第11話
ブラックコーヒーを呷る。
私には到底真似できない。というかコーヒーって一気飲みするようなものじゃないだろ。って、前にも誰かに同じような反応をしたような気がする。まぁ良いか。
「でも触れて良いって言ったのそっちでしょ」
星空未来の家出の理由を探る。まぁそこまで気になるわけでもない。気になるか気にならないかって言われたら気になるかもしれない……くらいだ。曖昧模糊な答えであり、これからどっちに倒れてもおかしくないほどに不安定。だから理由を言うつもりなんてないと扉を閉ざされたら、はいはいそうですか、と簡単に引き下がるつもりではある。つもりというか、引き下がるだろう。そこまでする気力は微塵もない。
とはいえ、一ラリーすらせずに易々と引き下がるのは不自然だろうなと思う。
だからとりあえず自然に見えるよう、それっぽい指摘をする。
「それはそう」
なんというか争いがいのない答えがきた。素っ気なくて手応えがない。
「あれ」
「どうした?」
「てっきり、もっとあれこれ反論してくるのかと……」
「なに? もしかして私が物分りの悪いヤツだとでも思ってた?」
アイドル星空未来では考えられないようなセリフと口調だ。もしもこの星空未来をハルヒが見たら卒倒するんじゃなかろうか。なかろうかってか、絶対にするな。彼氏バレに比べたらマシくらいで、ハルヒの持つ星空未来への幻想がバリバリに破かれるだろうから。なんなら倒れてそのまま目を覚まさないかもしれない。
「無視するのやめて。虚しくなる」
「ごめん。無視したつもりはないし、思ってないよ。そんな風には」
無視したつもりは全くなかったが、結果として無視したみたいになってしまった。申し訳ない気持ちがぽつぽつ芽生える。なので取ってつけたように弁明をした。
「そう。じゃあ良いけど……」
許してもらった。
「で、えーっと。私が家出した理由ね。大して面白くない理由だけど聞く?」
「家出の理由に面白さとか求めてないなー」
というか面白い家出の理由ってなんだろうか。うーん、思い浮かばないね。
「だから良いよ。面白くなくても」
「そっか」
そう言って彼女はカップに口をつける。そして「あれ。あ、もうないんだ」と間抜けな反応をしていた。今のわざとじゃないならとんでもない天然っぷりである。
「ありふれた理由だよ。両親との喧嘩。それだけ」
「たしかに……面白くはない」
「その通りだけど、そっちがそういうこと言うのはなんか癪」
ただ事実を述べただけなのに。
酷い話だ。まったく。
「で、なんで喧嘩したの? 家出するほどって相当激しい喧嘩じゃないの。そういうことする原因ってなに……」
人と喧嘩するという経験があまりない私にとって純粋に興味の対象であった。
両親……というか家族とはかなり円満だし、喧嘩するような友達もいない。というか、その、えーっと……友達が……ね。あまりいないから。ゼロじゃないけど。今すぐ連絡取れるリアルの友達って長谷川くらいしか浮かばない。あれ、私って実はぼっちなのでは? と、突如現実を突きつけられた。まぁ良いや。見なかったことにしておこう。
「食いつきすご……」
「気になるし」
「さっきまでのお淑やかさはどこに行ったの。絶対に喧嘩の理由とか聞いちゃダメでしょ。デリカシーがない」
と言われても。
嫌われても良いと覚悟を決めた時点で、デリカシーなんてものは捨ててしまった。
だからそう指摘されても心は動かない。揺れない。響かない。そんなもんあったなぁとしか思わない。
「そういうもんかな」
そうだねって認めたら、引き下がるしかない。それはそれで良いんだけど。ここまで来たら徹底的に知りたい。探究心が芽生える。丸裸にしてやりたい。アイドルを丸裸にするのは……背徳感があって悪くないね。
「そういうもんだよ」
溜息混じりに答える。呆れられてしまった。
「というか、喧嘩の理由なんて他人にべらべら喋るようなもんじゃない。喧嘩の原因を武勇伝みたいに吹聴するのってどう考えても痛いでしょ」
「一理ある……けど」
「けど?」
「アイドルなら痛くてなんぼじゃない?」
アイドルは痛ければ痛いほど可愛い。クールぶってるさゆちゃんも、明るいキャラを演じてる星空未来も傍から見たら痛いヤツだ。でもオタクからすればもうそれが可愛くて可愛くて仕方ない。
アイドルは痛くてなんぼ。なんならもっと痛くなって欲しい。ぶりっ子アイドル。どんと来い。というかアイドルは痛くなるのが仕事なのかも。それは過言か。
「今はアイドルじゃないから」
「プライベートだから?」
ちょっと前に星空未来が言っていたことを引用する。
「そう。プライベートで痛いのはただの痛いヤツになるでしょ」
どうやら正解だったらしい。それにごもっともなことを言ってきた。正解だと私は思う。
アイドルとしてキャラを立たせファンへあざとさを向ける。その結果ちょこっと痛くなる。これをプライベートでやったらただの痛いやつだ。ファンへアピールしないから。
「隠す必要もないけど。喧嘩の理由」
「じゃあ教えてよ」
「良いよ」
と、頷く。
それから彼女は「あっ」という短い声を出す。
そして人差し指を立て、鼻の頭と唇にくっつける。所謂しーっのジェスチャーだ。
「オフレコでよろしく」
「もちろん。口が堅いことには定評があるから」
正直なところ、自負してるとドヤ顔できるほど口が堅い自信はない。結構ポロッとなんかの拍子に隠さなきゃいけないことを転がしそうだなと思っている。少なくとも自己評価はそんなもん。ただ同時にさゆちゃんがストーキング行為をしていたというのをオタク仲間には隠し通せている。だから口が軽いとも言えない。自分自身でも実際どっちなのかイマイチわからないので、口が堅いということにしておいた。その方が明らかに都合良いし。
「……その前にもうひとつ」
「え、めっちゃ焦らすじゃん」
これもうわざとやってるだろ。ってくらい、焦らしてくる。焦らすのは重大発表だけで良いんだよ。
「焦らしてるんじゃない。必要なことだから」
「うんうん。そうだね。それで?」
「……」
子供をあやすような反応をしたからだろうか。ぎぃっとすごい目付きで睨まれてしまった。……。わかった。私が悪かったからそんなに睨まないでよ。
「スマホ電源切ってくれる?」
「スマホ?」
「そう」
突拍子のない要求であった。
困惑する。
突然スマホの電源を切れと言われても困ってしまう。ただなんでと聞いたところで教えてくれるような雰囲気ではない。とりあえず切れ。今すぐ切れ。じゃないとこれ以上なにも喋らん! という空気をぷんぷんに醸し出す。
だからしょうがない。スマホの電源を切り、暗くなったスマホの画面を星空未来に見せつける。
星空未来は手を伸ばし、電源ボタンを軽く触って、スリープモードではないことを確認した。
「オッケー。私ね、女の子が好きなんだよ」
あれだけ焦らしていたのに、結構あっさりと口にした。ここまで来たらもっと引っ張るのかなぁなんて勝手に思っていたので驚く。
別に焦らしているつもりはなかったのだろう。本当にただ段取りを淡々とこなしていただけ。
というか、またとんでもない暴露をされている。
さっきの偽名案件よりもとんでもない。
「そ、そうなんだ……」
ビックリするし、なによりもどういう反応をするのが正解なのかがわからない。
だからこういう毒にも薬にもならないありきたりでつまらない頷きしかできなかった。
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