地下アイドルは禁断の夢を見るか?
私は二つの顔を持っている。表の顔は「キラキラ輝く地下アイドル」だ。果たして地下アイドルに輝きがあるのかという疑問はあるが、そこを突き詰めたところでなにも変わらないので見て見ぬふりをしておこう。それはそれとして表の顔があるということは当然ながらその逆も存在する。また裏の顔は表の顔とは違う。裏の顔。それは、女の子に恋する乙女なのだ。
私はその二面を持っている。
表ではみんなに幸せを与え、裏では一人の女の子からの愛情を求める。もっとも求めるだけであり、それが叶うとは言っていない。
恋を追いかける乙女。つまり恋する乙女だ。ロマンチックな表現であるが、今の私にはこれ以上にピッタリな言葉は見当たらない。それほどに似合っている。
というわけで、恋する乙女である私、ALIVEのメンバー星空未来は実家から家出してきました。
家出の理由は単純。両親と……主に母親と喧嘩したから。喧嘩の理由は、将来に対するすれ違いが原因とでも言っておこうか。音楽性の違いで解散したバンドみたいな理由だが、事実である。
着替えも、ある程度の資金も、モバイルバッテリーも持たずに逃げ出してきた。まるでコンビニにでも行くくらいの身軽さだ。いかに飛び出してきたのかがこれだけで伝わるだろう。
「で、ここに来たってわけ」
ぽつりと呟く。
表札には『新垣』の二文字。
隣の家の表札には『河合』の二文字も見えるけど。それは見て見ぬふりをする。私にとってとても都合が悪いから。
私は『新垣』の二文字の表札を指で優しく撫でる。
愛おしい。
今私がもっとも愛している二文字であり、もっとも求めている二文字でもある。
インターホンを押し、彼女に泊めて欲しいことをお願いする。
それだけなのに、インターホンを押すその一動作がとても重たい。
押せば良い。ポチッと押すだけなのだから、難しい話ではない。わかっている。それはわかっている。
でもできない。踏ん切りがつかない。
インターホンのボタンに指を触れ、あとは力を入れるだけってところまで辿り着く。だがそこに至ってもなお、うじうじする。私らしくない。恋をするとはこういうことなのだ。
一人で葛藤し、悶々とし、苦しんでいると、後方から妙な視線を感じた。
あまり気持ちの良いものではない。
むしろ背筋が凍るような、そんな面白くない自然であった。
私は眉間に皺を寄せる。
そして触れていた手をおろし、ふぅと息を吐く。
「みぃちゃん、なにしてんの。こんなところで」
声が聞こえた。
聞き覚えのある声。というか聞き覚えしかない。
耳が、鼓膜が、喜ぶ。そんな声であった。
振り返らなくても誰がそこにいるのかはわかる。胸がドキドキする。心臓が張り裂けそうになる。
でも振り返る。別に確認をするために振り返った訳じゃない。ただ顔を見たかった。それだけだ。
振り返るとそこに立っていたのは私の想定していた人物と、想定していなかった人物であった。想定はしていなかったが、その人物が隣に立っている。そのこと自体にはさほど吃驚しない。むしろやっぱりかという気持ちの方が強い。
「そっちこそ。ファンと……なに? 夏祭り……?」
私は唇に指を当て、じーっと睨むように見つめる。睨んでると思われても良い。なんか、そう思ってくれと思いながら見つめる。
さゆちゃんがファンを隣に連れているのはまぁ良い。もうファンという括りから抜けてしまっているような人物ではあるから。私もある程度事情は知っている。だから彼女らを非難するつもりもない。ただ、浴衣を着て並んでいる。それはちょっと看過できない。
「ファンじゃないよ。友達らしい。ね? 河合さん」
「いや、アイドルとオタクだけど」
「えっ!?」
「えっ!?」
なぜか二人は驚いている。そこは打ち合わせしておいて欲しいところだ。
「あ、喧嘩しないでね、仲裁とか面倒だから」
はぁ……と深いため息を私は吐く。面倒だった。私の心も、この現状も。言ってしまえば、そう、ぜんぶが。面倒だった。
「喧嘩はしないよ。アイドルと。しかも推しと喧嘩なんて……いや、それはそれで面白いのかも。推しと口喧嘩。うん、悪くはないな。全く悪くない。アイドルと喧嘩……推しと喧嘩……どうしよ、なんかぞくぞくしてきたかも。なんか興奮してくるわ」
「うわぁ、きも」
私は完全に引く。
「あっ、でも嫌われるかもって思うと血の気引くわー。ないないありえん」
さゆちゃんがこの人を特別視する理由がわからない。
「てか今みぃちゃんにきもって言われたんだけど。ねぇ、さゆちゃん酷いと思わない? 酷いよね」
「酷いね。河合さんが可哀想。おいで。ほら、おいで。私がちゃんと慰めてあげるからね」
「……そういう関係?」
腹が立つ。だからこの雰囲気を一蹴してやった。
「違うから。勘違いしないでよねっ」
「ツンデレキャラ?」
「たしかにそう聞こえるけど……本当に違うんだよ。私はオタク、さゆちゃんはアイドル」
必死に説得されると、もう関わるのも面倒だなぁと思い始めてくる。
「……はい。私たちの関係性はわかったでしょ。次はみぃちゃんが話す番だよ。なんで、どうして、私の家にいるの?」
突然……ではないか。早かれ遅かれ私に話が振られるのは目に見えていた。とはいえ今かぁと思う。
「……」
今はあまり喋りたくない。喋るつもりもない。だから口をとざす。
「まぁ良いっか。ここで立ち話ってのもなんだもんね」
「うん」
「家で話聞くから上がって」
こうして、さゆちゃんの家に上がった。
なんかまぁ色々あった。そしてALIVE……というかさゆちゃんのファンであるまききんもとい河合は帰宅した。
なので、今この空間には私とさゆちゃんの二人っきりとなる。
さゆちゃんはノートパソコンを開く。
なにか調べ物でもスるのだろうか。
気にならないといえば嘘になる。というかめちゃくちゃ気になる。気になりすぎてチラチラ見てしまう。とはいえ、じろじろ見るというのは良くない。いくら同じアイドルのメンバーであるからとはいえ、プライバシーの塊みたいなものを覗くというのは罪悪感に苛まれる。
さゆちゃんは私のことなんか気にしない。
多分だけどチラチラ見ているとさえ思っていない。
そういう行動の節々で私って恋愛的に意識されていないんだなぁと痛感する。ちょっと悲しい。
「え、なにそれ?」
パソコンにはとあるライブ映像が映し出されていた。
しかも動画配信サイトのライブ映像ではない。見知った家と見知った顔が映し出されている。正直、背筋がぞわぞわとしてしまった。たしかにさゆちゃんはそういうところがある。隣人のファン曰く、ヤバいくらいにちゃんとしたストーカーらしいし。
ただちょっとライン越えじゃないかなぁと思う。
その思考が真っ先に過ぎって、そのままの勢いで問いを投げてしまった。
口を滑らせた、ということだ。そしてすぐに余計なこと言ったなと後悔する。とはいえ今更後悔したところでなにがどうなるわけでもない。
若干悔やむ気持ちをそのままにしながら、それはそれとしてこれからと向き合う。
ここからどうするか、がわかれ目。
時と場合によっては追い出される可能性もある。
それは色んな意味で避けたいし、避けなきゃならない。
「河合さんのスマホのインカメの映像をそのまま引っ張ってきてるんだよ」
「えぇ……やば。ハッキングしてんの?」
「ハッキングというか、この間スマホ借りた時にそれ専用のアプリをダウンロードしただけ」
あの人はあの人でなにをしているのか。というか、アプリダウンロードされていて気付かないものなのだろうか。まぁ現に気付いていないわけだし、気付かないものなのだろう。
とりあえず今度さゆちゃんにバレないよう気を付けながら教えてあげよう。
監視しているさゆちゃんを横目にそう決めた。
いくら恋敵とはいえ、不憫だと思ったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます