第4話

 申し訳程度に備え付けられている机を囲むように座る。

 左側にあるディスプレイでは名前も知らないアーティストが必死に曲の宣伝をしていて、真正面にはアイスコーヒーを飲んでいるフォースが、右側には頬杖を突いて私のことをずっと見ているハルヒがいる。


 「えーっと……」


 今日集まったのはとある人物の生誕祭……じゃないや、誕生日会をするためである。

 まぁ「本日の主役」は絶賛私のことを睨んでいるのだが。そんなに睨まなくてもってくらい睨んでいる。

 いやー、本当に私なにしたんだろう。全く、これっぽっちも記憶がない。もしかして大暴れして記憶失っちゃうタイプの人だったのかな私って。


 「なんかさ、空気重くない?」

 「誰がこの空気を作ったと思っているんですか」

 「はぁ……ほーんとに全くだよ」


 二人はため息を吐く。吐かれる。なんだよ、ほんと。


 「ハルヒさん。どうやらまききんさんはしらを切るつもりのようですよ」

 「もしかして気付いてないとか? あるかな」

 「それはないでしょうね。だって考えてみてくださいあのまききんさんですよ。あのまききんさんが気付かないはずがないです」


 なんの話をしているのかはわからないが、フォースからは確固たる自信がひしひしと感じられる。

 とりあえず失礼なこと言われてるんだろうなってのだけはわかった。釈然としない。


 「どうせアレを見せれば動揺しますよ」

 「そうかな。じゃーやってみよー」


 ハルヒはスマホを取り出し、手際良く操作する。そしてスクリーンを私へ向ける。

 そこに表示されていたのはさゆちゃんが今日投稿した自撮りであった。

 もちろん脇には私が写りこんでいる。

 なにを言いたいのか。って、一つしないよな。そうだよなぁ。

 ちらちらと二人を見る。口を開くことはなく、ただ私の弁明を待っていた。言い訳を待っているの方が正しいのかな。

 とりあえず適当に誤魔化したいのだが、頭が働かない。言葉が出てこない。

 動揺し過ぎている。焦ってる。


 「めっちゃ目泳いでるよ、まききん」


 いつの間にか近くに来ていたハルヒはぐいっと顔を近づけて、私の瞳を見つめる。

 キスされるんじゃないかってほどに距離が近い。

 恥ずかしさ、怖さ、やましさ、色んな感情が混ざって、仰け反って避ける。


 「き、き、き、き」

 「壊れたラジオみたいになっちゃった」


 そりゃそうもなる。

 バレてないと思っていたものが簡単にバレてしまっていたのだから。焦って当然だ。例えば完全に言い逃れができないほどにバレているのであれば腹を括れるというか諦められる。だが今回はそうじゃない。上手いこと言い訳したら逃げられそうなのだ。

 唯一の証拠であるさゆちゃんの自撮り。それに写る私はたしかに私なんだけど。でもボヤけてるから。知らぬ存ぜぬを貫けばどうにかなるんじゃないかと思ってしまう。

 どうにかできそう。だからどうにかしなきゃって意識をする。そして焦って、緊張して、言葉が出てこなくなる。悪循環。


 「……き、気のせいじゃない?」


 動揺しつつも絞り出す。


 「いやー、まききん。さすがに気のせいは無理があるよ」

 「ほら私である証拠はないし」

 「うん。まききんである証拠はたしかにないねー」


 勝ちを確信した。

 勝った。うん、これは勝った。

 証拠がなければ知らぬ存ぜぬを通せる。

 助かった。


 「でもALIVEファンである証拠はあるよ」

 「ふぅん……?」


 雲行きが怪しくなった。

 狼狽したことを隠すような返事をする。


 「ほら、これ」


 ハルヒは写真をすっすっと拡大する。

 そこに見えるのはさゆちゃんの生誕祭で配布した記念Tシャツであった。それが洗濯物として干されている。しかもモザイク処理が甘いせいで記念Tシャツであることは確定である。

 私っぽい人がいて、その人が干している洗濯物はさゆちゃんの生誕祭の記念Tシャツ。

 一つ一つを掻い摘んで見れば私であるとは言えない。しかし、それらを合わせた時にそれでもなお私ではないと言い逃れができるかと問われると正直怪しい。というか普通に無理。

 さゆちゃんの生誕祭記念Tシャツを洗濯物として干している私みたいな人ってそれはもう私でしかない。


 「……」


 誤魔化せない。

 誤魔化したいけど、ここから私じゃないと覆せるだけの語彙も話術もない。

 これは無理だ。どうしようもない。


 「言わなくてもなんのシャツかわかりますよね?」


 フォースは黙っている私を見てそう告げる。私はこくりと頷く。


 「そろそろ白状したらどうですか」

 「……」

 「まききん……」

 「……」


 なんか糾弾されている。まるで犯罪者みたいな扱いだ。

 もしかしたら私がさゆちゃんをストーキングして、隣の家に越してきたと思われているのかもしれない。まぁ偶然隣に推しのアイドルが引っ越してきたなんてそうそうない話だ。物語でもそれはちょっと出来すぎている。ご都合主義も良いところだろう。だから、誰かが意図的に仕組んだと考える。で、誰が意図的に仕組んだかと考えると、オタク側だってなるのは非常に自然かつ合理的な流れだろう。

 言い逃れしようとした結果、悪い方向に捉えられるのは癪だ。

 ここから一生「コイツは推しをストーキングして隣の部屋に引っ越したヤバいやつ」ってレッテルを貼られるのもキツい。

 私はなにもしていない。本当になんにもしていないのに。


 「うん。それ、私だよ……」


 だから認めることにした。


 「でも、二人が思っているようなことはしてない。断じて! 本当に!」


 と、宣言するために。


 二人は顔を合わせ、こてんと首を傾げる。

 なにかおかしなことを言っただろうか。ふむ、わからん。覚えてない。


 「え、なに、どういう反応、それ」


 怖くなって訊ねる。


 「二人が思っているというのが少しわからなかったんですよ」

 「少しっていうかかなりわかんなかったよ。私は」

 「うーん……」


 私を辱めようとしているのだろうか。ストーキングしてましたなんて告白するのは屈辱的過ぎるからね。そんなの例えしていたとしても言いたくはない。

 でも言わないとずっと勘違いされ続けることになる。

 どちらをとっても地獄。

 いや、否定するくらいなら大丈夫か? 嘘を吐くってなると暴かれた時に痛い目見ることになるが、今回に関しては実際してないし。嘘がバレるんじゃなくて、そもそも嘘を吐いていないのだ。


 「私、ストーキングとかしてないですよ。さゆちゃんのこと追いかけて隣の家に引っ越したりとかしてないです……してないの」


 フォースに訴え、ハルヒにも訴える。

 果たして私の声は届いているのか。一抹の不安が残る。

 だって二人とも黙っているから。面食らっていた。

 ディスプレイからは延々と宣伝の音声が流れている。だからこの空間が沈黙に包まれることはない。はずなのに、シーンとしているような気持ちになる。二人が喋らないから。私が喋ったら良いのかな。でもそうしたら今の弁明が言い訳っぽくなってしまう。あ、既に言い訳っぽいぞという正論は聞きたくない。


 「いや、別に……ストーカーしてるとか、そんなこと微塵も思ってなかったけど」

 「そういう発想ができるのが凄いなと思います。まききんさんは紛うことなき変態、ですね」


 揃いも揃って引いていた。

 そうか。

 さゆちゃんのせいでストーキング行為が当たり前みたいになってたけど、普通そういう発想にはならないか。

 とんでもない墓穴を掘ってしまったような。そんな気分になる。

 それはそれとしてどさくさに紛れて私を変態扱いしたフォースは許さない。覚えておけ。


 「……じゃあなんで怒ってるの?」

 「怒ってはないよ」

 「……?」


 犯罪者扱いをしているのかと思えばそういうわけじゃなかった。じゃあなんであんな反応をしていたのか、という疑問が生まれる。


 「ただオタクが推しの家の隣に住んでるなんて……ギルティ過ぎるって嫉妬してるだけ」


 説明させんなよ、という感じでハルヒは教えてくれた。

 別に怒っているわけじゃなかった。嫉妬だった。

 とりあえず安堵する。


 「……じゃ、じゃあ。本題に入ろうよ!」


 それからハルヒのちょっと早い誕生日会を始めた。とりあえず一区切りついた。二人はあくまで羨望しているだけであり、真実に辿り着いたわけじゃない。これ以上余計な詮索をされて、私がポロッと余計なことを言わないうちに、話を逸らしたかった。


 「はい。これあげる」


 用意した紙袋を渡す。というか押し付ける。

 中に入っているのはランダム商法で余った星空未来のグッズたちである。ブロマイドとかは場所を取らないのでいくらあっても困らない。あっても使い道はないが、あるからと言って困ることはない。しかし、アクスタとか缶バッチとかキーホルダーとか、地味にかさばる系のグッズは溜まっていく一方なので困る。推しならまだしも別に推しじゃないし。かと言って捨てるのも勿体ない。じゃあ売れば良いじゃんと思うかもしれないが、ALIVEはそんなに売れているアイドルグループじゃない。部類的には地下アイドル。フリマアプリとかで売ったところで買い手なんて見つからない。やるならSNSで物々交換になるが、相手を探すのも大変だし、直接会って交換するのもまた面倒。

 溜まっていくグッズを処理する。

 一番手っ取り早いのは、こうやって誕生日会と称して、一年間で溜まったグッズを推しに押し付ける。押し付けた方は荷物が減って喜ぶし、押し付けられた方はグッズが増えて喜ぶ。まさにウィンウィンだ。




 誕生日会という名のグッズ押付け会は終わり、解散する。

 最寄り駅に向かう。フォースだけは乗車する路線の会社が違うので、改札口が別だった。だから早めに彼とは別れ、二人で目的の改札まで向かう。

 ピッと改札を抜ける。そして電光掲示板の下で立ち止まり、時計を眺める。


 「結構遅い時間になっちゃったね。だいじょーぶ? 補導とかされない?」

 「されたことはないけど……見つかったらされるかも」

 「だよねー。気を付けてね」


 『――駅にて発生した人身事故の影響により現在中央線では上下共に運転を見合わせております』


 というアナウンスが入ってきた。


 「あれ。ハルヒって」

 「中央線ユーザーだねぇ」

 「ここから帰るんだとどうやって帰るの? 中央線使わないとなると」

 「……タクシー、かな」

 「電車は?」

 「あるけどもう終電過ぎてる。遠回りになるからさ」


 補導されるような時間に人身事故が発生する。復旧するのは多分日を跨いでしばらくしてからになるのだろう。


 「いやー、キッツ。明日なんもないから良いけど。どうしよっかな。帰るの諦めてネカフェでも行こうかな」

 「ネカフェ?」

 「待って帰っても何時間後とかになるし、それならネカフェで寝ちゃおうかなって」

 「可愛い人がネカフェは危なくない?」

 「そうでもないよ。個室鍵あるし。従業員さん結構巡回してくれるから。いや、まぁそりゃやばい人も居るけど。一日だけだから危なくないよ」


 そりゃそうだろうけど……。

 そもそもハルヒは大人だ。私がとやかく言えることじゃない。でもやっぱり不安だし、なによりもなにかあったら後味が悪すぎる。


 「良かったらウチ泊まる? ネカフェ行くぐらいなら」

 「良いの?」

 「ハルヒが良ければ、だけど」

 「じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」


 こうしてオタク仲間を家に泊めることになった。

 隣にさゆちゃん住んでるんだよなぁって一瞬迷ったけど、まぁバレてるし良いかって。

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