アイドルと小規模バズ

第1話

 夏も終わり、本格的に秋を感じ始める今日この頃。歩道にはオレンジ色の葉っぱが散っており、私はそれを避けながら歩く。一方で隣を歩く巨漢は落ちている葉っぱなど気にすることなくずかずかと歩く。うわー、性格出るなぁ。なんて思う。もちろん口には出さない。


 「風情がないよね。フォースは」

 「突拍子もなく言葉でぶん殴るのやめていただけませんか」


 私の後ろを歩くハルヒは私が思っていたことを躊躇することなくぶつけた。

 そういう空気の読まなさ……普通に尊敬できる。果てして真似して良いことなのかは一考の余地がある気がする。


 「てか、なんです? もしかして体型弄りですか」

 「違うよ。いくらなんでもそんなことしない」

 「本当ですかね……思い当たる節があるんですけど」

 「……」


 突然静かになった。

 振り返るとハルヒはそっぽを向いていた。

 都合悪いんだろうなぁ。


 「コホン」


 ハルヒはわざとらしい咳払いをした。ここまでわざとだってわかるような咳払いも珍しい。


 「そんなことより、見た? あれ」


 パチンと指を鳴らし、そのままフォースを指差す。

 露骨に話題を逸らした。


 「あれ、ですか?」


 フォースはその話題逸らしに乗っかった。意図して乗っているのか、それとも乗せられているのか。正直判断に困る。フォースであればどちらも可能性ありそうだし。


 「そうあれ」

 「あれですか」

 「うんあれ。見た?」

 「あれ、見ましたよ」


 指示詞だけで会話される。うーん、二人だけで通じあってる。私だけ疎外感がある。なんでわかるの、それだけで。


 「あれってなに?」


 なんだこいつらと思いながら一応問う。これで無視されたらどうしよう。さすがに泣いちゃう。


 「見てないんですか、まききんさん」

 「まききんあれ見てないの?」

 「いやだから、あれって言われてもわかんないっての。誰もかれもが察し良いと思わないで」

 「……これですよ」


 フォースはスマホの画面を見せてくる。

 そこにあるのはアイドルグループを定期的に特集している記事であった。


 「知ってるし、読んだよ」


 ALIVEの公式アカウントが拡散していたので、目に入れた。というか知らないわけがない。ちょっと舐めないで欲しいよね。ほんと。うん。

 実力派アイドルグループという謳い文句で紹介されていた。たしかに音楽に関する知識や技量は他の地下アイドルよりもうんと長けている。それは紛うことなき事実だ。推しだから、贔屓目だから、というのを抜きにして、そうであると自信を持てる。

 ただそれだけだった。その他に特筆して書かれるようなことはない。だから、実力派という三文字だけを一面に押し出される。その結果どうなるのか。なんか売れないガールズバンドの特集みたいになっていたのだ。一概にそれが悪いとは思わないけれど。果たして良いのかそれでという気持ちにもなる。少なくとも集客という面で、プラスに働くとは思えなかった。まぁマイナスに働くようなこともないとは思うけれど。


 というか、その話をしていたのか。良くフォースは「あれ」だけで理解できたな。

 超能力でも使えるのだろうか。


 「……」


 ハルヒはつーっとフォースに冷たい視線を送る。口は開かない。


 「えっ、なんですか」


 視線に気付いたフォースは困り顔で反応する。


 「私が言ってたのは動画の方なんだけど」

 「……」


 全然通じあってませんでした。

 なんだよ。私の嫉妬心返してよ。オタク友達に嫉妬するとか恥ずかしいじゃん。末代の恥じゃん。こんなの。

 でもそうだよね。指示詞だけでわかりあえるなんて夢物語。いくらそういう夢を見て、思い描いたとしても、実際はありえない。たまたま通じ合った……みたいなことは往々にしてあるかもしれないが、心が通じあっているからいつなんどきもわかりあえるなんてのはまぁありえない。

 


 「私のみぃちゃん人気出ちゃうかな。あのインタビューのみぃちゃんすんごい可愛かったし」

 「……あかりんも負けていませんよ」

 「はぁ、わかってないなぁ」

 「わかっていないのはそちらではないですか?」


 押し問答が繰り広げられる。


 「まききんさん!」

 「まききん」


 ぼーっと血気盛んに争う二人を眺めていると、同時に名前を呼ばれた。迫力があり、私はビクッと肩を震わせる。普通に怖かった。 

 できればこの場から逃げ出したい。全速力で。

 オタクの圧ほど恐ろしいものはない。

 視線を左から右へ、そして右から左へと泳がせる。


 「……なに」


 溜めて溜めてさらに溜めて、それから諦めながら言葉を漏らす。


 「あかりんの方が可愛いですよね」

 「みぃちゃんの方が可愛かったよね?」


 自分の推しのことだからだろうか。ぐいぐいと押し強めに迫ってくる。

 これだからオタクは……ほんと。


 期待の眼差しを向けられる。

 そんな目を向けられても……答えはもう最初から決まっている。今更揺らぐことはない。


 「うちのさゆちゃんが一番可愛いね」


 むふんとドヤる。

 そりゃそうだ。自分の推しが一番。そんなの当然である。1+1は2であるように、海には水があるように、空気には酸素が含まれているように。私にとって推しが一番可愛いっていうのは考えるまでもなく当然のことなのだ。


 歩きながら、三者それぞれ推しのアピール合戦をしつつ、ハートビーオンへと辿り着く。


 辿り着いて、足を止める。そして顔を見合せる。


 「これは……」

 「一時休戦じゃんね、こんなの」


 私もこくりと頷く。

 ちょっと三人でワイワイ喧嘩している場合ではなかった。


 いつもなら一番乗り、遅くても両手で入るくらいの順番であったのに、今日はなぜか地下へと続く階段にぎっしりと人がいた。段差に腰掛けてぺちゃくちゃ喋る人たちの姿。決して見たことある人物ではなかった。たまたま偶然、ALIVEのファンが集結してしまった……という感じではない。


 「バズ効果……?」


 決して大きなバズではなかった。記事の取材に答え、ユーチューブが少しだけ伸びた程度。直接的な集客力に繋がるとは思っていなかった。でも実際目の前に広がる光景を見ると、私の考えがあまりにも甘くてお粗末であったと思い知らされる。


 「かもねー。うわー、ついにALIVEも遠くの存在になっちゃうのか。これを機に、レーベルさんに見つかって、地上に足を踏み入れ、やがてはメジャーデビューなんか果たしちゃったりして。ハートビーオンを飛び出して、色んな有名な箱でライブなんかしちゃって、気付けば武道館ワンマン! エモいね」

 「それは飛躍し過ぎですよ。人数が増えたと言っても、いつもに比べたら……ですから。元々ALIVEの集客力はお世辞にも良いとは言えませんでしたし。これでやっと他の地下アイドルと肩を並べられた、という感じですか――」

 「うるさ。夢くらいみさせろっての!」


 ハルヒはぎぃっと睨むようにフォースを見る。それからむにっと頬を両手で挟んだ。

 頬を挟まれたフォースは言語にならぬ言語をむにゃむにゃと喋る。


 ちょっとだけ遠い存在になってしまったのかも……なんて思いながら、新参者に負けじと列に並んだのだった。





 入場する。

 いつものほとんど固定されていたポジションすら確保できない。私がいつも真っ先に確保するスペースは他の人に占領されていた。

 うわー、まじかー……とは思うけれど、だからと言って文句を言える立場にはない。あそこは専用スペースではないから。


 中団くらいでライブを見る。

 新鮮さ、劣等感。なんか色んなものが混ざる。

 なにもかもがいつもと違う。熱気も場所もALIVEのメンバーの反応も。

 星空未来だけはパフォーマンスが向上している。でもまぁ、こういう不思議な空気の時に実力以上の力を発揮する人っているよね。


 結果。今日のライブは非常に消化不良に終わった。少なくとも私はそうである。

 もやもやした気持ちを抱え、そのまま帰宅する。まぁそれを口に出したら厄介古参オタクのレッテルを貼られかねないので絶対に言わないけど。

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