第6話
ハルヒの大胆な行動を引き止めて、リビングでのんびりと彼女はスマホで動画を再生している。なに観てんだろうと気になった。ソファに座っているハルヒの隣に座って、スマホを覗き込む。なになに? という反応をしたが、スマホの画面を見せることに対しての拒否はない。むしろ、どうぞ、見てくださいと言わんばかりの受け入れ態勢であった。
チャンネル名は『波乱万丈〜ALIVE〜』。名前からわかる通り、ALIVEのユーチューブチャンネルだ。一応公式チャンネルなのだが、チャンネル登録者数は脅威の八十四! ALIVEファンすらまともに取り込めていない。まぁ理由は明白だ。宣伝不足。以上。
再生数はもっと悲惨だ。最高で五百ちょっと。ものによっては三十にすら達していない。もっとオタクは再生数に貢献すべきだ。お前も頑張れって? いや、う、うん。でも、ほんっと面白くないし……。
ただ今日だけ違った。本日更新された動画には釘付けになってしまったのだ。不覚とか言っちゃいけないんだろうけど、でも不覚だ。
「最初からこれ投稿しとけば良かったのに。絶対こっちの方が良いよ」
「だよねー。変にバラエティしようとするから面白くないそこらにいるアイドルみたいになってたし」
敢えて言わなかったことをハルヒはドストレートに言ってくる。いや、そうだよ。その通りだけど。
彼女に慈悲を求める方が間違ってるか。
ただ今日アップロードされた動画はハルヒに毒舌を吐かせるほどの内容であったのもまた事実。それほどに面白かった。というか私たちの望むものであったのだ。
だって、楽器を鳴らしている。なんならみんな知っているような邦楽をカバーしているんだ。私たちが一度は観てみたいと思ったものがスマホのスクリーンに流れている。多分これは私だけが思っていたことじゃない。ファンの総意ではないか、と勝手に思っている。
「てかあれだね」
ハルヒは突然動画の再生を止めた。さゆちゃんがベースをかき鳴らす最高のショットが画面に表示されている。うん、秒数は覚えた。あとでスクショしとこ。
「うん?」
首を傾げる。
「メンバーカラーのベース使ってるなんてさゆちゃんやるじゃん。これ好感度爆上がりするでしょ」
「そ、そうだね……」
既視感だらけのベース。というか既視感しかない。
そりゃそうだ。だって少し前までここにあったのだから。
使ってくれている嬉しさと、そこでお披露目するんだっていう気恥ずかしさで一人悶々としてしまう。
いや、なんかマーキングしているみたいでちょっと嫌かも……。そんなつもりはなかったんだけど。
「みぃちゃんもメンバーカラーのドラム使って欲しいな」
「メンバーカラーのドラム……?」
「うん、黄色の!」
黄色のドラム……。目がチカチカしそうだ。でもファンシーな感じがして悪くはない。ALIVEのイメージにマッチするか、は一旦おいておいて、星空未来という人物にはかなりマッチしている。うん。黄色いドラムを叩いているイメージは簡単に浮かぶ。
「良いと思う。プレゼントすれば?」
「無理だよ、無理。ドラム高いもん。調べたけど無理だった。それに重いよ、楽器は。物理的にも気持ち的にも。さすがに躊躇しちゃうかな」
「おぉん……」
突然刺されてしまった。
そ、そうか。重いか。楽器。
あまり気にしてはいなかったが、たしかに言われてみれば重たいような気もする。というか、重いな。うん、重い。
「さゆちゃんにプレゼントすれば? ベース。ファンが送ってくれたのなら安物でも使ってくれるんじゃない? ほら、洋服とか着る感じで」
もうプレゼントしたよ、とは言い出せない。
重たいって言われちゃったから。意識してしまった。というか、重いとか言っておきながらそんな提案してくるなよ。
「うん……まぁ検討しようかな」
だからこんな感じで誤魔化す。果たして誤魔化せているのか、という疑問は残るが。え、無理でしょ。誤魔化せないよ、これ。
「そ、それよりも。なんかアイス食べたくない? 食べたいよね。私めっちゃ食べたいんだけど」
検討という言葉の弱さを時間差でひしひしと感じ、逃げる。
「えぇ、急じゃない?」
「食欲っていうのはそういうもんでは? 特にアイスなんて」
「気持ちはわかる」
無理矢理感のある返答だと思っていたが、納得してもらえた。もしかしてハルヒって単純にチョロいだけなんじゃないだろうか。オタクとか関係なしに。
「ん、しょーがないね」
よいしょと立ち上がった。
それから荷物を漁って財布を取り出す。財布から五百円玉を一枚取り出した。
一度なぜか五百円玉をまじまじと見せつけてから、ポケットにしまう。その一連の行動はなんだ。マジで。
「泊めてくれたお礼に奢ってあげる」
お前にはこれっぽっちもないだろという煽りかと思った。流石に被害妄想が過ぎたようだ。
「ハーゲンダッツも?」
「まききんが望むなら。まぁ、しょうがないかなぁ。奢ってあげよう」
「おー、太っ腹じゃん」
「ネカフェに泊まるより安上がりだよ。ハーゲンダッツくらいね」
「なるほど。たしかにそれはそうだ」
高級アイス一つで宿が手に入るなら安上がりだってのは間違いない。高級アイスと言えど、五百円出せばお釣りがくるし。
私は得しかしてないけどね。
コンビニ向かうがてらブラブラと散歩をする。
直接向かえば五分もかからない道のりであるが、それだとなんだかつまらない。
夜道を歩く。月明かりに照らされて、ちょっぴり生暖かな風を浴びながら。
ただそれだけのことなのに、どうしてか気分は高揚する。
夜は本当に魅力的だ。魔性の力がある。
心地良い。だから口も軽くなる。
「例えば推しにストーキングされたらどう?」
「唐突……だねぇ」
吃驚した様子を見せる。でも足を止めることはない。歩みを進め、アスファルトに転がる小石をぽーんっと蹴っ飛ばす。ころころとリズム良く跳ねて転がる小石はどこへ行くかわからない。右へ左へ不規則に進んで、やがて側溝の網に落ちて姿を消す。
「ホールインワン」
「狙ってたの?」
「ぜーんぜん」
ハルヒは首を横に振った。
「で、なんだっけ」
「推しにストーキングされたらって話」
「そうそう」
やっぱなんでもないって無かったことにしようかなって一瞬考えたけど、もう今更かなという気になった。
「私は、嬉しいかな……多分」
「う、嬉しい……」
キモイ、怖い、ウザイ、そういうマイナス思考的な答えを待っていた。だからあまりにも逆な答えに受け入れられなかった。一度言葉にして噛み砕き、やっと処理できる。
「ストーキングするってことは私のこと好きってことでしょ?」
「そうかな。まぁ……うーん、そうなのかも」
「推しが好きになってくれるなんてそれ以上に嬉しいことはないよ」
そういやハルヒはそういうタイプの人間だったな。
所謂ガチ恋勢。女のくせに、星空未来に恋した。虜になった哀れな女である。
ガチ恋勢にこんなこと聞いたらそりゃ肯定的な言葉が返ってくる。当たり前だ。推しに関しては節穴と言っても良い。
うん。聞く相手を間違えたな。フォースに聞くべきだった。
「そういうまききんは?」
「どうだろう。まぁ好意的には受け取らないかな……」
実際好意的には受け取っていない。キモイとか怖いとか、そういう感情にまでは至っていないけど。いや、至ってたかな。でも本気で拒否はしていない。拒否してたら今頃さゆちゃんは警察のお世話になっているはずだし。多分。
「えー、あやふや過ぎない? 答え。なんで聞いたの」
「なんでって……」
突っつかれて嫌な部分を的確に突っついてくる。
本人にそういう嫌がらせをしているという意識がないからたちが悪い。
「そういう妄想したから、かな」
「えー、キモ」
「ちょ酷い」
「いやキモイでしょ」
「まぁキモイ……かも、いやキモイね」
推しにストーキングされるかもなんて妄想してるのはキモイ。それは弁明のしようがない。
「あっ、コンビニ見えた。ハーゲンダッツ奢りだかんね」
「はいはーい」
灯りが見えたコンビニに助けられた。
サンキューコンビニ。
コンビニでアイスを買ってそのまま帰路につく。
カップアイスを買ったせいで直帰だ。
棒アイスを買って、食べながら散歩を継続ってのも悪くなかったかなぁと今更ながら思う。まぁ時すでに遅し。しょうがない。
他愛のない会話をし、あれこれ話して、話題がピタリと途切れる。もうアパートまで目と鼻の先なんだけど。沈黙が流れる。とはいえそれに気まずさを覚えるようなことはない。まぁ黙ってても良いかなと思える。
「てか、ストーキングされたら好意的に受け取らないって本当? 推しなのに?」
「掘り返すんだ、その話題」
「なんか面白そーだし」
「面白くはないでしょ」
キモすぎて面白いってことだろうか。
駐車場を突っ切り、玄関前に到着する。
「推しにストーキングされてたらキモイってこと? 私はむしろ好きになっちゃうけど」
「キモイかキモくないかで言えばキモいし、それでさらに好きになることもないよ。好きになるのは絶対にハルヒがおかしい」
一般論を口にしつつ、鍵を開ける。
それと同時に隣の部屋の扉は開く。
顔をそっちに向ける。
さゆちゃんと星空未来がちょうど外に出てきた。
あ、鉢合わせてしまった。
一日くらいなら大丈夫だろうと思っていた。慢心だったかぁ。
「……」
「……」
さゆちゃんは黙って私のことを睨んでいるし、ハルヒはハルヒで口をポカーンと開けながら、星空未来を見つめている。
自分のファンと対面することになった星空未来はケロッと笑いながらひらひら手を振る。もうアイドルスイッチをオンにしていた。いや、すごいな。プロじゃん。
さゆちゃんも少しは見習って欲しい。だからそんな目で私のことを見ないでよ。
「帰るよ」
「え、う、うん。ばいばーい」
さゆちゃんと星空未来は踵を返した。
「……やば、これ」
なんか色々面倒なことになったなぁと思いつつ呟く。そして思考することを放棄して、玄関の扉を開けたのだった。
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