倒くさい人間である、ということだ。

 それを自覚している分だけ幾分かマシ、ということにしておこう。もっとも自覚はしているが、他人から言われたら認めない。自覚するのと認めるのじゃ違う。自虐は許せても、他人から弄られるのは癪に障る的な感じのあれだ。まぁ多分それも含めて面倒な性格なんだろうな。あー、やだやだ。


 そんなことを考えていると駅の南口に到着した。

 東京郊外にしては大きな駅。都心部で大災害が発生し、政府機関が機能しなくなった時に、災害本部が設置される街というだけある。

 人の往来もそこそこある。地方の県庁所在地の駅よりもよっぽど発展している。私の家の最寄り駅である吉祥寺と良い勝負だ。うん、ギリギリ吉祥寺の方が買っているかな。と、贔屓目な判定をする。


 南口から連絡通路を経由して北口へと辿り着く。

 北口を出てすぐ。ペデストリアンデッキに通ずる。

 そこでなにやらイベントが行われていた。いつもは選挙活動が行われているという印象だったので、少し驚く。

 女の子が三人? 立ってマイクを持っていた。衣装はかなり可愛い。それに顔も可愛い。三人中三人、顔が整っていた。多分アイドルってやつだと思う。

 いつもならスルーするところなのだが、今日はなぜか、興味を持った。いつも選挙活動しているから特別感とか、新鮮さとか、そういうものがあったのかもしれない。特にこれから予定がなかったというのもあるのかもしれない。色々な要因が重なった結果、足を止める。

 そして徐々に彼女たちの元へと近寄っていく。


 「こんにちはー。ALIVEって言います! 多分今日ははじめましてーの方が多いと思うので、三人とも自己紹介をしたいと思いまーす! ぜひっ! 私たちの名前、覚えて帰ってくださーい」


 ぱちぱちと周りの人たちは拍手をする。中には「知ってるよー!」とか「昨日もあったよー!」という叫び声が観客側から聞こえてくる。若干引く。うわー、これがアイドルオタクってやつかぁと。とはいえ普段関わらないから新鮮ではあった。

 それはそれとして足を止めてアイドルたちを眺めている人たちは皆拍手していた。ふーむ、そういうものなのか。そういうしきたりがあるのかな、と私も釣られて拍手をする。郷に入っては郷に従えってやつだ。


 「まずはリーダーの私からっ! 赤色担当。日野灯です! 歌の力で皆を笑顔に! そして元気に! できたらなって思ってます!」

 「次は私。青色。新垣紗優。得意な楽器はベース。でもここでは使えない。残念。いつか見せたいからファンになって」

 「アハハッ。淡白すぎるのに熱いこと言うさゆちゃんのあとはけっこープレッシャーあるよ。えーっと、はいっ! 黄色担当、星空未来です! みくは未来みらいって書いて読みます。イレギュラーだけど覚えてくれるとうれしーです!」


 星空未来はピースをする。二人にはなかった演出? である。

 それが私に向けられたものではない、とわかりつつも、私に向けられたものなのではないだろうかと錯覚してしまう。なによりも笑顔が可愛かった。ただ笑っている。それだけなのに釘付けになってしまう。


 歌を歌い始める。

 歌唱力はかなり高い。アイドルとは思えないほどの実力。素人目ながら、バンドとかでも食べていけそうな。そんな空気はある。あとダンスがイマイチ。だから尚更、なんでアイドル売りなんかしているんだろうか、と不思議に思った。


 彼女たちが歌って踊ってをしている間。私はずっと星空未来という女の子を目で追いかける。無意識のうちに、だ。

 三人を俯瞰して見るつもりなのに、気が付けば星空未来ただ一人を見ている。

 まるで恋しちゃったかのように。好きなクラスメイトの一挙手一投足を見つめてしまうみたいだ。

 そんなことをぼんやり考えながら、星空未来を見つめる。そうするとまた目が合う。今度は笑顔を見せた後にあざとくウィンクをした。

 その瞬間に私のハートは射抜かれた。


 「あぁ……どーしよ。これやばぃかも。あぁ、めっちゃ好きかも」


 頬を両手で抑え、勝手に上がる口角を戻す。

 こうして私の恋は始まった。こうして運命の相手と出会った。



◇◇◇次話で蛇足(番外編)は終わりです◇◇◇

明後日から本編に戻ります。

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