第3話

 今日はライブ前にオタク仲間と食事をしていた。カフェでお茶の方が正しいか。

 もっともお茶とかコーヒーとかは机にあるだけ。ほとんど手はつけない。適度に口を動かし、スマホを持って指を動かす。オタクたちがカフェに行くってそういうもんだ。可愛い料理とか、オシャンティーな飲み物とか一寸たりとも興味ない。


 「なんで握手会のチケットをスマートフォンのケースに入れてるんですか。使ってくださいよ」


 カップをことんと音を立てて置いたフォースは困惑気味に問う。そして私のスマホを指さしてきた。

 スマホをひっくり返す。ケースの中に入っているのは先日のさゆちゃんと握手ができる券であった。まぁ入れたの私なんだけどね。

 だから驚いたりはしない。私がやったんだから当然だ。驚く方がわけわからん。


 「記念?」


 ハルヒも不思議そうに首を傾げた。


 「なんのイベントでもない日の握手券を記念になんかしないよ。するなら生誕祭とかだね」


 冷静に受け答える。


 「じゃあなんで?」

 「手元に余ってたから、かな」

 「どうして余っているのか、が俺たちは知りたいんですよ」


 至極真っ当な指摘がフォースから飛んできた。ごもっともである。あまりにもまともなので反論する隙すらない。とはいえフォースにド正論をぶつけられるというのはなんとなく癪であった。理由はない。本当にこれっぽっちもない。だから眉間に皺を寄せる、という弱キャラみたいな反応をしてしまう。


 「いや、その、あの。だから、うーん、そんなの私が知りたいよ」


 吃った。

 でもしょうがない。しょうがないという簡単かつ単純な言葉で片付けるのは良くないと思うけれど。でもしょうがない。


 「なんで?」


 ハルヒはまだまだ不思議そうな表情を浮かべている。


 「知らない。なんか握手券確保したのは良かったけど、並ぶ気力が起きなくて、気付いたら家でゴロゴロしてた」


 起こったことをありのまま話す。

 心と脳みそには未だにモヤモヤがかかる。そのモヤは晴れない。きりばらいしたいけど、きりばらいする術を持っていない。だからずっと曇ったままだ。


 「すみません。意味がわからないです」

 「理解しようとしてないだけじゃないの?」

 「なるほど。そう言うハルヒさんは理解なされたのですね。であればぜひ代わりに説明して欲しいのですが」

 「わかったとは一言も言ってない」

 「煽りたいだけですよね」

 「ノーコメントで」


 茶番が繰り広げられる。しょうもないやり取りではあるものの、焦りや不安。そしてちょっとばかりの緊張。それらがすーっと引いていく。もしかして私の気の張りを察して、和らげようとしてくれているのかもしれない……って、この二人に限ってそれはないか。推しのことしか考えていないような人が、私のためにって……うん。ありえん、ありえんな。


 「なんかモヤモヤしてたんだよ。握手会ってか、さゆちゃんと顔合わせたくないなーって思ったの。そんだけ。深い理由はないよ」


 冷静さが戻ってきたので、淡々とどうしてかということを説明する。もっともモヤモヤという核心的な部分に関しては未だに不明であるが。まぁ致し方ない。


 「モヤモヤ、ですか?」

 「フォースわかんないの? 私はね、しょーじきわかるよ。まききんの気持ち」


 思わぬ方向からフォローが入った。


 「え? 本当ですか?」


 想定外だと思ったのは私だけじゃなかった。どうやらフォースも同じだったらしい。


 想定外ではあったが、少し考えればハルヒはまぁそういうモヤモヤを抱くだろうなって思う。

 彼女は星空未来のガチ恋勢だからね。

 多方面から星空未来へ矢印が向けば、嫉妬くらいする。で、本人はその嫉妬を自覚しないから、モヤモヤと形容する。

 ガチ恋勢の宿命とでも言えば良いだろうか。


 「こんなとこで嘘は言わないよ」


 むふんとドヤ顔を浮かべる。フォースも答えに辿り着いたのか、苦笑しながらこちらを見てくる。私も苦笑を返す。

 嫉妬じゃん、と指摘するようなことはしない。そんなのは野暮だから。


 改めて嫉妬という感情と向き合う。

 向き合う中でしっくりこない。違和感がある。もやもやは取れない。むしろ一層濃くなったような気がする。いや、これは気がするだけかな。もうわけわかんない。混乱。


 でもまぁ、嫉妬しているわけじゃないんだなってのだけはわかった。

 それでも大きな収穫かもしれない。

 心のどこかで「もしかして私ガチ恋勢みたいになっちゃったかな。ハルヒみたいに厄介オタクになっちゃったのかな」って不安があったし。それが拭えたというのは大きいと思う。


 「えっ? ねぇ。なんで黙るの。二人とも。私のこと嘘つきとか思ってるってこと? 流石に嘘でしょ。嘘だよね」


 かたかたと震え始め、弱々しく机を叩き、立ち上がる。


 私とフォースは目を逸らす。そしてなにもなかったかのように二人の間で違う話題の会話を始めて、時間を潰したのだった。

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