第10話 ふたばを救う論破

”始まったみたいだ”

”リアルタイムで高橋市長の論破が見れるなんて”

”うん、超楽しみだね”


 備後市議会のチャンネルには、高橋の論破を見ようと多くの視聴者が時間前から集まっていた。

 全ての議員と執行部の面々がそろったのを確認した議長が再開を宣言する。 


「それでは皆様、予定時間になりましたので、本日の議会を再開いたします。午前の議題に続きで、副市長の承認に関する質疑を行います。それでは、創政フォーラム、天地善太郎議員、お願いいたします」


 議長の言葉に促され壇上にあがった天地は、高橋がいる方向に塩を投げつけ始めた。


「天地議員なにをしているのですか?」

「キイイイ! 不届き者と同じ空気を吸うのは汚らわしいので、清めの塩を撒かせていただきます。特別にお許しください」

「天地議員、そのような行為は議会の品位を損ないます。直ちにやめなさい」


 天地は一瞬ためらったが、不満そうに塩を片付けると、質問を始めた。


「ええでは副市長に推薦されている名越という女性職員の勤務態度や能力について、直属の上司である総務部長に答弁を求めます」


 総務部長は立ち上がり、ニヤニヤしながら話し始めた。


「はい、名越ふたばは、正直申しまして仕事能力が著しく低い職員です。そのせいで色んな部署を短いスパンでたらい回しにされ、ウチの財政課に流れてきました。しかし、先日もダンジョン関連の予算で重大なミスを犯していました。また勤務態度は真面目ではあるのですが、あまりに効率が悪く、他の職員に毎日迷惑をかけています。もし彼女が副市長になってしまったら、市政運営が混乱することは明白です」


 執行部席の他の部長たちも、総務部長の言葉に同調して頷いている。


「キヒヒヒ! 総務部長貴重な答弁ありがとうございました。その女性職員は問題しかないようですね。もし彼女が副市長にでもなったら市政は崩壊してしまうでしょう。彼女がこれまで所属していた他の部署の部長たちにも答弁を求めようかと思いましたが、執行部席の反応を見る限り、皆さん同じ意見のようですね」


 ここで天地は一旦言葉を止めて、カメラに視線を向ける。


「インターネット中継をご覧の皆さま、私はネットをやらないので詳しいことはわかりませんが、高橋のことを論破王などと呼んでいると聞いてます。しかし実態は、この様に屁理屈で市政を混乱させて、私達議員を貶めるだけの無能な市長です。騙されないでください」


”このジジイいきなり塩撒くとかヤベエな”

”でも言ってることは一理ある”

”高橋市長、ちゃんと反論できるのか?”


 視聴者は天地の言動に戸惑いつつも、高橋市長の反撃を期待していた。



「し、市長、申し訳ありません。私のせいで……」

「いや、こちらこそすまない。俺のせいで不快な思いをさせてしまったね」


 今にも泣き出しそうなふたばを、高橋は優しい口調で励ます。


「わ、私が仕事のできずマイナスにしかならない職員だって言うのはみんな知ってることです。や、やっぱり今からでも副市長の推薦を取り消してください」

「反撃できる材料は揃えている。だから心配しないでくれ」


 最もその胸中では穏やかではない。天地への怒りと、ふたばへの申し訳なさで高橋の心は爆発寸前だった。


「それでは市長の答弁を求めます」


「キイイイ! なんだその目は! 私は年長者だぞ! 議長! やはり塩が必要だ! もう一度清めさせていただきたい!」


 議長に促されて壇上にあがった高橋は、天地を睨みつけながら淡々と話し始めた。


「天地議員、随分と粗雑な思い込みで彼女を評価しているようですね」

「な、なんだと!?」

「副市長候補である名越ふたばについて、確かに彼女は多くの部署を経験してきました。そしてどの部署でも不本意な評価を受けてきました。しかしこれらは彼女の本当の能力を見誤った結果です。有能な人はちゃんと彼女の本当の価値を見抜いています。これよりそれを裏付ける証言と実績を証明する資料を提示いたします」

「お、面白い! そんなものがあるなら見せてみろ!」

「分かりました。ではまず彼女が現在所属している総務部財政課の同僚、山本さんの証言を紹介させて頂きます。先日入札の書類で不備が見つかったのですが、名越さんが一番最初に気づいてました。それから1人で、関係部署に連絡を取って修正案をまとめ、締切前に全ての手続きを完了させました。もし彼女がいなかったらと思うと恐ろしかったです。とのことです」


 高橋の説明に、天地は動揺しながら総務部長に答弁を求めた。


「そ、総務部長これはどういうことなのだ!?」

「山本という職員はおりますが、そんな話は耳にしておりません。し、失礼ですが市長が誤解されているのではないかと……」

「山本さんは、さらにこの様に証言しています。不備に気づいたとき、部長は他の職員に問題を押し付けることばかり考えていました。しかし、名越さんは誰も気づかないほど迅速に対応していました。私も偶然彼女のパソコンを見なければ気づかなかったです。ちなみに山本さんご本人は必要であればここで直接証言するとも申しております」

「こ、こんなものは捏造であり創作だ! 危機管理部部長! 確か君のところにも配属されたことがあったんだよな? その時の無能ぶりを答弁してくれ」

「そうですね。沢山あり過ぎて何から話せばいいのか迷うところなのですが……」


 危機管理部長は、立ち上がると同時に考え込み始めた。

 その隙に高橋は畳みかけることにする。


「議長、時間がかかりそうですので、その間に彼女が危機管理部ダンジョン観測課に配属されていた頃のお話をさせて頂いてよろしいでしょうか?」

「キイイイ! お前は永久に黙っていろ!」

「発言を許可します」


 天地は悔しそうに高橋を睨みつけてきた。

高橋は、それを無視して発言を続ける。


「昨年、ダンジョンの近隣地域に配布する緊急避難マニュアルを20年ぶりに更新したことは、皆さんご存知かと思います。そこでも彼女は大きな役割を果たしました」


 高橋の言葉を聞いた危機管理部長がハッとした表情で話し始めた。


「思い出しました。彼女には、その時、避難所のリストを作成する仕事を任せていました。作業をお願いした職員の中で、彼女はただ一人だけ、期日に間に合わず、そのせいで他の作業も遅れていました。仕事ぶりは知っていたので、一番簡単な仕事をお願いしたのにどうしてそんなに遅れたのか理解できません」


 危機管理部長の発言を聞き、天地は勝ち誇ったような笑顔を浮かべている。

 高橋は引き続き天地を無視して、説明を続ける。


「危機管理部長、同マニュアルで、ダンジョンから抜け出し徘徊する可能性があるモンスターの種別や出現パターンなどを書いた項目は、詳しい上に分かりやすかったと近隣住民から高評価を受けていたと聞いています。これは間違いないでしょうか?」

「はい。この箇所を担当した職員が大変優秀でしたので。しかし本件とは関係がないかと……」

「大いにあります。この職員は確かにおっしゃる通り優秀な方だと評判でした。だからこそ、あなたは過剰な期待を寄せて本件では、とても膨大で繊細な仕事を多数お願いしたと聞いております。ですがそのせいで、その職員は強いプレッシャーを感じてしまい、毎日悩んでいたそうです。それを助けたのが名越さんでした。彼女はその同僚と共にモンスターのデータを徹夜で集め、分析し、同僚の方も気づかなかった重要な情報をマニュアルに盛り込んだのです」

「市長、申し訳ないですが、その様な話聞いたことがありません」

「その同僚の方から直接聞きました。先ほどの遅延の件で名越さんがあなたに叱られているのを見て、真実を伝えなければと何度も思ったそうですが、怖くてできなかったとのことです。遅くなってしまいましたが、この場を借りて真実を伝えると同時に名越さんに謝罪もしたいとのことでした」

「おっしゃっていることは事実かも知れませんが」

「勿論、そちらに時間を取られた結果、避難所のリストの作成の締め切りを守れなかったことは問題です。しかし市民を危険に晒さない為に最優先すべき仕事に協力したのだと考えれば、一概に彼女を責めることはできないとは思いませんか?」


 危機管理部長は暗い顔で俯きながら、着席した。


「彼女が配属された部署では、この様に縁の下の力持ちとして、知られることなく貢献してきました。多くの部署で不当に低い評価を受けながらも、常に周囲の人々を助け、重要な役割を果たした彼女にこそ、私は備後市の副市長になって頂きたいと考えています」


”名越さん、本当にすごい人だね”

”それを見抜いた高橋市長もすごい”

”名越さんの努力が報われるといいな。高橋市長を信じよう”


 コメント欄は応援の声で溢れ、市議会は沈黙に包まれた。ここで天地が再び口を開く。


「キイイイ! こんな話は全て捏造だ! この女性職員は高橋の愛人だ! だから副市長にしたいのだ! みんな騙されるな! 創政フォーラムの諸君、否決するぞ! 他の会派や無所属の皆さんも賛成しないでください!」


”この議員、本当に信じられない”

”市民だがこの議員にブチギレそうだ”

”高橋市長頑張れ!”


 コメント欄は天地への非難の声で溢れ、市議たちも天地に冷たい視線を向けていた。議長は全てを見回して冷静な言葉を放つ。


「これより副市長承認の採決を行います。賛成の諸君の起立を求めます」


 ここで一番最初に立ち上がった議員を見て、高橋はわずかに動揺する。


(……片桐議員)


 片桐は高橋を見て不敵に微笑んでいる。続いて創政フォーラムの若手議員が2人立ち上がった。


「キイイイ! なにをしているのです。片桐議員! これは会派への裏切り行為ですぞ!?」

「会派、創政フォーラムの代表は私です。どうして所属する一議員にすぎないアナタの言うことを聞かなければならないのですか?」

「な、なんですとおお!?」


 藤吉はしばらく狐につままれた表情でこのやりとりを見ていたが、しばらくして勝ち誇ったように立ち上がる。


「ガハハハ! 調子に乗っているからこうなるんだ! おいお前らも立て! 天地の言うことなど聞いていては次の選挙で落選するぞ!」


 藤吉の言葉に迷いながら、創政フォーラムの議員たちは次々と立ち上がっていく。それを見た他の議員たちも少しずつ立ち上がり始めた。


「キイイイイ! お前たちは全員裏切り者だ!」

「お前ごとき裏切ってなにが悪い ガハハハ!」

「藤吉議員と天地議員に申し上げます。創政フォーラムの代表は私です。アナタ方の問題ある言動のせいで、会派は窮地に立たされています。今後も問題を起こすのであれば処遇を考えさせて頂きます」

「なにを……お前はたかが……」

「たかが、アナタ方2人の会派内の勢力争いを緩和するために祭り上げた、大物国会議員の孫という神輿ですか? 残念ですが、私はその程度で終わる女ではありません」


 不敵に笑う片桐を見て、天地と藤吉は絶望に満ちた表情で黙り込み下を向く。


(いい機会だと思って会派の実権を掌握しに来たか。だが、いつの間に会派の若手を手なずけたんだ?)


 片桐の手腕に驚きながら、高橋はコメント欄に目を通した。


”片桐議員、かっこいい!”

”高橋市長と片桐議員のコンビに期待”

”片桐議員結婚してください!”


(コメント欄が好意的な言葉であふれてる。……これも片桐議員の狙いの1つか)


 藤吉や天地のような老害のバカではなく、片桐のような仕事ができる女と、これから戦うことになる事に高橋は強い面倒くささを感じていた。

 その時、議長の声が響く。


「賛成多数により、副市長承認案は可決されました」


(あーとりあえず、なんとかなったな)


 ひと段落したので、ふたばを見る。


「わ、私ってこんなに皆さんに評価されてたんですね。てっきり仕事ができなくて嫌われてるとばかり……」


 感動したのだろう。ふたばはボロボロと大粒の涙を流している。


「ああ。だから自信を持って副市長を勤めてくれ」


 高橋は、ふたばの頭を優しく撫でた。

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