第4話
今日もライブがある。
やっぱりいつもと比べて人が多い。それを加味して、並ぶ時間を早めた。なので、トップを確保できた。
私は満足するけど、私以上に二人のオタクたちは満足気だ。
ドヤ顔に対して若干「気持ち悪いな……」と思わなかったと言えば嘘になる。なんならこれだからオタクはと呆れた。まぁその呆れは自分に対しても刺々しいブーメランとして返ってくるので、口には出さない。思うだけで大きなダメージを負っているから。
開場し、各々いつもの定位置へと流れる。
とりあえず前に出た。うん、とても落ち着く。ホッとする。安心感が桁違い。まるで故郷にでも帰ってきたような。そんな安心感が胸の中にあった。
でもその安心感も徐々に削がれていく。ケバブの屋台にある肉みたいに。
この理由は火を見るより明らかであった。
後ろからの圧力。それに尽きる。いつもなかったとは言わないけど、でも堂々としていられるほどだった。自分がさゆちゃんを応援するんだ! という気概を持ち、先導する。それに後方の人たちもなんだかんだで追随する。果たしてオタクとしてその姿が正しいのか否か。それはまぁ一考の余地がある。少なくとも絶対に正しい! とは言えない。
顔見知りじゃないオタクたちがステージ上に立とうとしているアイドルたちを吟味しようとしている。その圧というか眼力が、オタクの端くれである私たちにもひしひしと伝わってくる。痛いほどに。そんな環境に身を置いたら、そりゃ安心感なんて簡単に溶けて消えてしまう。
不安が大きくなっていく。それが膨らみ爆発する前に定刻になった。
ライブハウスとは思えないような演出が入る。ドカーンっと派手な爆発音が鳴り響き、ステージはちかちか光る。眩しくて、目を細める。そしてアイドル三人はステージ上で飛び跳ね、登場する。
登場の仕方も含めて、大きな箱を彷彿とさせる。
名のあるアーティストやアイドルがやるような演出。遜色なくて、ALIVEも有名アイドルになったんだっけと勘違いする。後ろにはたくさんのファンが居るから尚更だ。
三人は満面の笑みを浮かべ、私たちに幸福を配る。
「なにこれ……すっご……」
三人の本気、ALIVEの本気……というものを肌で感じる。思わず声が漏れる。
何年も追いかけてきたからこそ、驚く。
今まで見た事のないほどに力を入れているからだ。
元々ALIVEファンであった顔見知りたちのオタクは吃驚を隠さず唖然とし、最近のバズりで入ってきたオタクのたまごたちはバイブスを上げて興奮していた。
ALIVEの三人はMCに入らない。いつもならばここでMCを挟んで、場の空気を作ってから、一曲目を歌い始める。しかし今日は違った。早速イントロが流れ、歌を歌い始める。バラード系ではなく弾ける系。所謂電波ソングというやつだ。
ペンライトを振って、コールはするけど、困惑が渦巻く。本能的にしているだけで、思考は脳みそは完全に「なにこれ」という方向に意識が向けられている。
曲を歌い終われば、やっとMCに入る。
「最近はたくさんの人が見に来てくれて嬉しいね」
「気合いが入る」
日野灯が話を振り、さゆちゃんはグッと拳を作る。
「うーん、私はいつも頑張ってたから! ある意味、いつもどーり的な?」
「せこい」
「アハハ、さゆちゃんに同意かな。それはちょっとずるいよ」
またモヤモヤし始める。突拍子もない。
オタクたちは皆笑っているのに、私だけは笑えない。眉間に皺を寄せ、服をぎゅっと掴む。そして深呼吸をして、熱気のようなものを吸い込み、ごほごほと咳き込む。
改めて深呼吸をする。そして心を落ち着かせようとする。
さゆちゃんを見る。目が合うと控えめに手を振ってくれた。この場においてもしっかりと私のことを認知して個レスをくれる推し。愛おしい。
喜びに浸かるのも束の間、脳裏に新垣紗優が浮かんでくる。ぶんぶんと首を横に振って、浮かんできた顔を取り払おうとするけど、油汚れみたいにこびり付いていて拭えない。取り払おうとすればするほどむしろ強くなる。より頑固になっていく。
モヤモヤが少しだけ晴れていく。
今目の前にいるさゆちゃんと、私の家によく現れるさゆちゃん。その性格とか行動とか好意とかぜんぶ引っ括めて大きな乖離がそこにあり、その乖離を受け入れられなくて、私は苦しんでいた。
って、今わかった。
こうやってわかってから考えてみればまぁそりゃそうだってなる。
一番好きな人と、一番ぞんざいに扱っている人物が同じだから。アイドルのさゆちゃんとプライベートのさゆちゃんって一応分けて考えてはいるけど、実際は同じ。モヤモヤという感情というのは合っているようで絶妙に間違っている。正確には脳みそが驚き、混乱している。受け入れようとして、受け入れられずにもやもやという言葉が生まれる。
「これ、わかったところでどうしようもないか」
原因がわかったからって解決できるようなことではない。
だから、一旦すべてを忘れることにした。
「わたしのさゆちゃーーーん!」
MCの間にできた小さな間。
すべてを殴り捨てて、害悪オタクのムーブをしてみた。
うざったくて気持ち悪い、自己顕示欲ダダ漏れなオタクに成り下がってしまったが、後悔はない。なぜか今、私はとても清々しい気持ちに包まれていた。
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