第14話 市の未来をかけた論戦の幕が上がる

「キヒヒヒッ高橋の邪悪なオーラから身を守って貰うために、私の支持者には清めの塩を配布しました」

「ガハハ! ワシは地元の全世帯のポストに高橋がやっている悪行を書いたビラを投函したぞ! なにせアイツは女を強姦しているからな!」

「ヒイイイ! アイツはそんなことをしているのですか?」

「あの顔は、そういうことをやっているに決まっている! 断言してもいい! 本当のことだから多くの市民に知らせなければな」

「キヒヒッ流石は藤吉議員です」


(市長はこの老害たちを、名誉棄損で訴えてくれないかしら。そしたら、ていよく始末できるのに)


 本会議開始前の、創政フォーラムの控室。

 天地と藤吉の低次元な会話を聞きながら、片桐は溜息をついた。

 この老害たちにあるのは、自分たちが今までやってきた事を否定される恐怖と、否定しようとするものへの憎悪だけ。それでいて本人たちは公のことを本当に考えていると思い込んでいるので、救いようがない。


「今日の議案は確認しましたか?」

「か、片桐議員!」

「い、いえまだです」


 片桐が声を掛けると、2人は慌てて資料を整理し始めた。実に低次元な老害だ。だが、こんな下らない人間に構っている場合ではない。今日高橋が提出してきた2つの議案、ダンジョン探索業者の許認可の変更とJFFスチールと共同で進めるミスリル採掘協会の設立、この2つは、なんとしても阻止しなければならない。


(数で押し切るのは簡単。だけど、それじゃ意味がない)


 この創政フォーラムは、市議会で最大の会派である。その方針に他の会派や無所属議員の大半は追随するだろう。だが、それに依存したら、数の暴力で押し切ったと悪評が立つ。しかも議会の様子はLIVE配信されているので、悪い話は瞬く間にそれは広まってしまう。


(私はいずれ国政の進出する。だから、こんなところで負けるわけにはいかない。必ず今日の質問で高橋市長を追い詰めて、反対する理由と正当性を世に知らしめなければ)


 強い決意を固めながら、控室にいる他の議員たちを見る。皆、思い思いのことをしているが、高橋の議案に対して強い反感を持っていることは、彼らの表情から容易に読み取れた。

 一致団結させるために、彼女は意を決して声をあげた。


「皆さん、少しだけ私のお話を聞いてください。石油は99%、レアメタルは60%、日本はエネルギーや地下資源の多くを外国に頼っています。そのような中で国力の衰退は著しく、国際的な影響力はどんどん下がっています。ですが、ダンジョンには、まだまだ未知の資源が豊富に存在しています」


 議員たちは聞き入っている。だが、どこか困惑した表情を浮かべている。いきなり、日本全体の話をしたのだから無理はないだろう。だが、ここから少しずつ備後市の話になっていく。そうなった時彼らはどんな表情になるのだろうか? 片桐は心の中で微笑みながら話を続ける。


「つまりダンジョンには、日本を再び経済大国に戻す力があります! 特にこの備後市のダンジョンには、世界的に見ても類をみないほど豊富な種類の資源が沢山眠っています! つまり日本の未来は備後市が握っていると言っても過言ではないのです!」


 日本の未来は備後市が握っていると言っても過言ではない。この言葉に、一部の議員は驚いた表情を浮かべる。その表情を見た片桐はさらに力強く語り続けた。


「だからこそ、その資源は慎重に管理されなければなりません! もし大規模な資源の乱獲が無計画に沢山行われれば、備後市は資源の枯渇に見舞われ、自治体としての存続も危ぶまれます。やがて日本全体も危機に陥るでしょう!」


 片桐は、さらに言葉を強くする。


「備後市を守り、日本を再び強くするために、私たちは短期的な利益に惑わされることなく、未来を見据えて行動しなければなりません! 長期的な視点で備後市を守り抜くために、皆の力を結集させましょう!」


 年齢が若く、当選数が少ない議員達は目を輝かせて頷いている。一方、藤吉や天地のような当選回数が多い高齢のベテラン議員は、イマイチ言ってることがピンときていないようだ。


(下らない面子と私怨にばかり捉われ、政治家としてなすべきことを見失った老害たちの心には響かなかったか。でも、代表者である私には従うに決まってるから、その辺は安心ね)


 片桐は深呼吸して、高橋と戦う決意を固めた。



「あー……、こんな所で大丈夫か」


 今日の議会で使う資料の最後のチェックを終えた高橋はソファーに倒れ込む。

 なお資料の大半は片桐との論戦に備えて用意したものだ。


(一昨日に必要な資料を集めて、昨日から徹夜で色んなパターンを想定して準備したからな。密度の濃さで言えば、補正予算案を修正してるときよりハードかも知れねえな)


「し、市長、お休みのところすいません」


 疲れきった高橋に、ふたばが申し訳なさそうに声をかける。


「いや大丈夫だよ。なんだい?」

「きょ、今日の議会で議論されるダンジョン探索業者の許認可の変更とミスリル採掘協会設立について、市役所の職員の間では、あの……その……」

「不評だろうね。なにせ小橋前市長と全く同じ政策だ。市役所内での、あの人の嫌われ方は凄いからな。原因は全てあの人の人格から来る者だけど」

「し、市長の人事刷新案は、若い職員を中心に大変好評でした。だ、だからその勿体なく思いまして……」

「ありがとう。だが、これは今の備後市には、絶対に必要なことだ。備後市はダンジョン資源の活用に、ずっと消極的だった。それでも日本の景気が良かった頃は何とかなった。だが、今は違う。税収がどんどん少なくなり、人口減少と少子高齢化が凄まじい勢いで進んでいる。自治体として消滅するのは時間の問題だろう。それを打開するためには市を豊かにして、若い世代を引き寄せ、人口を増やすしか方法はない。そのためにはダンジョン資源の積極的な利用と投資を行う以外の道はない」

「わ、私も分かってるんです。ですが……」

「分かってるよ。小橋市長と同じことを言ってるってことは、それだけで嫌悪と憎悪の対象になるからね。ったくあの人がもっとまともだったら、俺はダンジョン配信者として平和な日常を謳歌できたんだが」

「わ、私は市長が市長になってくれてよかったです。そうでなきゃ今も仕事ができない事にずっと悩みながら毎日過ごしていたと思いますし、総務部長にセクハラとパワハラをずっとされ続けていたと思います」

「そう言ってくれると嬉しいね。しかし片桐議員はすごいね。今日の質問に備えて、色々調べたけど、彼女はこんな田舎町の市議をやるような器じゃない」

「わ、私も調べました。た、確かに片桐議員の経歴は素晴らしいです。多分、頭も切れて弁もたつと思います。でも市長が論戦で負けるとは思ってません」

「どうだかね。行政や産業の知識が俺より豊富なことは確実だし、下手したらダンジョンに関することも俺より色々知っているかもしれない。でも、俺の方が正しいこと言ってるってことは、確信してるよ」

「し、市長、あの、その……そうです。正しいのは市長です。頑張ってください」

「……長期的な視点で備後市を守るにはダンジョン資源を慎重に管理して、できるだけ控えなければならない。多分、片桐議員はそう言うだろうね。俺の返しは……じゃあ、いつ資源を利用するの? 今でしょ! だな。備後市の未来を考えたら、今動かなければ手遅れになる」 


 時計を確認する。議会が始まるまでに、もう少しだけ休息が取れそうだ。


「ちょっとコーヒーをくんでくる」

「わ、私が用意します」

「君は副市長だ。俺の秘書じゃない。だからそんなことはしなくていい」


 ふたばは微笑んで頷き、高橋はコーヒーマシンへ向かう。彼の心には、備後市の未来を切り拓く強い決意が宿っていた。

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