鳳雛が静かに眠るなら

 白亜の城を目前にし、物語のラスボスたるコンスタンティンは文字通りに凄くガッカリしていた。

 

 主人公を物語から物理的に退場させたにも、関わらずここまで悲嘆する悪役もいないであろう。

 それはもう一周して怒りの感情すら超特急で経過し、最高レベルの悲嘆に再度到着する程。


(なんで参加者が少ないんだよ。仕込みはどうなっているんだ。仕込みは!サボり防止の監視を監視する監視までつけたのに……同じ言葉と無駄な行動のマトリョーシカ?)


 それはもうサクラが機能していないのか。と言いたくなる程に、想像と予定を遥かに下回る程の人数しかいない。


 何なら正統なる血族、早い話が親族連中の面々ですら、大丈夫か?と不安そうな表情で顔をあわせ苦笑い。


 多くの人を動かすには、選定の剣ではあまりにも力不足……というより役割が違いすぎた。


 もし君の前に、私がグレテンの頂点に君臨すべき王家の正統後継者だ。と目がガンギマリな花屋さんに言われても、はぁそうですか。の一言で終わりであろう。


 これを見ろ。と歴史の意図的に消された一部分を証明されても、そうですか頑張ってください。と言って大抵の人間は日常を続けるであろう。


 何なら乱世の男が刃物を持っていたら……女々しいと言い笑うのが常。


 職業は料理人か何かで?や、去勢されてんの?と聞かれても仕方ない絵面。


 だが、彼は王を目指す者、簒奪者をぶち転がし玉座に座る者……それが妄想でしか無かった事など今を生きるコンスタンティンが知るよしは無い。


 事実、聖剣カリバーンを見せて、一瞬で人心掌握という希望的観測丸出しの馬鹿げたプランは、これで上手く言ったら楽だな。と思っていただけの初手。という事にしておかれた。


 ならば追加と言わんばかりに二の矢。と評するにはあまりにもデカくて太いモノ。


「な、何だ。アレは?金属が浮いているぞ。」

「鳥や虫以外で飛ぶやつ初めてみたな。……いや何か一応人間の定義に入っている奴が普通に飛んでいたな。」

「おおお、マロリーフラワーの店主が何ほざいているんだ。と思ってたけど……何か間違っていない気がしてきたぞ。」


 残り僅かなサイコパワーを総動員、否限界すら

も耐え忍んだ超能力者エスパーが見せつけるは、ロストテクノロジーで確保し証明にたる信頼。

 

 何か分からないが、とにかく凄いぞ。は人の目を引くこと等語るに及ばず。


 そんな喧騒の中飛行機という、乱世には言葉すら存在しない名称の物が一つ、都合のいい流れに気を良くし油断したコンスタンティンの制御下から漏れた。


 あっ、と本人が思った時には……遅かった。

 事実馬鹿デカイ金属の塊は重力に引かれ、時計塔に突き刺さる。


(うわー、やっちゃったよ。これで正統なる王族と主張してもただの破壊活動家としか思われない……破壊?破壊か。それしかないか。)

 

 そんな質量による暴力と破壊を見せられた民衆は蜂の巣つついた様に騒ぎ出すのも無理はない事。


 命の危機に冷静な奴は、異常者か訓練を受けた精鋭でしか無い。


「真実の王たるコンスタンティン・マロリーが民草に命じる。面の皮が厚い以外何の取り柄もない簒奪者を玉座から引きずり下ろせ。……逆らう奴は時計塔みたいにはなりたくないだろう?」


 現世はどんな綺麗事をほざき、取り繕っても暴力を軸にまわる。


 生の暴力がもたらす迫力に、多くの人間が媚びへつらい尻尾を振るのは仕方無き事。


 事実パッとしない花屋の店主が何か言ってやがる。とさっきまでハッキリ言ってなめられていた存在は、一発逆転圧倒的な力を見せた事で怯えた民衆をまとめ上げる。

 

 王、王。王!という恐怖の対象を大きく喜ばす言葉が全てを知らしめ、グレテン騒乱は活性化。


 どうせ、自分の城になる。と言わんばかりに悪役は堂々と目的地の正門を目指して進行。



 一方空気無きは希望無き天上。

 当然、地上の情報等宇宙には届かない。


(と、とりあえずこうすれば現状維持はできるな。……ってそれじゃ駄目だろ。どうにかして地上に戻らないと、ねぇ翼は何で黙っているの?)


 そこを漂うは鉱物に変形し、苦痛から逃げた主人公。

 主人公が語りかける相方は隙を伺っている事もあり無言。

 

 それは時間の無駄でしか無く、惚れた女にもしもがある事を想像し、不安がり感情の起伏が激しくなるのは無理もない。


(俺の脳にある情報は何を使っても駄目だった。何ならここまで俺達を持ってきたあのデカイ物体になってもどうやって動かせばいいのか分からないし……どうやってもこっちからもといた場所には帰れない。なぁ、翼が意図的に隠している情報があるのは知っているんだぞ。)


 まさか自分を押し上げた存在が、出発専用の片道キップだとは乱世を生きる存在が知る由もない。

 翼の中にある手札と知識に宇宙から帰る方法は無かった。


(ここが宇宙で、我らを押し上げたのはロケット……旧文明を生きていない翼には理解もできないだろ。だから主人格がお前のままじゃ帰れない。説明は以上)

 事実、名前の主は頭の中が知らない単語と名称に大混乱。

 

──野球という概念を一切知らない存在が、バットを見たところで、これで相手を殴ったら十中八九死なないか?そもそも何のためにあるんだこれ?と口走るだろうし、とりあえずグローブは利き手につけるだろう。

 そもそもダイヤモンドを見たところで、せっかくの広い場所に変な白いやつ四つもある……何で一個だけ形が違うんだ?といい外し始めるのは目に見えている。──


(何も知らない翼に記憶共有したとろで無駄だろ。知ったところで見た事無いモンを急に入れても……はぁ文句を言いたげだし現実を教えた方がいいな。ほら宇宙に対する旧文明人の認識だ。私もそこまでは知らんぞ。それ程までにここは広いんだ。)(馬鹿にしやがって、ハイハイ早い話がイビルディア帝国で言うところの天国だろ。何で死なない俺があの世にいるんだ?……そっか全然意味が、認識が異なっているんだな。俺は間違っているんだな。) 


 知識だけあっても、それを正しく運用できるとは限らない。

 これはあらゆる世界でいえる共通事項。


 多くの人は自分に都合良く全てを解釈し、己がためだけに生きる獣以下な畜生。


 自分を選ばれた者、優れた遺伝子を持っていると自負していた者は、たった今完全な敗北を理解した。


 自分が惚れた女の隣立つことがもうできない。という事実。


 産まれた時代という、不老不死になろうと不死身だろうと拭えない天賦の呪いにつばさは負けたのだ。


(分かってくれたのか。だから主導権を……って待て。)


 翼が目の前でもう一人の自分と言っても、過ぎた表現にならない末裔の存在が薄くなっていく。

 それは本人が消滅を受け入れた故。


(一翔さんがあの子泣きジジイに負けたのは、鳳翼の人格があったせいだ。なら?時間がかかるし上手く行かないかもしれないけど人格の統一?もしくは即決即断でできる俺の完全消滅……だったらディアナを救うためにも確率が少しでもある後者を選択するのは当然だろ。)


 どれだけ時が経ち、思想がアップデートされようと、変わることが無い優勢を求める生物の本能。


 禁忌の恩恵を受けた以上雛子翼は、それに殉じる覚悟等とっくの昔から持っていた。

 鳳雛の旅路は終わりに近づく。


(ディアナ。君からすれば俺の言った愛など、命よりも大切なんて言葉は薄っぺらく思えだろうね。……だから今ここでそれを証明させてくれ。)


 どれだけ綺麗事を積み重ねようと、我が命を天秤に載せられれば他者すら殺す生存への渇望。

 

 それを責めていいのは他者のために死んだ者だけであろう。無論、口が動けばの話だが


(自分の命よりも君が大切だ。本気で愛している。という証明を……尻拭いをお願いしますご先祖様。ってコイツは固っ苦しいな頼むぜ相棒。期待しているからな。)


 それは死すらも克服した存在が最後まで乗り越えることができなかった。

(さよなら、ディアナ。)

 否手放す気等最初から無かったであろう男の本懐。


 それは自己犠牲と献身によってしか証明できない……だからこそ愛よりも大切な何かを示せた事が、自己の消滅すらも気にならぬ程に上回る喜びを、自我が完全に消える瞬間まで鳳雛に与えた。


 一つの身体に一つの意思。

 当然の形に、求めた形に成ったのに長年の目的を達成した彼の心を蝕むのは、半身が消えた喪失感と永き時で感じたことの無いナニか。

 

 後者の感状は尊び。

 それは思慕や憧憬よりも官能的で、何にも劣ることなく誠実であり、憎しみや嫉妬すらも上回る速度で人を成長させる。


 己の欲深さを嘆いた存在は、不死なる身体を変形させ償いを求めた。


(我が末裔の願いを……相棒に惚れた女を託された以上、この要望を断るという選択肢は無いな。)


 それはただ、ひたすら速さを求めた形。

 かたどるは旧文明の最終期に作られたモノ。


 十人十色、三者三様という言葉につばをはきかけるは法則性。


 ブースターやスラスターだのという表現しか、二十一世紀を生きた人間にはできないであろうナニか。


 消滅した雛子翼には思いつきもせず、知ったとしても使い方が分からぬ物。


 推進力の確保は魔術では無く魔法によって行われる。


 無から有を生み出す事はできない故に、再生する身体を供物として摂理を踏み倒す事なくエネルギー問題は解決。


 選ばれし者しか使えない特異さ故に、現世から消滅した概念。


 それは己の身体を代償として発現する法の域。

 代償魔法で科学技術を稼働させるという永く生きた存在にしか考えつかず、そもそも大半の人間が適正外故許されない暴挙。

 

 それは一方向への爆発的な加速を産み出し、灼熱地獄を具現化した大気圏へと鳳翼を連れて行く。


 皮膚が焼けただれるたびに再生するは、子孫の身体に取り憑いてでも欲した特異体質。

 

 己が罰という意識とそれを全うしようとする意思が、痛覚の遮断や耐熱に優れた姿への変形を拒絶。


 重力に引かれる間、灼熱の時を過ごす彼は一つの罪ぼろしをする事にした。



 グレテン王国で起こる騒乱を遠くから眺める一団は笑う。

 敵国が勝手に自滅するのだから当然。

 そんなダイジナ砦で一つの別れ。


(どうやら禁足地に舞い降りる個体が出た様だ。一翔長い間意識を占領して、あの時の敗北は本当にすまなかったな。運悪ければ混沌に呻く生涯になるだろうが……本当に、本当に楽しかったよ。)(そうですね。完全なる鳳翼が顕現した以上まがい物がそうなるのは必然。もともと私はあの子が蘇った地点で己が終わる事を悟っていたのかも知れませんね。……消えたか話し相手がいなくなるのは寂しいもんだな。)


 名前の主は目の前にいる主に合図を出した。

 それは失敗作として醜態を晒す余生を避けるために、死を望んだ故。


「あんな、くそ生意気なガキよりも小生の右腕が下な訳ないだろ。暴走した時は殺してやるから自害だけは許さん。……回りくどい言葉は嫌いでな要するに死ぬまで小生に尽くせ。以上で話は終わりだ。」


 前線を押し上げるぞ!という主の言葉に、一翔は己の意思で首を縦に振った。

 

 完全に自我が残っているという贅沢。

 それは、現世から消えた甥が先祖に尊き感情を教えた故に起きた必然。

 

 叔父である一翔がそれの事実を知るのは、もう少し立ってからであった。

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