アイドルと生誕祭準備

第1話

 今日のライブも良かった。まぁいつも良いライブなんだけどね。

 武者修行を終えてから、ハートビーオンでのライブが基本になってくれたのが本当にありがたい。やっぱりここが私たちのホームだっ! てね。慣れた箱でライブっていうのは観客の気持ちも幾分か楽になるし。

 あと良かった点として外せないのは推しの可愛さだろう。『アイドル』のさゆちゃんはとんてもなく可愛くて癒される。あれはもう天使の域を越えている。大天使だ。大天使ミカエルならぬ大天使サルエルだね。今度、サルエルってコールしてみようかな。やっぱやめとこ。厄介オタクだって周りに思われたくない。それになんかさゆちゃん一人だけが喜んで他のオタクと演者はドン引きするみたいな構図が浮かびあがってくる。どう転んでも私が損するじゃんそれ。だから絶対にしない。


 「今日も良かったですね。特に最後のエンドロールアゲインとか最高でした。あかりんの固レス見ましたか? 俺にやってくれましたよ。四のジェスチャー」


 フォースは親指を折りたたみ、その他の指を立てて、日野灯がやっていたらしい四のジェスチャーをやってみせる。


 「知らないし、きょーみないし。私はみぃちゃん見るので精一杯だったから」

 「私もさゆちゃん追いかけるので精一杯でしたね。フォースさんへの固レス追えてませんでした。すみません……ってか、謝る必要あるんですかね、これ」

 「二人とも酷いですね!? 固レスですよ、固レス。二人はされているんですか? そんな態度ってことはもちろんされてるんですよね」


 マウントを取ったのに、あっけない態度だったからか、ヒートアップして始めた。

 ハルヒはそれを面白そうに見ている。多分この人わかってやってる。悪女だ。


 「良くぞ聞いてくれました!」

 「なっ……」

 「私も固レスもらっちゃいましたー。みぃちゃんやっぱり最高だわー、ボルテージ上がると絶対私にしてくれるから、固レス。フォースさんとは格が違うんだよ、格がね」


 マウント合戦が始まっている。なんとまぁ惨めな争いだろうか。


 「……っ。まききんさんはどうなんですか?」

 「さゆちゃんから敬礼されなかった?」


 二人から視線が注がれる。

 私はつーっと視線を逸らす。


 個別レスは腐るほど貰ったが、固定レスは貰ってない。

 別に嘘吐けば良いのだが、なんとなく忍びない。


 「もら……わなかったね」


 素直に答える。


 「おー、そりゃ残念でごさいやしたねー。ガーッハッハッハ」

 「うわー、フォースさんさいてー。そういうことしてると、あかりんに嫌われるよ」

 「ちょっ、ハルヒさん。なんで一人だけ逃げるんですか。ずるいですよ、ずるいです。まききんさんずるいと思いませんか。今の流れどう考えても煽る流れでしたよね、そうですよね」


 助けてと言わんばかりに血気迫る。


 「いやいや、私とまききんはもう心の友と書いて心友だから。煽るとか絶対にしないよ。ねー! まききん」


 同意を求めてくる。いや、私そもそも煽ったりしないし。特に今回のことならなおさら。二人は私のことを惨めだと思っているのかもしれないけど、私はそう思わない。だって固レスの代わりにストーキングされてるし。ん、んん。ある意味惨めなんじゃないか、私。


 「ほら、まききん顔面蒼白になっちゃったよ。フォース、責任取れんの?」

 「……責任、取ってよね」

 「こんなふざけてられるなら大丈夫ですよ。心配するだけ無駄です」


 大正解。


 「あのー、すみません。ちょっと良いですか。談笑しているところすみません」


 超絶爽やかイケメンが割って入ってきた。

 髪の毛は金色のメッシュを入れていて目立っており、細身でありながらも筋肉質なのが伺える。なんというか、女性が描く理想の男性像をそのまま映し出したような人間だった。


 「エム坂さん、どうかしましたか?」


 私でも名前を知っているくらい有名なさゆちゃん推しである。

 三人に声をかけたとかならガンスルーするのだが、流石に私を指名して声をかけてこられると無視するわけにもいかなくて、こう微妙な反応をしてしまう。

 この人は決して悪い人じゃない。むしろ、ファン主導でなにかする時に先導するようなタイプ。嫌味のない陽キャだった。それに同担拒否じゃないし。そこまで警戒する必要もないとは思うけど、声をかけてきた理由というのが見当たらなくて、思わず警戒する。


 「とりあえず、ここで話すのはちょっと……というような内容なので、この後ご飯でも行きませんか。もしそういうのは……という感じだったら連絡先の交換でも。なんなら僕がまききんさんにダイレクトメッセージ送れるような設定に変えてもらうだけでも良いんですが……」


 慣れてるなぁ、と思った。しっかりと代案まで先に提示してくる。オタクっていうのは基本的に一つしか提案できない、単細胞生物なんだよ。チラチラとフォースを見ながら感心する。


 「な、なんですか」


 と、困ったような声を出している。まぁ無視無視。


 「わかりました、行きます。今からですか?」

 「悪いけどご飯なら今からだと都合良いかな。後ろ予定詰まってて」

 「……しょうがないですね」


 確保していたさゆちゃんの握手券を半分にして、フォースとハルヒに押し付ける。


 「って、ことだから。二人ともお願いします。挨拶しておいてください」


 躊躇することなくお願いした。

 さゆちゃんとの握手会に参加できなくなることはたしかに辛い。でも、今の私にとって貴重な経験というわけでもない。

 まぁ一回くらいならパスしちゃっても良いかなって感じだ。


 「それじゃあ行きましょうか」


 外を指差し歩き出す。彼は私の後ろを着いてくる。

 振り返ることはしなかった。





 ハートビーオンを出てすぐ近くにあるオシャンティーなカフェ。行きつけだというのに、新鮮さがあった。イケメンと来ているという高揚感か、はたまたあまり素性を知らない人と来ているという恐怖からか。はたまたその両方か。

 店員さんに「空いているお好きな席へどうぞ」と案内され、角の席を確保する。いつもの場所だ。ちょっとだけ安心できる。

 コーヒーとカフェラテを注文する。


 「まききんさん。確認ですが、大学生になられましたよね。僕の記憶違いでしたら申し訳ないですが」


 エム坂は妙に下手に出てくる。

 なにか裏がありそう。まぁ考えたところでわからないし、わかるわけがない。

 だからあまり考えないようにする。無駄な時間になるのは目に見えるから。


 「そうですね」

 「ということは十八歳以上、成年ってことですよね」

 「以上というか、十八歳ですね」


 狭い界隈なせいで、個人情報の取り扱いがあまりにもガバガバだ。まぁ年齢くらい知られたところで困ることじゃないし、良いだろう。


 「そういうエム坂さんはおいくつですか?」

 「アハハ、一方的に詮索するというのは良くないですよね。僕は二十五ですよ」

 「そうですか。そんな方が私みたいな若造になにか用ですか?」


 警戒は解かない。

 ぎーっと睨み続ける。


 「ちょっとお願いしたいことがありまして」

 「はぁ、お願い……ですか」


 やっぱり下手であった。ずっと様子を伺っているという感じだ。機嫌を損なわないように気を付けている、という方が適切か。まるで爆発物でも取り扱っているようだ。


 「まききんさん。貴方なら即答できるかと思いますが、ちょうど一ヶ月と二週間後、なにがあるかわかりますか?」


 なぜか彼は妙なプレッシャーを私に掛けてきた。

 舐められたものだ。それくらいプレッシャーを掛けられても答えられる。


 「八月二十八日ですよね。さゆちゃんの誕生日じゃないですか」

 「正解です。さすがまききんさんですね」


 突拍子のないクイズに答えると称賛された。気持ち良いが、困惑が脳を支配する。

 嬉しさとわけのわからなさでこんがらがってしまった。

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