第13話 税収爆増の政策始動

「高橋、私のおかげで行政運営がすっごく楽になったでしょ?」

「いや、自分としてはもっと穏便に……」

「なに? 私がアンタのためにやった事に不満があるの?」

「……いえ、ないです」


 土曜日、ゆず希の誘いで居酒屋に来た高橋は、完全に接待モードに入っていた。


「ゆずさん、生二つで大丈夫ですか?」

「アタシがお酒ダメなの知ってるでしょ!?」

「いえ、知らなかったです」

「市長だったらそれくらい覚えなさい!」

「……あのう紹介したい、政策を考えるのが得意な人っていうのはいつくるんですか?」

「そいつには2時間くらい遅く来るように言っといたわ。それまで私とサシ飲みできるんだから感謝しなさい。あと、変な勘違いはすんじゃないわよ!」

「そういった事を勘違いすることはないので安心してください」

「ちゃ、ちゃ、ちゃ……ちゃんと分かってんのね。偉いじゃない」


 なにかにショックを受けたらしいゆず季は、その後は終始暗くて泣きそうな様子だった。そんな気まずい中で2時間が経過し、ようやくゆず季が呼びだした頭の薄い中年男性が現れた。


「いやあ、アナタが高橋君だね。初めまして」

「小橋市長……」

「はは、今の市長はアナタじゃないか」

「ちょっとハゲ! まだ約束の時間より早いじゃない! もうちょっと遅く来なさいよ!」

「いや、ゆずさん時間通りですよ」


 理不尽に怒るゆず希をなだめながら、小橋前市長を迎え入れる。ただ、せっかく来てもらって申し訳ないのだが、前市長はアホだという事で有名だ。そのせいで市民、市役所職員、市議会議員、皆から嫌われている。政策面でなにか助言をもらえるとは思えない。だが、初対面の自分のために、せっかく来てもらったので、もてなさなくてはならない。


「この度はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます」

「いや、これも何かの縁だよ。今は家業の海苔屋を手伝って、のんびりとした暮らしを楽しんでるよ」


 初対面の挨拶が終わり、本題に入る。


「所信表明演説は聞いてたよ。私もダンジョンを活用して市を経済発展させようと考えていたんだ。やりたかった路線を引き継いでくれて、本当にありがたい」

「そ、そうなんですね」


 市長になるまでは、政治に深く興味がなかった高橋にとってこの言葉は心強かった。早速具体的な案を聞いてみる。


「具体的にはどんなことを考えているんだい?」

「情けない話なんですが、具体案となると思い浮かばなくて。それでアドバイスを頂けたらと思ったんですが」

「うーん。では、私が一番実現したかった政策を説明しようか」


 小橋前市長はワインを一口飲み、意気揚々と語り始めた。


「高橋君! 我が備後市の強みはなんだ?」

「世界最大級と言っても過言ではないダンジョンがあることだと思います」

「その通りだ! だがそれだけじゃない! 我が備後市の隣には中核市の福山市がある! さらに同じく中核市の倉敷市もすぐ近くだ! この2つの街の共通点はなんだ!?」

「す、すいません。ちょっと分からないです」

「鉄だ!」

「て、鉄?」

「そうだ、この二つの街にはJFFスチールの工場がある! そのJFFスチール福山と倉敷の工場だけで、全世界の鉄のシェアの約30%を占めているんだ!」

「そ、そうなんですね。それはすごいな」

「すごいのは鉄の生産量だけじゃないぞ! JFFスチールが製造する鉄の品質は高強度で建築材料として世界中で高い評価を受けている。だが、その技術力を活かしてもっと裾野を広げたいとも同社は考えている。そこで近年ではダンジョンで採掘される魔法金属の加工にも力を入れているんだ! 特に同社のミスリル製品は、世界的にとても評価が高い! 航空宇宙産業や先端技術分野で使用される同社のミスリル製品は世界シェアの80%を占めているほどだよ! だが君も知っていると思うが日本国内のダンジョンには……」

「そうですね。ミスリル採掘場はどこにも無いですね。ミスリルが採れるダンジョン自体も限られてますし」

「その通りだ! だから日本はミスリルの大半をインドネシアのカリマンタン島のダンジョンからの輸入に依存しているんだ。だから国内での採掘が実現すれば、その自治体は大きな経済効果を得られる! さらに福山と倉敷に近い場所から採掘できれば、JFFスチールにとっては物流コストの大幅削減に繋がる。まさに理想的なシナリオだと思わないかい!?」


 確かに小橋の考えは理にかなっている。だが、長年ダンジョン探索業をしてきた高橋には、夢物語にしか思えなかった。


「ひょっとして12階層のこと言ってますか? 確かにあそこのミスリルの埋蔵量はアジア1って言われてますけど、地表が固くてまだまだ深く掘り進めないと採掘できません。もっと言えば備後市のダンジョン採掘業者は保守的なんで、そんなリスクの高い事業は嫌がります。新規の業者に採掘業の許認可なんて絶対に降りないですし」

「ハハハ! それについては心配無用だよ! まず、ダンジョン採掘業の許認可を出しているのはどこだい?」

「市です……あ?」

「気づいたようだね! 君は市長だ! つまり許認可の制度なんて君の力だけでどうにでもなるんだよ!」


 ハッと気づいた高橋に、小橋はさらに言葉を続ける。


「さらに採掘が難しいという問題も、市が主体となれば解決するんだ! 市とJFEが共同でミスリル採掘協会を設立するんだよ! そこで技術的な支援や機材のリース、場合によっては資金提供なども行えば、問題は解決する。実は私の現職時代にもこの提案をしたんだ。JFEスチールの担当者は乗り気だったよ! ただ……」

「問題は議会ですね」

「そうなんだ。いくら説明しても感情的に拒絶されてしまう。でも長年探索業を営んでいて弁が立つ君なら、彼らを説得できるかもしれないと思って、このプランを話してみたんだ。丸投げする様な形になってしまってすまないね」

「方法はあるにはあります」

「本当かい!?」

「でも、上手くいくかどうかは、正直微妙です。ただ小橋市長の熱い想いを聞いて、試してみる価値はあると思いました」

「ありがとう、そう言ってもらえると心強い。ぜひ進めてみてくれ」


 小橋の熱意のこもった言葉に引き込まれた高橋の心の中は、活力と希望であふれていた。

 話しに聞き入ってしまったために、少し温くなってしまったビールを口に含むと、ゆず希が話しかけてきた。


「驚いたでしょ? このハゲ、政策だけはいいのよ」

「はい、驚きました! 被災地でピースした写真をSNSに上げて炎上したりとか、近所のコンビニに家のゴミも捨ててたとか、そんな話ばかり聞いてましたけど、こんな熱い人だとは知りませんでした!」


 備後市をホームグラウンドにダンジョン配信者として活動すること約15年。他の自治体よりとても規制が厳しく、新しいことはまずできない、備後市のダンジョン運営を、高橋はずっと不満に思っていた。だからこそ、小橋の言葉は彼の胸に強く刺さり、高揚が止まらなかった。

 前市長がこんなに聡明な人物だったなんて。所詮、噂は噂ということか。


「ねえ、高橋。もしかして本当に市議だけが、一方的に悪いって思ってる?」

「え?」


ゆず希の一言で、少し冷静になった高橋の頭の中に、ある疑問が浮かぶ。


「あれ? ダンジョン探索業者の許認可基準って、職種問わず条例で決められてますよね? 小橋市長は先ほど僕の判断だけで許認可の基準はどうにでもなるっておっしゃいましたけど、議会の承認を得なければ無理だと思うんですが。現に今も許認可の基準は、条例で厳しく定められていますし」


「ハハハハ! そんなものは気にしなくて大丈夫だ! 現に私は現職時代のときに、そうしたぞ!」

「いや、首長が条例無視するとかあり得ないですよ!」

「それで、このアホは議会から辞職勧告決議を受けたのよ」

「ハハハ! そうだ、その通りだ。でも私のアイデアは今でも使える。だから君はしっかり準備して挑むんだよ」


 憂鬱な気持ちなった高橋は、さらにあることに気づく。


「技術的な支援や機材のリース、資金提供ってJFEスチールが全て無償でやってくれる訳じゃないですよね?」

「勿論だよ! だから市としても予算をしっかりと確保しないといけない。私がこの計画を考えた時は、10億円の市税の投入を予定していたね」

「これだけの市税を投入することを予定してたんですから、事前に議会の承認は得たんですよね?」

「ハハハ。大げさだな。私は専決処分で進めたんだよ!」

「これは問責決議で終わったわ。この時はまだこのハゲを支持してたけど、もう不信任案出して辞職させりゃ良いんじゃないかって、思ってたわ」

「ハハハハ! ゆず希さんも辛辣ですね! ハハハハ!」


 小橋前市長は豪快に笑い続けている。いったいこの人は、なにが楽しいんだろうか。


(や、やべえな。そんな過去があるなら、この議案を議会に持ち込んだら猛反発は確実じゃねえか。こりゃ相当覚悟が必要だぞ)


 そんなことを考えていると、突然店内が騒がしくなった。


「ちょっとおっさんの席、向こうだろうが! なに勝手に俺たちが頼んだ刺身勝手に食ってんだよ!」

「お客様困ります。席に戻ってください」

「ハハハハ! もういらないから残しておいたものかと思ってね」

「いや、おかしいだろうが! 勝手に食うなよ!」

「申し訳ありません。他のお客様の料理に手を出すのはご遠慮ください」


 高橋が考えごとに気を取られている間に、知らないうちに席を立っていた小橋が、隣のテーブルの料理を勝手に食べてしまったようだ。非常識な言動に驚きながら、店員と隣の席の客に謝罪して、小橋を連れ戻す。


「ハハハ! 残してあったからついね!」

「いい加減にしてください!」

「ハハハハ!」

「こいつが良いのは政策だけ。それ以外は常識なくて空気読めない、ただのアホよ」


 ため息をつきながら、ゆず希が吐き捨てる。

 高橋は、小橋がどうして最下位で落選したのか実感しつつも、議会対策も並行して考え始めた。

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