第15話 論破:プロジェクトの財務状況編
「ただいまより、令和X年6月度第3回備後市議会定例会を開始いたします。本日の出席議員数は24名、定数に達しておりますので、これより議事を進めて参ります。最初に市長より提案事項についてご説明をお願いします」
議長の言葉に従い高橋は壇上に立ち、考えてきた原稿を読み始める。
”待ってました!”
”高橋さん、がんばって!”
”今日も論破期待してます!”
同時にLIVE配信も開始され、コメント欄は早速活気づいた。
「皆さん、まずは本日の提案事項について説明させていただきます。本日ご提案するのは、ダンジョン探索業者の許認可の変更とJFFスチールと共同で進めるミスリル採掘協会の設立についてです。これらの施策は、備後市の経済を活性化させ、持続可能な未来を築くための重要な一歩となります」
議場の議員たちの視線が一斉にこちらに集まる。
「まず、ダンジョン探索業者の許認可の変更についてです。現行の許認可制度では、新規参入が難しく、既存の業者に限られた資源の活用が行われています。これにより競争が生まれず、技術革新も停滞しているのが現状です。新たな許認可制度では、技術や安全性に関する厳しい基準を設ける一方で、これらの基準を満たす新規業者が容易に参入できるようにします。これにより、競争が促進され、技術革新が進むことが期待されます」
ほとんどの議員が、自分に敵意の目を向けている。だが、ごく少人数ではあるが好意的な視線を向けているものを確認し、少しだけ安堵する。
「次に、JFFスチールとの共同プロジェクトであるミスリル採掘協会の設立についてです。ミスリルは、高い強度と軽量性を兼ね備えた希少な鉱物であり、産業界での需要が非常に高い魔法金属です。ダンジョンの12階層には、このミスリルが豊富に眠っていることが確認されています。JFFスチールとの共同プロジェクトでは、同社が関係企業より導入した最新の技術や設備を用いて、安全かつ効率的にミスリル採掘ができるダンジョン採掘業者を育成します。これにより、新たな雇用が創出されるだけでなく、地域経済の大幅な活性化が見込まれます」
ここで一端言葉を区切り、片桐の様子をちらりと観察する。彼女は、なにかを狙っているような含みのある微笑をこちらに向けていた。
(なるほど。多くの人が見ている前で、俺の計画を叩き潰したいと。そしてその自信もあると……)
そう心の中で呟きながら、原稿の最後の部分に目を落とす。
「これらの施策は、一時的な利益を追求するものではなく、長期的に持続可能な発展を目指したものです。備後市が直面している人口減少や少子高齢化といった課題を乗り越え、次世代に誇れる町を築くためには、今こそ行動を起こす時です。ぜひ、前向きなご審議をお願い申し上げます」
「続きまして、質疑応答に移ります。創政フォーラム、片桐こはな議員、どうぞ」
議長の言葉を聞き、事前に聞いていたとはいえ緊張が走る。だが、片桐を除けば、理論で自分に対抗できる議員はいない。
(理論で勝っても、数で押されて否決されるかも知れねえけどな。だが、ここで支持を得ておけば将来的に市民からの信頼を得ることができる)
片桐が立ち上がり、冷静かつ毅然とした態度で質問を始めた。
「高橋市長、ご説明ありがとうございました。まず、JFFスチールと共同で進めるミスリル採掘協会の設立の予算について質問させて頂きます。このプロジェクトに対する具体的な予算計画を教えて頂けますか?」
「はい、市の支出予算はインフラ整備と技術導入などで、10億円を見込んでおります。まずインフラ整備ですが、ミスリルの運搬手段確保のために、現行で10階層までしか動かないダンジョンエレベーターを12階層まで延長する予定です。こちらで9億円ほどを見積もっています。あとは安全管理設備や人材育成に1億円を充てる予定です」
片桐が厳しい視線を向けながら、質問を続ける。
「採掘に必要な機材は協会の負担ですか? 予算には含まれていないように見えますが」
「各業者がJFFスチールからリースで調達し、後に買い取る形にする予定です。そのため、現在の予算には含まれていませんが、長期的な計画には盛り込んであります」
「かなり周到に計画されているようですね。ですが、今の財政状況では10億円規模の新規事業は厳しいのではないでしょうか」
「そ、それは……」
「ギャハハ! ざまあ見ろ高橋!」
「キヒヒ。得意の屁理屈もでないか、無様だな」
「政治を何も知らん奴がしゃしゃり出てくるな!」
天地や藤吉を始めとした老害議員たちが、歓喜しながら野次を飛ばして来た。
”高橋さん負けないで!”
”きっと逆転できるよ、信じてます”
”頑張れ、高橋市長、論破して!”
一方でコメント欄は応援コメントであふれている。
それらを横目で確認して動揺するふりをしながら、高橋は内心ほくそ笑んでいた。
(すっげえ! 予想通りだ)
小橋のアイデアと現在の市の財政状況、そして片桐の政治思想と知見。色々なことを総合的に考えたら、こうなる大方の予想はできていた。小橋のアイデアでは論破されてしまうことも想定して、自分独自の政策を密かに考えてある。
(とは言っても、俺の政策は、上手くいってせいぜい毎年4~5億円の経済効果しか見込めねえんだよな。小橋前市長のは税収だけで、最低でも毎年20億円の見込みがあったんだけど。できればこっちを通したかったけど仕方ねえな)
片桐の視線をしっかりと受け止め、意を決して口を開く。
「議員のおっしゃる通り、ミスリルの鉱石を採掘する採掘場の設置は、現在の予算では厳しいかもしれません。ですがミスリルを精鉱する施設であればいかがでしょうか? それを10万円の予算で作ります」
「なにを言ってるんですか? 採掘できないのに、精鉱などできるわけがないではないですか! しかもダンジョンの環境で精鉱施設を設置するなんて不可能です。まして10万円でなどと、ふざけているのですか!?」
「議員は、スライムというモンスターをご存じでしょうか?」
「スライムを知っているかなどと、馬鹿にしているのですか?」
「とんでもございません。私は議員のお知恵を借りたくてお話しています。スライムの強化された亜種はどうやって生まれるかをもしご存じであれば、教えて頂けないでしょうか?」
「スライムの食性は雑食で動物や植物はもちろん、鉄や土、果ては火やウランまで食べます。さらにスライムには頻繁に食べる食物の特性を吸収する能力があり、それにより亜種が生まれます。例えば鉄を頻繁に食べているスライムはメタルスライムという、鉄の成分を取り込んだ硬くて頑丈なスライムになります。これでよろしいですか?」
片桐は不機嫌そうに答えた。高橋はうなずきながら、さらに続ける。
「では、メタルスライムから鉄を精製する方法はご存じでしょうか?」
「メタルスライムを溶鉱炉などにそのまま入れて高温で処理すると、スライムが蒸発して純粋な鉄が残ります。これが、一般的な精製方法です。我が市でも探索狩猟業者が討伐したメタルスライムの死骸を、JFFスチールを始めたとした製鉄所に売却しています。このような事は市長も絶対ご存じですよね? どうしてこんな初歩的なことをお尋ねになるのですか?」
「備後市のダンジョンでは、10階層から上には通常個体の弱いスライムが沢山生息しております。そこから下の階層になると強化された多種多様な亜種が多数確認されています。ですが、環境的には十分適応できるにも関わらず、12階層では階段の構造で、スライムが移動できない使用になっているようで、生息は1匹も確認されてはおりません」
「それがなん……」
片桐は言葉を詰まらせた。頭の回転が早い彼女は全てを察したようだ。
「12階層の土壌には、ミスリルが砂のような状態でまばらに含まれています。このミスリルは砂粒のように細かいので、直接採掘するのが難しいです。しかしスライムなら不純物と一緒にですが、ミスリルを取り込むことができます。なので、私は12階層でスライムを放ち、ミスリルを集めさせる修正案を提案します」
「不純物も同時に取り込むなら意味がないのではないですか? それにミスリルの沸点は鉄などより遥かに高いです。処理が難しいのでは?」
「おっしゃる通りです。ですが、JFFスチールの技術を活用すれば、この問題も解決できます。先方の担当者に相談し、技術的な確認も済ませてあります」
「運搬コストはどうするのですか? とても10万円では収まりません」
「ミスリル成分を含んだスライムを討伐した探索業者自身が運搬を行う形になりますので、市がエレベーターの延長工事を行う必要はありません。ですので、負担はございません」
「……」
「次に費用10万円の内訳を説明いたします。強化された亜種ならばともかく、10階層までにいるスライムであれば、数が多く討伐も容易で、処理業者に引き渡しても報酬どころか逆に処分費用を取られます。なので、狩猟討伐を生業にしている探索業者は困っています。それを市は生け捕りにした場合に限り、お金を払って引き取ります。金額は1匹あたり10円。こんな金額でも破格です。スライムは細胞分裂で比較的早く増えますので、多く捕獲する必要ないと思いますが、少し多めに見積もって1000匹とします。なので、10×1000で掛かる費用は1万円です」
「……」
「次に環境と生態系への影響についてですが、ここに残りの費用を全て使います。スライムの放流場所近辺には魔除けの鈴を張り巡らせて、移動範囲を制限し他の生態系への影響を最小限に抑えます。ご存じの通り魔除けの鈴は市販の安い魔道具ですが、スライム程度には十分な効果があります。これを複数個買って設置する費用に9万円使います。これに先ほどの捕獲費用と合わせて10万円。以上が合計金額の内訳になります」
「……」
「片桐議員、他になにかご質問はありますか?」
「いえ、予算についてはありません」
”流石高橋市長!”
”大論破だw”
”すごい政策だな、高橋市長!”
”片桐さんファンだったけど失望した”
”高橋市長、逆転勝利万歳!”
コメント欄は賞賛の嵐に包まれていた。
「いい加減な事ばかりほざいくな!」
「キイイイ! 黙れ素人!」
一方、市議席からは激しい罵声が飛んでくる。
「はい。計算上はこうなっていますが、この通りに行くとは思っておりません。そのために委員会では様々なことを詳細に検討していきます。この後の個別質問を含めて、市議の皆さんは有益無益に関わらず色んな意見を存分に述べられる場が沢山提供されますので、ここはお静かにお願いします」
不敵な笑みを浮かべながら、高橋は市議席に深々と一礼する。
「ぐぬぬ……」
「キイイイイ! おのれ、高橋……」
市議たちは悔しそうに口を閉ざした。
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