第9話 ふたばを副市長に推薦!

「おい名越。定例会に持っていく資料はちゃんとまとまってるんだろうな!?」

「は、はい……こ、こちらです」


 1週間前から残業して1人で作った資料を、ふたばは部長に渡す。正直、1人では作成が大変な量なのだが、何故かふたば1人が担当させられていた。

 しかも、指示が二転三転するため、余計に時間がかかった。


「おい! 職員の研修・育成プログラムの資料がないぞ! ちゃんと準備しとけって言ったのに、なにやってんだお前は!?」

「そ、その必要かどうかの確認をとったと思います。でも、部長は、そんなもんはいらん、バカかお前はって……」

「ああ!? てめえ大嘘ついてんじゃねえぞ! それとも頭がいかれてそんな妄想してんのか? 全く学歴に騙されて、お前みたいなゴミを採用した自分を殴りたいよ」

「す、すいません。分かりました。だ、大至急作ります」

「5分で仕上げろ」

「は、はい……」


 パソコンを開き急いで取り掛かる。普通ならば作成に20分はかかるほどのものだ。

 言われた通り5分で仕上げるために、集中して作業をする。


「ところでお前は高橋とやったのか?」

「……」


 集中して作業するふたばに、部長はニヤついた声で話しかけてきた。


「シカトしてんのか? 無能な癖に生意気だな。さっさと高橋と寝ろ! それでレイプをされたって騒げ! そうすれば役に立たないお前でも俺の権限で昇進させてやる」

「……」

「まあ、いくら高橋でもお前みたいな陰気な気持ち悪い女には手は出さないか。今度はもっと露出が高い服を着て媚び売れ。そして次に誘われた時こそ抱かれろ! これは業務命令だ。分かったな?」

「……」

「返事をしろ!」

「……はい、分かりました。あと、資料もできました」


 出来上がった資料を印刷して、総務部長に渡す。


「5分30秒。30秒もオバーしてるじゃないか。まあいい。お前の処分は定例会の後だ。それまでビクビクしてろ」


 総務部長は、不機嫌そうに議会に向かって歩いて行った。

 大学時代、社会の役に立つ仕事をしたいと思い公務員を志望した。しかし、受ける役所はことごとく落とされ、唯一合格したのが、この備後市役所だった。

 だが、どこに配属されても役に立てず、色々な部署を転々とさせられたことで、いつしか夢は消え失せてしまった。今はただ雇用を守るためだけに働いている。

 転職は何度も考えたが、自分のような役に立たない人間は、どこも雇ってくれないだろう。

 幸いなことに最近は、どれだけ叱られても、何も感じなくなってきた。

 通常業務に戻ろうとした時、スマホが震える。着信を確認すると、高橋市長からだった。



「市はダンジョン環境保護のために現状でどのような活動を行っているかということと、今後の方針について市民生活部の見解をお聞かせください」

「執行部の答弁を求めます。市民生活部長、お願いします」

「はい、現在市ではダンジョン環境保護のために、複数の施策を実施しております。まず、定期的にダンジョン内で清掃活動を行い……」


 質問する創政フォーラムの議員も、指名されて答える部長たちも予め用意された答弁書を手にして、淡々とした予定調和なやりとりを繰り返していた。

 先日の市議会で高橋が派手に論破したことが影響したのか、今日の議会では高橋への質問を避けて部長たちと形式的な質疑応答を繰り返している。

 そのやりとりを退屈に眺めながら、例の議題が出るのを高橋は待った。


(そろそろか……)


 質疑応答が終わり、自分が提案した議案が審議される順番になった。

 とはいっても、もう時間は12時手前だ。質疑応答や採決は昼休憩後になるだろう。


「次に、副市長の承認採決に移ります。市長、推薦する候補者の発表をお願いします」


 議長に促されて壇上に上がった高橋は、深呼吸してから話し始めた。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。私は、副市長として推薦する候補者をここに発表いたします。彼女の名前は名越ふたばさんという方です」


「な、なにいいいい!」


 ふたばの名前を聞いた途端、執行部席いた総務部長が顔色を変えて絶叫した。次に議員席を確認する。ほとんどの市議たちが、ピンときていない表情を浮かべて戸惑っている。


(そりゃ知らねえだろうな。なにせ無名の若手職員だからな)


 内心で笑みを浮かべながら、高橋は言葉を続ける。


「名越さんは、私たちの市役所で今勤務している職員です。彼女は多くの部署で働き、幅広い経験と知識を積んで、市民のために尽力してきました。私が提案しておりますダンジョンを中心とした街づくりに、彼女は必要不可欠な人材です。市議会の皆様にもご理解とご賛同を賜りたいと思います。何卒お願いいたします」


「ふざけんな! そんな聞いたこともない職員になにができる!?」

「どうせお前の愛人だろ!」

「市政を私物化するな!」


 戸惑っていた市議たちが、一斉に態度を変えて野次を飛ばして来た。


「静粛に! 審議は昼休憩後に再開いたします。それまでに各会派で十分に協議を行ってください。市長もその間に、候補者の詳細な経歴と理由などをまとめて頂きますようお願いします。また、事前に通告していたことですが、午後よりYawtubeでのLIVE配信を試験的に行います。全国に議会の様子がリアルタイムで配信されますので、品位と節度ある答弁をお願いいたします」


議長の言葉で騒がしかった議場が落ち着きを取り戻し、各々が昼休憩に入った。



「はい、名越は役に立たないばかりか、人の足を引っ張り、部署を混乱させて空気を悪くする無能職員です。そのせいで色んな部署をたらい回しにされてきました。今の部署の責任者であるこの私は一番の被害者です」


 昼休み、創政フォーラムの控室に呼ばれた総務部長は、ふたばのことを天地に力説していた。


「キヒヒヒッそれではやはり、その職員は高橋の愛人なのだな?」

「本人はまだ抱かれてはいないと言っていました。ですが、高橋が副市長にまで推薦したとなると、抱かれているに違いありません」

「キヒヒ! ではその線で攻めるしかないな。仕事ができない自分の愛人を副市長にするなど、ふざけた話だ」

 

 歓喜する天地に、藤吉が冷やかな言葉を放つ。


「お前らの言うとおり、十中八九愛人だろう。だが証拠がないし、証言も確かではない。そんな中で下手に攻撃すると逆効果だ」

「キヒヒヒ! 藤吉議員、先日、高橋に言い負かされたので臆病風を吹かせているのですか?」

「なんだと!?」

「そのような口を私に聞いていいのですか? 先日、無能なアナタを助ける為に、我が会派は高橋の作った下らない予算案に遺憾ながら賛成したのですぞ」

「貴様、言わせておけば!」

「キヒヒヒ! まあ今回はアナタの顔を特別立てて、愛人であることを追及するのは、やめておきましょう。しかし今の自分の会派での立場をよく考えてください」



 今回の選挙後、創政フォーラムでは藤吉と天地の二人が拮抗する権力者として君臨していた。

 いや、若干ではあるが藤吉の方が立場は上だった。しかし先日、高橋に論破されたため、その立場は一気に凋落していた。


「ぐぐぐ……天地め。調子に乗りやがって」


 藤吉は唇をかみしめ、悔しさを押し殺している。

 少し離れた場所から、片桐はそれを冷やかな目で観察していた。


(こんなに醜く小さな権力争いをしてる老害たちじゃ、高橋市長には絶対に勝てないわね。一刻もこの会派の実権が欲しい私にしてみたら、好都合だけど)


 また彼女は高橋が副市長に推薦した若手職員、名越ふたばにも興味を抱いていた。


(高橋市長が推薦するのなら、その職員は、言われているような無能とは思えない。なにか特別な才能があるのかしら。いずれにしても午後からの議会が楽しみね)


 計画通り事が進んでいることに微笑を浮かべながら、片桐は昼休憩後の議会再開を待ちわびていた。



「わ、私に副市長なんて無理です。考え直してください……」


 今朝電話で副市長に推薦する話を聞いたふたばは、議会が終わったのを見計らい市長室を訪ねていた。


「そろそろ副市長を決めなければいけない。そして申し訳ないけど、副市長には君以外は考えられない」

「で、でも……私は本当に無能な職員です。……仕事ができないので、みんなから嫌われています」

「仕事ができない、皆から嫌われてる……か」

「え?」

「いや、なんでもない。議会から承認を受けなければ、俺がいくら君を副市長に推してもなれないことは勿論知ってるよね?」

「は、はい知っています」

「だったらもっと気楽にかまえて欲しいな。俺がどんなに頑張っても副市長になることは無いかも知れないんだから」

「も、問題は、私が副市長になれるかどうかじゃないです。わ、私なんかを推薦すると市議会は市長をもの凄い勢いで攻撃してきます。そうなるのが怖いんです」

「ハハハ! それは大丈夫だよ! 午前中の議会でもう猛反発されたから」

「す、すいません……私なんかのために……」

「なんで君が謝るんだい? なにも悪いことはしてないじゃないか?」

「それは……市長に迷惑をかけてしまったからです。私のせいで市長が大変な思いをしていると思うと、本当に申し訳なくて……」

「迷惑をかけたのは俺だよ。君は自分にはなんのメリットがないにも関わらず、総務部長の目を盗み、予算案作成を手伝ってくれた。あのとき君の助けが無ければ俺は創政フォーラムから議会で徹底的に叩かれていただろう」

「あ、あれは、市民のために予算案をきちんと作りたいという気持ちが強かったというか……も、勿論市長のことはその……だ、大好きですけど……友達として……」


 最後の”大好きです”の部分だけ、ふたばは顔を赤らませて小声になっていた。バカならば自分に気があると勘違いするかも知れないが、一回りくらい歳が離れてるであろうこんなおっさんを好きになる訳がないので、特に気にせず高橋は言葉を返す。


「ありがとう。俺にとっても君は友人であり恩人だ。だからそのしょうもないワガママを聞くと思って午後の議会に付き合ってくれないか?」

「そ、そういう事でしたら、分かりました」


 ふたばは再び顔を赤らめて、こくりと頷いた。

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