第12話

 女の子が好き。同性が好き。

 そういう性的指向の人間が存在する、というのはなんとなく知っていた。テレビの特集で? インターネットの記事で? SNSのインフルエンサーの発言で? 保健か道徳の授業で? どこで見聞きしたのかはイマイチ覚えていない。もしかしたらこれらぜんぶかもしれない。

 でもどれもこれも結局は絶妙に距離感があった。

 壁を一つ、二つ、三つくらい隔てた向こうの話。自分とは縁遠い話という認識であった。

 私の知っている世界とは違う未知の世界もある。それくらいの感覚。露骨に嫌悪したり、蔑んだり、差別したり、と悪感情を抱くことはない。ただ同時に、ポジティブな感情も抱かない。本当に他人事。それだけ。世の中ほとんどの人がそうだと思う。

 多様性の時代だもんなぁ、って。やっぱり出てくるのは他人事のような感想ばかり。

 え? 夏祭り? なんのことだか……。さっぱりわかんないね。うん。


 「でも女の子が好きだから……どうしたの?」


 女の子が好き。同性が好き。それを告げられたことよりも、それをわざわざ私に告げてどうしたいのか。そっちの方が気になる。


 「私に言ってどうしたいの?」


 彼女が口を開く前に私は追い打ちをかけた。本当は追い打ちをかけるつもりはなかった。結果としてそういう形になってしまった。ガッつき過ぎた。少しだけ申し訳ないなと前傾になっていた姿勢を戻す。

 そしてコホンと咳払いをする。


 「喧嘩したのと今の話、繋がりがあまり見えないけど」


 それぞれ独立したものであり、関係があるとは思えなかった。


 「あるよ」

 「なにが」

 「恋愛対象が女の子だって言って、それで喧嘩することになったから」

 「……?」


 私は首を傾げる。

 なぜ恋愛対象が女の子だと言ったら喧嘩することになるのか。不思議だった。偏見がある両親だったのかもしれない。そうだったら言い争いくらいには発展するかもしれないが、そこから家出騒動にまで膨れ上がるのはちょっと想像できない。


 「なんかおかしなこと言った?」

 「それが家出の原因になるのかなぁって」

 「なるよ。自分が一番認めて欲しいと思ってた人に自分そのものを否定されるんだよ。それってかなりキツイ」


 かなり苦しそうにそして辛そうに彼女はそう言う。想像はできるが、共感はできない。


 「だから家出したし。正直もう帰るつもりもない。理解してくれないから」


 宣言した。

 親からすべてを否定される。そういう経験を私はしたことがない。だから正直わかってあげることはできない。てか普通にわからん。辛さも苦しさも悲しさも。ぜんぶ。

 でもまぁ想像してみるとなんとなく辛いんだろうなぁとは思う。それがどれほどなのかは皆目見当もつかないが。


 「ずっと居るんだ。さゆちゃんの家に」

 「追い出されるまではいるつもり」

 「追い出されそうなの?」

 「どうだろうね。それはわかんない。追い出されないように頑張ってはいるけど……」


 なぜかこのタイミングで頬を紅潮させる。

 ……。え、なんで? 今恥じらうべきタイミングだったか? もしかして恥ずかしくなるようなことをさゆちゃん宅でしているのだろうか。流石にそういうわけじゃないと思うが、タイミング的にはそう考えるしかない。


 「別にエッチなことしてねぇーからな」


 睨まれた。

 そんなこと思ってないよ、とは言えなかった。むしろ思ってたから。思いまくってたから。

 こいつ、ヤッたなって。下世話な話だけどさ。


 「じゃあなんで恥ずかしがったわけ。話の流れ的にそういう思考に至ってもおかしくないというか。普通そう思う」

 「思ったより変態なんだな。まぁさゆちゃんのTOだし、変態か」


 物凄く失礼なことを言われた。


 「大体さ野暮なこと聞かないで」

 「野暮?」

 「なんで恥ずかしがったのっていう質問」


 野暮な質問だったろうか。

 比較的真っ当な質問であったと思うが。まぁその辺の判断基準は各々によって変わるか。

 黙って少し考え込む。

 そうするとはにかみながら彼女はさらに口を開く。


 「好きな人に見捨てられないよう健気に頑張って家事とかしてたからだよ。あぁ恥ずかしい。こういうのキャラじゃないんだから。言わせんなよ」

 「す、す、好きな人……」


 ぼっと茹でたこのようにさらに頬を赤らめる星空未来。

 私は好きな人という言葉に動揺しつつ、ふいにこの人ほんと可愛いなぁとか場違いなことを考えてしまう。でもしょうがない。星空未来はアイドルだから。可愛いのは当然なのだ。


 「さゆちゃんを……好きなんだ?」


 話の流れ。状況証拠。などを鑑みると、この答えに辿り着く。これで全然知らない人のことが好きとか言われたらそれはそれで拍子抜けしてしまう。星空未来の空気の読めなさに。


 「すごいね。もしかして超能力とか使える?」

 「多分……誰でもわかると思うけど……」


 狼狽しつつも、それを隠すように言葉を紡ぐ。隠せているのだろうか。自分自身でもわかる。声が震えているな、と。でもなんでこんなに狼狽して、動揺しているのかはわからない。謎だ。


 「……わかりやすかった?」

 「話の流れから推測しただけ。態度とかからじゃまぁあんまりわかんない」

 「そう。それなら良かった。さゆちゃんにバレるのだけは避けたいから」


 安堵する。

 ……?

 あれ私なんで今ホッとしたんだろう。


 「ちなみに河合さんはさゆちゃんのこと好き?」

 「え、私?」

 「そう」


 こくりと頷く。


 「……アイドルとして、推しとして大好きだけど。星空未来みたいな感情は持ってないと思う」


 そんなこと考えたこともなかった。だから自信を持ってそうじゃないと宣言することは難しい。だから尻すぼみに声はなっていく。


 「ふぅん」

 「……」

 「じゃあ、私にも勝機はありそうかも」


 ニヤニヤし始める。

 勝手に星空未来は走り始めて私はぽつんと取り残される。そんな感覚になる。


 「タイミングも良いし、私が話そうとしてたこと話すけど」


 唐突に話題を切り出す。

 情報が多すぎて、正直いらない。これ以上、なにか情報を押し付けられても受け止められる気がしなかった。

 でも断りにくいし、気になるのはまぁ気になるんだよなぁとうじうじしていると、星空未来は口を開く。


 「さゆちゃん。なんか河合さんのこと監視してるよ。スマホで。この前さゆちゃん家でニヤニヤしてたからなにしてるのかなってタブレット覗いたら、映像映ってたから」

 「ごめん。どういうこと?」

 「そのままの意味。そのスマホを媒介にして、盗撮とか盗聴とかしてる? って感じ」

 「は?」

 「そもそもストーカーされてたわけだし、今更そんなに驚くことじゃないでしょ」

 「いやだって。それ本当ならライン超えてない?」

 「ストーカーしてる時点でアウトだから」

 「……それもそっかぁ」


 納得した。

 というか怖いんだけど。なに? いつから監視されてたの? いや、たしかにそうじゃないと説明つかないようなこと何回もあったけど。でもスマホからやられてるとは思わなかった。あー、でもそっか。スマホを媒介にしてたから、生誕祭のサプライズとかは成功したのか。スマホを電車に忘れたのが功を奏するとかどんな展開だよ。


 「ってことを報告しておいた方が良いかなと思ってね」

 「それは……どうも。助かった。本当に」


 言われなきゃ多分一生気付かなかった。


 「でも良かった。河合さん相手だったら勝ち目ないと思ってたから。河合さんにその気がなくて本当に良かった」

 「そ、そう……」

 「さゆちゃんは私が貰うからね」


 アイドルに恋愛の宣戦布告をされた。

 事故に事故が重なって、情報過多によりキャパオーバーを起こしている私はロボットみたいに頷くことしかできなかった。

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