第2話
「生誕祭についてご相談したいのです」
前置きをおえたエム坂はやっと本題に入った。
まぁ全く想定していなかったわけじゃない。タイミング、質問内容、声をかけてきた相手。すべてに共通項を見出すと「生誕祭」がヒットする。確信がなかったので、こっちから話を振ることはなかったけど。
「あっ、もしかしてカンパですか。出しますよ、出します。借金してでも出しますよ」
金は惜しまない。一切惜しまない。仮に百万出せと言われてもバイトと借金で掻き集めて見せよう。そのくらいの覚悟はある。それに去年までは出資させてくれなかったから。というか一枚噛ませてくれなかった。お金を出さずにただ生誕祭を楽しむだけ。居心地の悪さは物凄くあった。でも未成年だからって、お金を受け取ってくれなかった。悔しかった。
だからこそ、出せるようになったら惜しみなく出したい。
別に大きな夢、というわけじゃないが、一つの目標であった。
未成年でなくなり、高校生というしがらみも消えた今。私は存分にお金を出すことができる。
「ALIVEのさゆちゃんへの愛を借金ごときで表現できるのならいくらでもするつもりです。例え人生がめちゃくちゃになろうとも。それくらい可愛いものですよね」
借金で人生詰む? 良いじゃないか、上等だ。オタク冥利に尽きる。推しで人生終わりましたなんてカッコイイよね。
「そんなこと求めるほど僕は鬼畜じゃないですよ。気持ちはわからなくもないですけど」
彼は苦笑しながら頬を触る。
「そうですか。それじゃあお願いというのはなんですか?」
「単刀直入に申し上げます。今年の生誕委員長をやって欲しいんです」
エム坂は特に遠回りすることもなく、ストレートに要求をぶつけてきた。
そして手持ち無沙汰になったのか、コーヒーを呷った。そこそこ入っていたコーヒーはなくなる。
「生誕委員長というのは生誕委員の委員長、という認識で大丈夫ですか?」
とある構文みたいな言い回しになってしまった。でもしっかりと確認する必要があった。
「その通りです」
彼は特に突っ込まない。真顔で肯定する。それはそれでなんか虚しい。まるでスルーされたような気分になる。いや、意図したわけじゃないから良いんだけどね。
「その通りでしたか、そうですか。ですが、なぜ私なんですか? 去年、一昨年はエム坂さんが委員長でしたよね。もしかして今年はご都合が悪いとかでしょうか?」
わざわざ私に任せたい、と思う理由が良くわからなかった。経験者であればまだしも私は未経験者だ。生誕委員長どころか生誕委員として生誕祭準備に取り掛かったことすらない。ぶっちゃけなにをすれば良いのかわからない。
そんな右も左もわからないような私に生誕委員長を任せようという気持ちがわからない。
仮に都合が悪いんだとしても、去年委員として活動していた人に任せれば良いのにと思ってしまう。なぜよりにもよって私なのか。
「都合は悪くないですよ。推しの誕生日は空ける。常識じゃないですか」
「え、じゃあ……なんで私に委員長を? エム坂さんがまたやれば良いんじゃないんですか? 今までの経験もあるわけですし、その方が絶対にスムーズかと思いますが」
私の問いを聞いた彼はわかってないなぁみたいな視線を送ってきた。
わからんもんはわからんのだ。許せ。
「生誕委員長というのは様々なオタクの意見を聞き入れなきゃいけないんです。この難しさ、わかりますか? 伝わりますか?」
ため息混じりの言葉。
難しさも大変さもひしひしと伝わってくるし、その様子を見たことないのになんとなく想像できてしまう。
個性豊かなオタクたちの意見をまとめるってそう簡単にできることじゃない。まとめるだけなら良いが、衝突が起こったらその対処や尻拭い、後始末をすることにもなるだろう。
「厄介事を押し付けたい……と? そういうことですか」
そうだよね。所詮私は子供だ。面倒事を押し付けるにはちょうど良い相手だろう。
「いいや、違うよ」
と、彼はすぐに否定する。その後に小声で「全く違うかと言われればそんなことはないですけど」とつぶやく。
「個性豊かなオタクたちをまとめるにはファン歴が長くて知名度のあるオタクが適しているんですよ」
「だから私、ということですか」
「はい」
「でもエム坂さんじゃなくても良い理由にはなってなくないですか。だってエム坂さんって私レベルの古参ですし、知名度もあるじゃないですか」
私が適している理由というのはわかった。しかし、私が交代しなきゃいけない理由にはならない。
「世代交代、ということですかね。毎年毎年僕が委員長をできるとも限りませんから。もしかしたら来年死んでるかもしれないですし……身内に不幸があるかもしれないですし、仕事が忙しくなるかもしれません。僕だけが、というわけにはどうしてもいかないんですよ。じゃあ他にオタクを束ねられるほど古株で知名度のあるオタクが居るかって言われると正直悩むところです。まききんさん以外は」
要するに条件が唯一見合う私に経験させたかった、ということか。
とりあえずは納得できた。そういうことかって。
「それに正直僕より適任だと思っていますし。まききんさんが未成年でなければ随分前から任されているはずだったかと」
「そういうものですかね」
「そういうものですね」
と言われてしまった。
「というわけで受けていただけますか。生誕委員長」
「興味はありますね」
面白そうだなと思うのは紛うことなき事実。大変そうだが、その先にやりがいもしっさりと感じられるだろう。なによりも今までのお返しができるかもしれない。
「それじゃあ委員長ということでお願いします」
「いやいや、ちょっと待ってください」
「はい?」
「結局なにをすれば良いんですか」
仕事内容がわからない。故に取り掛かろうとも取り掛かれない。それがわからないから安易にやりますと頷けない。
「なにをしたいか、にもよりますね。カンパを集めたり、消耗品を準備したり、運営と擦り合わせをしたり。それらをまとめあげるというのが仕事ですね」
わかるようでわからなかったが、全くわからなかったかと問われるとそうでもない。多分実際やればこういうことかってなるタイプだ。
「不安ですか」
「そりゃ……まぁ。未知の領域ですし」
「誰もが最初はそうですからね。でも大丈夫ですよ。僕たちがしっかり支えます。生誕委員として。まききんさん。君にはその価値がある」
スカウトみたいな感じで、熱心に口説き落とされる。地下アイドルの生誕委員長を押し付けられそうになっているだけだが。
「どうですかね。受けてくれるととても嬉しいのですが」
興味があり、楽しそうだなと思うし、経験にもなるだろうなと思う。そしてなによりも恩を返したい。
「やります。やらせてください」
そこまで悩むようなことじゃなかった。きっと私の中で答えが出ていた。
だから食い気味に答える。
こうして私はさゆちゃんの生誕祭の生誕委員、生誕委員長となった。
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