第8話 焼肉と陰謀と女2人のせめぎ合い

「ゆずさん、これがこの前話した女の子です。ふたば君って言って、ゆずさんのファンらしいです」


 ふたばを連れ立って約束していた焼き肉屋に向かい、席で待っていたゆず希と合流した。


 ふたばが、おどおどしながらゆず希に頭を下げる。


「よ、よろしくお願いします」

「じゃあ今日は高橋の奢りね」


 ゆず希はブスっとした顔で、高橋にそう言った。


(やっぱりそう来たか。でも、なんで怒ってんだ)


 たかられたくないので、先日のLIVE配信では、何故か気づかなかったあることをゆず希に伝える。


「ここで奢っちゃうと、市長だから公務員倫理規定に引っかかるんですよ。だから割り勘でいきましょう」

「ふざけんじゃないわよ! 職権乱用して! 私が黙ってりゃバレないから、奢りなさいよ!」

「本当は奢りたいんですよ。でも、どこに人の目があるか分からないじゃないですか。本当にごめんなさい」

「この卑怯者、いつか覚えておきなさいよ」

(なんで卑怯者になんだ……それにしても最高の気分だー! やったああ!)


 悔しそうなゆず希の顔を見ながら、心の中でガッツポーズをする。

 市長になる前、ゆず希の方が自分より圧倒的に収入が良いにも関わらず、飯を食いに行くと、男で年上であるということを理由に奢らされていた。

 だが、今は市長という立場を理由にそれから逃れることができる。

 喜びに浸りながらも、場を和ませるため、高橋はテンションを上げながら様々な話題を振った。

 しかし、ふたばは終始、高橋の方ばかりを向いてなにも喋らない。ゆず希はそれを見ながら、不機嫌そうに黙々と肉を口の中に放り込み続けている。


(ふたば君。一緒に予算作っている時に、ゆずさんのファンだって言ってたけど、もしかして俺に話を合わせようとして無理にそういう事にしていたのかな? だとしたら悪いことしたな)


 そんな事を考えていると、しばらくして、ゆず希がふたばを怒鳴り始めた。


「なによ! アンタ本当に私のファンなの!?」

「は、はい……すごく尊敬しています」

「嘘! さっきからずっと高橋ばかり見てるじゃない! 本当は高橋と一緒に飲みたかっただけなんでしょ!?」

「そ、そんなことないです」

「言っとくけど高橋は足臭くて、インキンで、とにかく男として最低だから、手なんか出したら許さないわよ!」

「ゆ、ゆず希さん。お、お酒は控えられた方が……」

「アタシはアルコール飲めないから、一滴も飲んでないんだけど!」

「で、でも顔が真っ赤ですよ」


(俺が女と仲良くしてると、何故か、ゆずさんはいつもこうなるんだよなあ。色々とめんどくせえから勘弁して欲しいんだけど)


 このままでは場がさらに険悪になりかねない。盛り上げようと、軽くて無害な話題ばかりを振っていたが、それが悪かったのかも知れない。ならばと思い、少し真面目な話をふることにした。


「ゆずさん、いいですか? 俺なりに色々調べたんですけど、部長以上の人事は市長が決めるんですよね? だから創政フォーラムの意気がかかった部長たちを変えようって思ったんですけど、小橋前市長はなんで、そいつらをそのままにしてたのか気になっちゃいまして」

「創政フォーラムの市議たちを刺激しないためよ。そんなことしたら、あいつらは議会で派手に暴れまくって市政がグチャグチャになるじゃない。だからハゲは仕方なく妥協したのよ」

「すいません、息がかかった職員たちが残っている状態でも、前市長時代の市議会は、ぐちゃぐちゃだったと思うんですが」

「それはハゲがアホだからよ」


 しばらくゆず希と会話を続けていると、ふたばがボソボソと喋り始めた。


「あ、あの……そ、総務部長だけだったら、なんとかなるかも知れません。私、総務部長から、セ、セクハラとパワハラをされてるんです。しょ、証拠もあります。」


 そう言ってふたばは、カバンからボイスレコーダーを取り出してテーブルに置いた。

 ゆず希と2人で録音を聞いてみると、そこには明らかなハラスメントの証拠が残されていた。


「……酷いね」

「ま、まだ直接手を出されてないだけ、マシかも知れないです」

「どうして人事とかに、言わなかったの?」

「じ、人事課は総務部の管轄です。訴えても揉み消されるだけです。他の部署に訴えても、偉い職員は皆小栗山派だからやっぱりもみ消されるかも知れません。市役所やめて訴えることも考えたんですけど……し、新卒の就活全部失敗して、やっと内定とれたのが備後市市役所なんです。は、入ってからも私は仕事できなくて、色んな部署をたらい回しにされてます。だ、だからここを辞めたら、もうどこにも行くところがないと思います」

「アンタ、今日はこれを暴露するために来たの? 私のファンだとか嘘をついて、ここに来たの?」


 ゆず希の問いかけに、ふたばは怯えながら答えた。


「い、いえ、部長に市長を探ってこいって命令されたからです……正直、ボイスレコーダーのこともどうにかして欲しいって思ったんですけど、やっぱり怖いから聞かなかったことにしてください。すいません」

「それはできないよ。こんなこと聞いてしまったら、もう総務部長を放置する訳にはいかない」

「ほ、本当にやめてください! か、代わりに提案があります」

「提案?」

「は、はい。総務部長を含めた小栗山派に近い職員の人達に、天地議員が一斉送信したメールです」


 ふたばはスマホを取り出してメールを見せる。そこには高橋のダンジョン政策を表面上は実行するふりをしながら、実際には何も進展させないようにと指示されていた。


「見たところ幹部職員にしか送信されていないメールだよね? どうやってこれを手に入れたの?」

「じ、自宅のパソコンから市役所のネットワークにアクセスして、総務部長のメールをハッキングしました」

「そんなことができるんだ。凄いね」

「た、大したことじゃないです。今日話したことを心の中にしまって頂けたなら、市長のスパイとして、こういった情報をどんどん流します。だからお願いします、今日のことは聞かなかったことにしてください」

「分かった。じゃあ、幹部職員全員のつけ入ることができそうな情報を教えてくれるかな?」

「ら、来週までにはできると思います。でも、部長クラスはともかく、そこから下の幹部だと、創政フォーラムを嫌ってる人も多いんですけど、その人達の情報もいるんですか?」

「え!? 市役所の職員は皆小栗山派だと思ってたんだけど、それは違うのかい?」

「ええ違うわ」


 ゆず希が話に割り込んできた。


「市役所の奴らは皆ハゲを嫌ってるけど、だからっていって全員が小栗山派ってわけじゃない。もっと言ってしまえば大半の奴らが創政フォーラムも嫌ってるわね」

「ゆずさん詳しいですね」

「アタシのファンは市内のどこにでもいるのよ。勿論市役所の中にもね。この子みたいに細かいシークレットな情報は分からないけど、全体の空気とか傾向とかは掴んでるの。さあ、話はもうこれでやめて焼肉を食べましょ」


 ゆず希の一言で場の空気が和らぎ、3人は焼肉を楽しみ始める。


「いい! 高橋は性病を持ってるの。移されたくなかったら仕事以外で絶対に近寄っちゃダメよ」

「い、嫌です」

(なんで俺を勝手に性病持ちにしてんだよ。ってかふたば君も嫌ですって……明らかにピントがズレてる返事をしてるんだが)


 しばらくして、ふたばは先に帰って行った。

 ゆず希と2人きりになった時、ふたばが忘れていったボイスレコーダーを間に挟み軽い口論なった。


「総務部長には一刻も早く執行部を降りて頂くつもりですよ。でもその前に、根回しが必要だと思うんです」

「だから、総務部長1人消すだけじゃ、手ぬるいし、アンタのやり方じゃチンタラし過ぎだって言ってんの」


 総務部長のような問題を起こす人間は、創政フォーラムとしても早々に関係を切りたいだろう。このボイスレコーダーを使って、高橋は創政フォーラムと総務部長の処遇を交渉するつもりだった。


「これからふたば君が教えてくれる情報をもとに、創政フォーラムと話し合いながら、小栗山派の部長たちには、ゆっくりと穏便に消えてもらうつもりです」

「そんなの時間がかかり過ぎるじゃない。あと調べてもつけ込めることが無い奴もいるかも知れないでしょ? それにそんなにチマチマやってたら、どれだけ時間が掛かるって思ってんのよ! アンタが市長としてビジョンや方向性を示しても、現場の職員が動かない状態が長く続いたら、市政はいつまで経っても良くならないじゃない! もっとパパっと全員まとめて消すべきよ!」

「ゆずさん、いつもみたいに過激なことしようとしてますよね? それをやったら創政フォーラムは、報復で議会の審議を今以上に妨害してきます。そうなった方がより市政が混乱しますよ」

「そんなの論破すればいいじゃない!」

「やってみて分かりましたけど、政治の世界で論破とか逆効果ですよ。味方を増やして政策を進めるのが仕事なのに、論破なんてしたら相手を怒らせて敵が増えるから、それができなくなっちゃうじゃないですか」

「なによ! アンタがなんて言おうが、私は私のやりたいようにするから!」


 置きっぱなしだったボイスレコーダーを掴んで、ゆず希はそのまま走り去ってしまった。


(やっぱりダメだったか)


 高橋は心の中でため息をついた。ふたばのためにも、本人も分からないほど穏便な方法で解決したかった。もっともゆず希がこの話を聞いた時点で、ムリゲーだとは分かっていたが……。


(まあ、実際創政フォーラムとまともに交渉ができるかも怪しいけどな。今、会派を牛耳っている藤吉と天地には理性や知性が全くない。他の議員ならなんとかなったかも知れないが、現状では厳しいな……さてと)


 恐らくゆず希が事を起こすのは来週だろう。それまでに自分はどう動くかを考えて準備を整えなければならない。

 スッカリ冷えてしまった肉を頬張りながら、高橋は次の一手を考え始めた。

 

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