第6話
乗り換え先の電車。たまたま二つ分席が空いていたので、そこに座る。もちろんさやちゃんも隣に座る。
電車に揺られ、私は切り出す。
「あのさ、私の大学に来るのはまずいんじゃない?」
と。
まぁ、そもそも家に来ること自体がまずいんだけど。ストーカーするのももちろんまずい。まぁそれを言っちゃうと元も子もないので、やめておく。私の優しさだ。
「なんで?」
私なにか悪いことした? みたいな顔をしている。
コイツ、ほんっと。
悪いことってか普通に犯罪してんだよなぁ。良くそんな顔できるなぁと感心する。すごいよ、本当に。
「ほ、ほら。私の家はさ、人の目がないから良いけどね。大学って色んな人がいて、沢山の目があるわけ。そこまでわかる? 理解できる? できてる? 大丈夫?」
「うん。わかるよ。私も一応現役大学生だし、まぁ今は休学してるけどね」
なんかぶっ込んできたけど良いや。今はそこに触れている場合ではない。もっと触れなきゃいけないところがあるし。
「なら、わかるでしょ。さゆちゃんのこと知ってる人にどう説明すれば良いわけ? 私のストーカーです、だなんて説明できないでしょ」
「それまだ引き摺るの? もうやめたじゃん。後付けるの」
不満気である。
うーん、私悪いことしたかな。
もしかして後を付けなくなったからストーカーじゃなくなったとでも思っているのだろうか。さすがにそれはないか。ないと思いたい。だよね、そうだよね。
確認することすら怖くて、もうそこには振れない。触らぬ神になんとやら、だ。
「で、なんて説明すれば良い?」
帰らせることすら諦める。どうせ私がなにをしたって着いてくるんだ。
「恋人とかどうかな。私的には結構ありじゃないかなーって思うけど」
「なしなしっ!」
即否定する。コイツ、頭の中お花畑なのか?
「アイドルとしての新垣紗優を知ってる人がいるかもしれないでしょって話してるのに、恋人って紹介したらぜーんぶ意味なくなっちゃうよ」
恋人って紹介してもアイドル人生終わる。
そうやって紹介するなら素直にストーカーって紹介するよ。
「でもさ、考えるだけ無駄だと思うんだよね。大学に色んな人がいるのはわかるけど、私のこと知ってる人なんていないと思うよ」
良かった。さすがにさっきのは冗談だったらしい。多分。きっとそう。
それはそれとして。
「私の推してるALIVEとさゆちゃんのこと馬鹿にしないで」
「自虐なのに!? なんか怒られた……」
自分で自分の推しを弄るのは良い。だが、人に言われるのはカチンと来てしまう。なんなんだろうね、この現象。まぁワガママなのかな。ワガママでも良いか。そこに大きなこだわりがあるわけじゃないし。
「まぁ友達ってことにしておこう」
「……元々友達じゃないの?」
「違うでしょ。私はオタク、さゆちゃんはアイドル。友達には絶対になれないの」
彼女は盛大な勘違いをしていた。だからしっかりと訂正しておく。
「え、あ、そっか。そうなんだね」
さゆちゃんは露骨に落ち込む。
あまりにも露骨で、こっちがなにか悪いことをした、というような気分になってしまう。でも胸を張って悪いことはしていないと言える。別に開き直っているわけじゃない。アイドルとオタク。その関係を保つには、友達になることはできない。その言葉が間違っているとは一切思わないからだ。これは絶対に正しい。
だからこちらからなにかフォローするようなことはしない。
とはいえ、推しが落ち込んでいるのは普通に気になる。うーむ、複雑だ。
あれこれ考えていると無事、大学の最寄り駅に到着した。なによりも先に助かったという気持ちが湧く。
そして大学へと向かう。
ふとした瞬間に「あれ、私なにしてるんだろう……」と素に戻ってしまう。
その度になにも考えないようにする。
ずっと冷静な視点を持っていたらそのうち爆発しそうな気がするし。目を背けるくらいがちょうど良い。
「河合さん、どうかした?」
細い路地に入ったタイミングで彼女は不思議そうに私の顔を覗き込んで立ち止まる。可愛い顔がグッと近付いてくる。遅れてフローラルな香りが襲う。
良い香りだなぁ……じゃなくて。
どうもこうもない。
「なんで推しが隣にいるんだろーなーって思っただけ」
「良いじゃん。推しが隣にいるなんて。夢みたいでしょ」
声を弾ませる。すごく嬉しそうだし、楽しそう。
「そうだね。でも夢だったら良かった」
夢で満足できる。夢が良かった。
現実でこんな重たいのはいらないし、求めてもいない。
「えっ、それはさすがに酷くない? 泣いちゃうよ」
「あーはいはい」
ニヤニヤして言うもんだから、適当にあしらってしまう。やるならちゃんとした演技を見せて欲しい。中途半端だとどういう反応をするのが正解かわからなくなる。
ケラケラ彼女は笑う。どうやら正解を引いたらしい。良かった。
そう安堵している間にさゆちゃんはまた歩き出す。置いてかれないように私は歩く。周囲には同じ目的地へ向かう学生たちが沢山いる。だからさゆちゃんは迷わずに進める。私の案内がなくても。降りた駅に大学名も入っているので、さゆちゃんは私がどこの大学に通っているか把握しているだろう。だから仮に周囲に学生がいなくても、ネットで調べて勝手に突き進むはず。つまり、電車を降りてしまった時点で私の負け、ということだ。
絶対に次、日野灯と会ったら連絡先交換してやる。で、今度こういうことがあったら強制的に連れ帰ってもらおう。そう誓った。
歩いて、歩いて、さらに歩く。細い路地を抜けたと思えば今度は急な坂道を歩いてく。
最寄り駅というくせして、十分前後歩かなきゃいけない。交通の便どうなってんだ、ここ……と毎回思う。これだけで受験失敗したなぁと反省できてしまうレベル。キツイ。
汗をかきながら歩き、やっと到着する。
しっかり目な運動をして満足感すらある。
そして若干息を乱しながら、構内にあるコンビニへと寄った。
理由は二つある。一つは飲み物が欲しいから、もう一つは待ち合わせをしているから、だ。
「さゆちゃん。ちょっとここで待ってて。飲み物買いたいから」
「うん、わかった」
さゆちゃんは一切息を乱していない。むしろピンピンしている。汗すらかいていない。
これがアイドルと一般人の差……かぁと目の当たりにする。
さゆちゃんをコンビニの外に置き、ペットボトル飲料を買って、外へ出る。この間、約一分。なのにもうさゆちゃんは絡まれていた。
絡んでいるのは金髪女である。スタイルだけは妙に良い。ぶっちゃけそこだけならさゆちゃんよりも良い。
「
金髪女元い長谷川
「河合、違うんだよ、ほら、見て、さゆちゃんだよ。ALIVEの新垣紗優!」
長谷川はさゆちゃんを指差し興奮している。
コイツがコンビニで待ち合わせしていた人物であり、私を大学に呼び出した人間だ。一見すると不真面目に見えるが、根は真面目だ。今のところ授業は全部出席しているし、小テストの答えも教えてくれない。教えろって言うと自分でやれ、わからないところはやり方教えてやる、と言ってる。凄い真面目ちゃんだ。
「河合さん……助けてぇ……」
今にも泣きそうになりながら、さゆちゃんは助けを求め、手を伸ばす。
その手を見つめながら長谷川は困惑していた。
「えーっと……二人は知り合いなの?」
当然の疑問を口にした。そりゃそうだ。気になるよなぁ。
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