妖怪『会話音痴』

 田舎の特性なのかもしれないが、絶望的に会話の下手な人種がいる。

 と、いっても、会話そのものに苦手意識のあるコミュニケーション障害というわけではない。

 下手の横好き、会話下手のお喋り好きというか、普段から狭いコミュニティの決まった相手とばかり話しているせいで、主語述語も5W1Hも無視した単語のツギハギだけで会話が成り立ってしまい、仲間内での変な話し方が癖になっている人達…と説明したところで、やはりピンとは来ないだろう。

 ひとつ、例を挙げてみる。

 我が職場でのひとコマ(フィクション含む)である。


「ん」

「あれ?」

「うん、いつ? 困る」

「前、頼んだ。来ないから電話した。明後日だって」

「駄目。用紙足りない。使うから貸して。A4」

「駄目。こっちも足りない」

「あの人。どうなった?」

「山田さん?

「うん、あれ、いつ?」

「本社の田中。電話。午後」


 おわかりいただけただろうか。

 互いに通じてはいるのだが、会話が全く文章になっておらず、まるで暗号である。  

 実際には訛っているので、「来ない」は「コネ」、「足りない」は「タリネ」、「〜から」の「から」は「ハンデ」と発音されている。

 ちなみにこの会話(?)をまともな日本語に訳すと、


「すみません。お聞きしたいことがあるのですが」

「備品の発注の件ですね」

「はい、いつ頃届きますでしょうか? 今少し困っているのですが」

「大分前に発注したのですが、なかなか届かないので先方に電話いたしました。明後日に届くそうです」

「それでは間に合いません。A4のコピー用紙が足りなくなりそうで。業務で使用するので、そちらの係の備品をお借りしたいのですが」

「申し訳ありません、うちの係でも使用する予定です」

「そう言えば、この前問い合わせのあった件はどうなりました?」

「山田さんの件ですか?」

「はい、進捗の確認をしたいのですが」

「その件については、本社の田中さんから、午後に電話が掛かって来る予定です」


 ここまで慇懃無礼にする必要は無いとは言え、原文のままでは外部から来た余所者にとって「?」である。

 通じないとわかったら、せめて文章になるような会話を心がけてみれば良いのに、彼ら彼女らの頭からは既にその機能が失われている。

 余所者(私)が最も驚愕した会話(?)の一場面を紹介しよう。

 私が帰り支度をしている時に話しかけて(?)きた、文章構成力が5歳児よりも退化したオッサン(定年間近なのにヒラ。ハゲ。好きなものはモンスターエナジードリンクと異世界転生で主人公が無双するアニメ)が相手である。 


 ファイッ。

 カーン!


「おつかれさまでしたー!」

「…鍵(ボソッと)」

「はい? ハゲ山さん、何ですか?」

「鍵ぃ!(不機嫌そうに。訛りすぎている上に滑舌が悪いので、ガィィ!としか聞こえない)」

「はい? ガイ?」

「かぎ!!」

「ガイ…? いや、何ですか?」

「かぁー!!ぎぃー!!(歯を食いしばり、拳を握る)」

「いや、ガイって何です? どうしたんですか、ハゲ山さん?(この辺りで、早く帰りたい気持ちに加えて此処でハゲに死なれたら面倒だという気がしてくる。何かの発作にしか見えなかった)」

「か・ぎぃー!! か・ぎぃー!!!(目は血走り、顎は突き出し、足をダンダン踏み鳴らす)」

「ちょっと…しっかりしてください、ハゲ山さん? ハゲ山さーん?」

「ガイィ!! グエェ!! グオォ!!(口から泡を吹いて倒れる)」

「ちょっと! 死んでもいいけどちゃんとお家で死んでください! 迷惑なんで! 正直もったいないけど香典出しますし、通夜にも嫌々出席してあげますから! だからもう、ここで死なないでください! 警察の事情聴取とかクソめんどいんで! ハゲ山さーん? 聞いてんのかハゲ!」


 言うまでもないが、後半は完全なるフィクションである。

 余りの会話の成り立たなさに、他の社員(この中では、割と会話上手)が割って入ってくれて事なきを得た。

 どうやらハゲ山、私に対し、


「今日キャビネット使ったよね? 重要な書類も入っているから、帰る前にちゃんと鍵閉まっているか確認してね!」


 と、言いたかったらしい。

 じゃあ、そう言えよ。

 むしろ、良く「鍵」のキレ芸だけで伝わると思えたもんだ。

 そもそも、1回通じなかったからってキレるのが意味わからん。

 

 しかも、問題はこれだけではない。

 コピー用紙発注の例文を見て気付いた方もいるだろうが、話題の切り替えがいつも突然なのだ。

 コピー用紙がいつ届くかという話が、突然特定の人物の話に切り替わる。

 「ところで」「そういえば」「話は変わるけど」等の便利な話題切り替えスイッチは壊れ、どこでカーブを切られるかわからない、さながら無免許で峠を突っ走る真夏の走りアホ

 こちらは、苛立ちを抑えながら無理矢理同乗させられている気分になる。

 下手をすると知らぬ間に二転三転、派手な事故を起こした車体のように話題は転がり、同乗どころか知らぬ間に振り落とされている始末。

 挙げ句の「ちゃんと聞いてる?」


 聞いていてもわからねーよクソが!


 他にも、


・1人に対し複数で同時に話しかける

 (私は聖徳太子か?)

・口で説明する能力が腐っているので、無言で書類を突きつける

(不備や疑問点があったか尋ねると、不機嫌そうに該当箇所を指で突っつく)

・「…なのかなァ」「どうして…なんだろゥ?」と、昭和くさい言い回しでチラチラ察してくださいオーラを出す

(何か言いたいことが? と尋ねると、モゴモゴ言葉を濁す。はっきり言えねーなら黙ってろ)

・某文豪の出生の地なのに、彼の作品を読んでいるのが私だけ

(誰も活字を読まないから、自分の言葉の異様さに気づかない。まともな会話のできる離れた本社の人たちには、結構ファンが居たのに…)


 一事が万事、こんな感じで御座います。

 田舎への移住を考えている方も多いでしょうし、田舎が全てこんなだとは言いませんが、正直ストレスは溜まります。

 世捨て人になりたい人以外には、ちょっとお勧めできません。

 更に最悪なのが、コミュニケーション能力がやけに高い方がこのクソ田舎に来てしまった場合でして…。

 下手をすると、単語のツギハギで会話する狭いコミュニティに取り込まれ、戻れなくなる可能性があります。

 私は幸い、性格の悪さのお陰で取り込まれずに済みましたが。

 この地に住まう方々は、その呪われし会話術ゆえに、他の地に住まうことが叶いません。

 お人好しで、会話好きで、活字好きな皆様にとって、この地は余りにも危険です。

 どうかこのまま、外部の血が入らずに、静かに滅びてくれることを願います。



 


 

  

 

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