第7話
「私たちって友達だよね? 河合さん」
最初に口を割ったのはさゆちゃんだった。
さっきまで怯えていたのが嘘かのようにケロッとしている。もしかしたら演技だったのかもしれない。そうならかなりえげつない。今までのとんちんかんな受け答えもぜんぶこうやって私を諦めさせるための演技だったのかなぁと考えてしまう。だから、まぁありえないか、という結論を出す。
「うん、そう、友達。友達だよ」
なんとも言い難い反応をしてしまった。人狼ゲームなら真っ先に市民に投票されるような立ち振る舞いである。
「推しとオタクが友達……なにそれ……やば、頭破壊されそう」
うぐぐ、うぐぐぐぐ、と頭を抱えながら突然苦しみ出す。なに? 化け物にでも寄生されたのかな。
私もさゆちゃんもかなり冷ややかな視線を送る。
耐えられなくなったのか、彼女はすんっとなんにもなかったみたいな反応をする。
「本当に友達なわけ……って、こんなバレバレな嘘吐く理由もないかー。実際二人一緒にいるし、うーん、さゆちゃんと河合が友達ねぇ。なんかわけわからんわ」
結局頭を抱えている。
でも彼女の気持ちがわからないわけじゃない。むしろめっちゃわかる。突然アイドルとそのアイドルを推していたオタクが「友達」という関係性を構築しているのだ。ビックリするなって方が無理だろう。
「あー、もうめんどーい! 考えんのやーめた。河合はさ、変なことしてないよね。なんかしてんなら通報するけど」
スマホを構える。今にも一一〇番しそうな勢いだ。
「してない、してないから。私はしてない。神にだって誓える」
「無宗教でしょ」
「いや、まぁ、そうだけど」
必死になって否定していたのに、なんとも言えない指摘をされて虚無になる。馬鹿馬鹿しくなった、が正解か。
「大丈夫だよ、ストーキングとかもしてないからねー」
「ス、ストーキング……?」
さゆちゃんはさらっと爆弾を落とす。
うわーっ! なにしてんだこいつ!
長谷川は首を傾げる。そりゃそうだ。突拍子がなさすぎて意味がわからない。
「あーっと、ほら、私が。私がストーキングとかもしてないよって話。うーんと、ほら、あれだよ。さゆちゃんなりのジョークってやつ。まぁ、アイドルってさ、MCとか全く面白くないでしょ。アイドル特有の冗談って言うのかな。どうやって笑えば良いの、みたいな。あれの延長線上だと思ってよ」
誤魔化すのに必死で喉のフィルターが機能していない。口にしてから今すごいこと言ってるんじゃないかと思う。
チラッとさゆちゃんを見ると、むくーっとリスのように頬を膨らませている。
「河合さんそういうこと思ってたんだ。ふーん、へー」
という明らかに拗ねたセリフ付きだ。
私たちのことを見て、長谷川は楽しそうにケラケラ笑い出す。
「なに」
「いやー、本当に仲良いんだなって」
「は?」
「ほら、急なこんなこと言われたってさ、どうせなにか裏があるんだろうなーとか思ってたから。普通に仲良さそうなところ見せつけられて、色々勘繰った私馬鹿みたいだなぁと思っただけ」
結果オーライということかな。
「でもどこで知り合ったの? 地下アイドルとはいえアイドルだし。河合はさゆちゃんのこと好きだったし。そもそも河合はオタクはオタク。アイドルのプライベートは詮索しないし、外で見かけても声もかけない。みたいなのをポリシーにしてたじゃん。だから、こう、友達になる経緯みたいなのが見えないなーって感じだけど」
その通りである。
私はアイドルとは特別な存在であり、アイドルのアイドルという側面だけを見たいと思っていた。つまり偶像と書いてアイドルと読む、というタイプの厄介オタクだったのだ。
それを知っている長谷川からすれば今の状況は違和感の塊でしかないだろう。
「それはね、私が――」
「秘密、秘密。アイドルはプライベート喋んないから。それがアイドルだから」
さゆちゃんの口に手を当てて、適当に誤魔化す。彼女に任せるのはまずいと私の本能が叫んでいた。まぁ実際、ろくなことにはならないだろう。目に見える。
「いや、アイドルはプライベート語るでしょ。ファンが詮索しないだけで」
とんでもない正論を長谷川にぶつけられる。
「長谷川。あのさ、正論しか言わない女は嫌われるよ。っと、それよりも呼び出されたから来たけどなに? グッズくれるんだよね」
嫌味をぶつけるだけぶつけて、さっさと本題に入る。
長谷川からは「こいつ……」という視線を送られるが、知らぬ存ぜるを貫き通す。
だって、くれるって言ったもん。
「はぁ、グッズはこれ」
長谷川はトートバッグから一枚の写真を取り出す。
プロマイドじゃない。光沢紙に印刷された写真だ。
そこに写し出されているのは幼いさゆちゃんだ。多分。このタイミングでさゆちゃんと関係ない人の写真出すとも思えないし。
ベースを弾いている写真。アイドルとはかけ離れている。なんというかロック味を感じる。
「中学生くらい?」
「すごいね、ピンポイントで当てるじゃん。これ、中学生の時のさゆちゃん」
「アイドルじゃないってこと?」
「そうなるね。あ、そういや河合ってアイドルのプライベートは干渉しないんだっけ。じゃー、これいらないね」
見せびらかすだけ見せびらかして、彼女はすっと写真を引く。
そんな餌を垂らすような酷い所業。なんだ、殺されたいのか? そうだな、そうなんだな。殺されても文句は言えないぞ。
「うわー、懐かしいね。ちょー、懐かしい。これ、中学の文化祭みたいなので演奏したやつだよ。即興バンドだったけど、楽しかったなぁ」
ひょこっと顔を覗かせてきたさゆちゃんは懐かしむ。もりもり湧いてきた殺気は彼女の呑気な声ですんっと消えてなくなる。
「売り物なの? それ」
純粋な疑問だった。推しとして出ているグッズはある程度揃えている。初期のポスターさえも買っているレベルだ。コンプリートしているわけじゃないが、発売したことのあるグッズは頭の中に入っている。一度は見たことがある。だからわかる。こんなグッズなかった、と。
「さぁ。知らないけど。貰い物だし」
「ふーん、そっか」
知らないと言われてしまえばこちらとしてもそうかと引き下がるしかない。まぁ非売品だろうね。
「売り物じゃないよ、それ。撮った人がばらまいてるんじゃない? まだその時アイドル活動とかしてなかったし」
さも当然みたいな顔をしてそんなことを言う。地下アイドルとはいえアイドルだからしょうがないのかな。いや、普通に可哀想だなと思う。自分の知らないところで、自分の過去の写真がばらまかれてるって……考えただけでおぞましい。
「サイン書いてあげよっか。書いてあげるね。ペン貸して」
私のトートバッグから黒ペンを取り出し、長谷川からほぼ奪い取るような形で写真をもらい、すらすらーっとサインを書いて私に渡す。
困惑しつつも受け取る。
「あ、ありがとう……」
どっちに感謝を告げれば良いのかわからなくて、両者に感謝を伝える。
「で、用件はなに?」
「あーっと、今日なんか出席とるらしいよ。授業」
「は? 聞いてないんだけど」
「だから呼んだの。無理矢理」
「え、神? 長谷川神かよ」
「そんな崇められても単位あげられないから。ほら、行くよ。授業始まるから」
こうして、私たちは授業が行われる教室へと向かった。もちろんさゆちゃんも。出席確認するのに潜りできないでしょ、と思ったが、出席してない人のところで「はい」って返事して上手く潜ってた。
授業が半ばに差し掛かったところで前に座る長谷川はふいっと振り返る。
なんだよ、と思いながらシャーペンをクルクル回していると、ぼそっと呟く。
「あのさゆちゃんって本物? 顔は確かに似てるけど、性格真反対じゃない?」
という質問をぶつけてきた。何を今更と思うが、まぁたしかにあのタイミングじゃ確認しにくいか。
「あれが本当の新垣紗優らしいよ。まぁアイドルなんて表と裏全然違うもんでしょ」
「ふーん、そういうものか」
納得したようなしていないような。
なんとも言えないような表情で彼女は前を向いた。
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