第7話
「でさ、吐く気になった? 私としては、このままイベントまでここに閉じ込めておいても良いんだけど」
星空未来はそう切り出した。
華奢な腕を組み、金色のポニーテールを揺らす。
「イベント始まったら逃してくれるってことですか? そういうことですよね」
都合良く解釈してみた。
「せっかく捕まえた獲物をわざわざ逃がすようなことしないよー。そもそも簡単に逃がすならこんなことしないんだよね。リスクが大きすぎると思わない?」
たしかにリスクはある、か。
やっていることは誘拐そのものである。しっかりと私を捕まえられたから良いものの、もしも対象を間違えてしまえば、大問題になってしまうのは自明の理というものだ。
つまり、私はこのままだとイベント参加は絶望的らしい。
「え、それじゃあ……サインは……もらえないってことですか。イベントに参加できないってことはつまりそういうことになりますよね」
「サイン? そんなのあとで貰えば良いでしょ。なんなら今書いてあげようか。ここで。私のサイン。写真集だけじゃなくて、他のグッズとかにも書いてあげるよ。なんなら他のメンバーにもお願いしてあげようか。お願いしたら書いてくれると思うけど」
「それじゃあ特別感がないから……嫌ですね。イベントで書いてもらうから意味があるんですよ。思い出になりますし」
「わー、断られちゃったー! アハハー」
星空未来は楽しそうに笑う。こっちはそんなに楽しくない。
誘拐されておいて楽しいわけがない。まぁ別に誘拐されたことに対してはさほど嫌だという気持ちは抱かない。全く知らない相手というわけではないし、身の危険があるというわけでもない。イベントに参加できるか否かというだけ。オタクとしては死活問題ではある。しかし、死ぬかもしれない……というような切羽詰まった状態でもない。
正直さゆちゃんのストーキング行為と星空未来の誘拐行為。どちらが酷いかと天秤をかけたら多分前者の方が重たい。ストーキングと誘拐という二択なら後者なんだけど。諸々の条件を加味すると逆転する。
と、まぁそんなわけで、イベントに参加できないという不安こそあれど、焦りや恐怖というものはそこまでない。ゼロとは言わないけどね。
「吐きます。吐けば良いんですよね」
だからこんなぶっきらぼうな反応もできてしまう。相手が命を奪ってきそうな誘拐犯であればこのような反応は絶対にしない。自分の首を絞めることになるから。
「そーそー。で、さゆちゃんと仲直りしてくれるとさらに嬉しいかなーって」
「いや、喧嘩はしてないですけど」
「喧嘩してないならさっさと機嫌直しておいてよ」
「こっち悪いことしてないし、難しいですね。それは」
そもそも原因がわからない。私のせいだって彼女は言うけど、自覚も思い当たる節もない。ないものを弁明しろって言われたって無理な話だ。
というか、どういう関係か言うとか言っちゃったけど……良いのかな。これ絶対に私だけで決められることじゃない。これ言ったら私よりもさゆちゃんが困る。
さゆちゃんが私をストーキングしてたこと、を。
同僚にストーカーってバレるとか……。私に置き換えてみれば、同級生にストーカーってバレるようなものでしょ。あぁ、間違いなく死ねる。
とはいえ、言うと宣言してしまった以上、やっぱりなしってのはできない。私のしょうもないプライドがそれを許さない。
「言っても良いんですけど、秘密にしてもらっても良いですか。周囲にバレると色々と面倒な案件なので」
特にあなたが困ることになると思いますよ、とは言わない。多分そんなこと言ったら余計に興味をそそらせることになるから。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。こう見えても私って口堅いから」
「こう見えてってどう見えてですか」
「営業モードだとたしかにふわふわしてて口軽そうに見えるかもだけど、実際は必要最低限の会話しかしないから問題なし」
自信満々に言うようなことではない。絶対に。それってつまり、コミュ障陰キャってことじゃないだろうか。さすがに言い過ぎかな。
「さゆちゃんは私のことをスト――」
「ふーん。二人ともそういうことするんだ」
私の声は他の声に遮られた。
星空未来の声ではない。
「はろはろ、さゆちゃん。もうお化粧終わり? 結構早いね」
正面にいる星空未来は一瞬驚いたような様子を見せたが、すぐに表情を戻して、動じてないみたいな対応をする。
というか、さゆちゃんって言った?
私はゆっくりと振り返った。後ろ……というか、ここの入口に立っていたのは新垣紗優。私の推しであった。
「河合さん。なにか釈明はある? 聞くだけ聞いてあげるけど」
「釈明って……私なんにもしてないじゃん。釈明しなきゃならないようなことはなんにもしてないよ」
ストーカー暴露しようとしていたので、なんにもしていないわけじゃない。でもほら、言った訳じゃないからセーフでしょ。だから嘘は吐いていない。
「みぃちゃんと一緒に居るのに? ファンとアイドルのメンバーが楽屋で会う……とかどうなの」
それに関してはあまりにもごもっともな指摘だなと思う。
反論の余地はない。一切ない。
「合意の元、会ってるだけだからなんにも問題ないよー。そもそも仕事の上で会話せざるを得なかっただけだから」
あれ。合意ってなんだったっけ。私、誘拐されたような気がするけど。と、遠い目をしていると、彼女は気にするなと言いたげな様子でウインクを一つした。
え、なにそれ。私に人権ってないの。ストーキングされるし、誘拐されるし。ないか。人権なんて。
「……みぃちゃん。メイクさん呼んでたけど」
「あれ。リーダーじゃないの?」
「リーダー多分買い物中。だから最後にお化粧するって言ってた」
「そう。それじゃあちょこっと失礼するよ」
ひらひらと手を振り、星空未来はこの場から立ち去った。
救われた……のかな。いまいちわからない。
戻ってきたらまたさっきの詰めをされそうな気もする。終わったぁと安堵するのはあまりにも早計だろう。なによりもぬか喜びになるのは辛い。だから緊張の糸は切らさないでおく。
「さゆちゃん。なにをしてるの?」
さゆちゃんは余っている机やら椅子やらを扉の前に並べていた。どんどんと積み上げていく。あっという間に出入りするのが難しいような状況が完成していた。もはやバリケードである。
「できた」
私の声が聞こえていないのか、聞く気がないのか、無視しているのか。どれかわからないけどスルーされてしまった。
「さゆちゃーん。なにしてんの。マジで」
性懲りもなく問う。
「机と椅子を積んでた」
「うん。それはわかるよ。見ればわかる。なんでって部分が知りたいんだけど」
行動原理が全く理解できない。奇行とかそういう域を超えてしまっている。机と椅子を扉の前に並べ、積んで、いったいなにになるというのか。
あまりにも馬鹿げた行為ではないだろうか。というか馬鹿げ過ぎている。
「河合さんとは二人っきりにならなきゃと思って」
積み上げた机に彼女は腰掛けて、さも当然みたいな顔をしながらそう告げる。なるほど、と理解できるだけの理解力とか、度量の広さとか、淡白さなんかを持ち合わせていれば良かったんだけど、生憎私にはそのどれも持っていなかったので、理解も受け入れることもできなかった。
「どういうことかな」
と、素直に質問する。
わからないことはわからないとぶつける。私の良いところだ。
「邪魔が入らないよう、扉が開かないようにしたってことだよ」
とてもわかりやすい。
「これで二人っきりになれるよ。邪魔者はいないし、増えない。良かったね、良かったよね。嬉しいよね」
彼女は満面の笑みを浮かべる。
迷いは一切なく、本気さがひしひしと伝わる。
あぁ……重たいとかそういう範疇を越えているなぁ。まだ星空未来の誘拐の方が可愛かった。
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