伯爵の友人は、杜撰な計画に、戦慄する


「君が言うならまだ私も許せる範囲ではあるんだよ」

「……殿下? それ、聞こえ方によっては結構重たく感じますよ?」

「重たいかな?」

「重たすぎるでしょう。そもそも殿下、姉さんと別にそういう関係でもないでしょうに」


 そう言われて考えてみると、どこから目線で言っているのだろうか、と感じてしまい、こほんっと咳払いでごまかしてみる。


「ま、まあ……。それでもそうなりたいからこそこう動いているわけだし」

「昔からある法とはいえ、自分が姉さんと結婚したいからなくそうとしているとかは本当にすごいと思いますよ」


 くいっと何年ものかの上等なワインを飲み干すと、ランページの代官、ヨモギは「カシムール殿下は別で動き出しましたが、むしろ殿下の動く理由のほうが好感もてますね」と笑いかけてくる。


 カシムが欲しいのは、マリニャンじゃない。あれはランページが欲しいのだ。

 マリニャンにも少しは興味があるかもしれないけど、ランページという広大な領地を手に入れた時の戦利品としての価値くらいにしか思っていないのだろう。ただの遊び程度だ。


 だからこそ、このような凶行も行えるのだろう。

 ワインと共に渡された資料に目を通しながら、私はカシムのやろうとしていたことに、あからさまな敵意を感じていた。

 その【魔物の動向と帝都に運搬予定だった魔物について】と銘打たれた調査報告書に、ほとほと呆れてしまう。

 こうまで恨まれていたのかと思うも、怨恨などとはまったく遠く、ただこうしたらいいんじゃないか、と思って行った行為なのかもしれないと思えるからこそ、カシムの行為に、悍ましさを感じてしまう。

 その結果、身近な――家族であっても、死んでも構わない、ということなのだと思うと、涙が出てくる。


「だからこそ、そんな相手に、渡すわけにはいかないんだけどね」


 じっと、手元のワインを見ていると、口に出てしまっていたのか、ヨモギの妙な視線に気づいて再度咳払い。


「タイミングが、重要だと思いますよ」

「タイミング……」


 ふとそう言われて言葉にしてみるが、際どいだろうということはわかっていた。


 ランページ不可侵法。

 私がそれを王に破棄を進言し、破棄できていればよかったのだが、私には力がなかった。こういう時に自分の派閥が小さいことが悔やまれる。

 だからこそ、今、最大派閥のカシムが、マリニャンと結ばれるためのもっとも大きな障害の排除に動いたことは、私にとって、とても喜ばしいことであった。


 ただし、その場合、カシムがマリニャンへ求婚するより先に、私が大々的に求婚し、そしてマリニャンからの愛を勝ち得る必要がある。


 カシムより私を選んでくれると心の中では思っていても、やはり不安だ。

 人の心は移ろうものとも言う。それにマリニャンが私のことを何とも思っていなければ、それはそれで本末転倒でもある。



……



………………



………………………………



「……――実はマリニャンは私のことをさほど思っていない。なんてこと。……さすがに、そうではないと思いたいけども」

「いや、そんなのに負けた僕ってどうなのさ」


 ヨモギが呆れている。

 それもそうだ。

 彼が身を引いてくれている今が、私がマリニャンを手に入れる絶好のチャンスでもあるのだ。

 もし彼が本気を出してマリニャンを欲しがれば、領地を誰よりも愛するマリニャンの事だ。ヨモギという領内のあらゆることを知った相手と私とでは、どう考えても敵わないのだろう。


「……カシムール殿下に、アルヴィス。敵は多いですね、殿下?」


 そう、敵はカシムだけではない。

 なぜかマリニャンを守ろうと王族に歯向かった執事――アルヴィス・アイーダも今はいる。


「彼は、結局、何がしたかったんだ?」


 ヨモギから聞いた内容からしても、マリニャンとはそれほど接点があるわけでもない気がした。

 伯爵邸の執事ではあるものの、マリニャンが雇用したわけではなく、あくまでシャリア・ベリーという元代官が雇用した、シャリアとマリアベルの専属執事だ。

 しかも、両方が伯爵邸に戻ってこないことからして、雇用解除もできないし、伯爵邸の仕事を任せるわけにもいかない。とても中途半端な相手だ。


「……実は、姉さんに手紙が届かない、ということが起きていたんです」

「……なんだいそれは」


 ヨモギから聞くところによると、どうやら、伯爵邸からマリニャンに充てた手紙は、タウンハウスに届いていなかったらしい。おかしいと思った執事長とメイド長の夫婦が、タウンハウスに乗り込み確認したのだから間違いないそうだ。


「重要な手紙も何も届いていない。だから姉さんは、領地で起きた何かしらを、ほぼほぼ共有されていなかったんです」

「それは……領主として危ういな」

「だからセバスとカンロ――執事長とメイド長が姉さんの耳となったんですけどね」


 だからよくあの老夫婦がマリニャンの傍にいたのかと納得するが、「それでも、全然仕事しませんけど」と、ヨモギは執務室の机に置かれた書類をぽんぽんと叩いてはため息をつく。



 ……うむ。なるほど。

 マリニャンに、政務を任せるのは危険そうだ。


「……待て。まさか、マリアベルとムールのことも?」


 そもそも、ここまで大きな領地持ちの領主が、自身の身の回りに起きていることを知らなすぎではないだろうか。

 そう思った時、なぜマリニャンが二人のことを知ろうとせず、そして婚約破棄まで突きつけられた時に二人のことを知ったのか、それ領内の誰からも手紙が来ず、執事長とメイド長にも情報を錯綜させていたということになる。


「それを起こせるのは……」

「おそらく、アルヴィス・アイーダでしょう」


 だがそうなると、やはり、なぜ? が付きまとう。

 彼もマリニャンには全く興味はなかったとも思える。また、そんなことをしてなんの利点があるのかもさっぱりわからない。


「……彼は、姉さんのことを、いまだ代理当主だと思っている節があります」

「……は?」

「マリアベルが戻ってこなくなってきた辺りから、彼は時折、マリアベルが正当なランページの後継者である、と邸内で同意を求めていたそうです。その話を間に受けた従者もいた様子で、マリアベルのシンパが邸内でも少なからずいることがわかっています」

「彼らは何を思ってそんなことを……ミリアルド殿と代官のシャリアがもし恋人だったとしても、マリアベルが生まれていること自体がおかしいだろう? ミリアルド・ランページと言えば愛妻家だ。浮気していたとは到底考えられないし、シャリアのことを聞く限り、彼はミリアルド殿の友人の妻である、と」

「彼は、そのシャリアさんとマリアベルに救われたんです」


 狂信。

 そこまで聞いて、ふとそんな言葉が思い浮かんだ。


「まさか……マリアベルのために、このランページを本当に乗っ取ろうと……?」


 あり得ない。

 直系でもなければ後継でもない。ましてや、血の繋がりもない。養子縁組をしているわけでもない、赤の他人。

 それを、帝国すべてを騙して、成り代わろうとしているなんてことは。

 そもそも、帝国の貴族名簿に入ってさえいない人物が、現存の、しかも帝国で知らぬ者がいないとまで言われる銘家でネームバリューの高いランページを乗っ取るなんてことを考えるなんて、あり得ない。


「それを、本当にやろうとしているのが、アルヴィスであり、マリアベルであり、ムールなんだと思います」



 ……馬鹿、なのか!?



 思わず叫んでしまいそうになり、ワイングラスを落としてしまう。

 こんな、少し調べただけで暴露されるようなことを、本当にやろうとしていることに、一気に酔いが覚め、ずきずきと頭痛がしてきた。



「だから、姉さんに、あまり関わらせたく、ないんですよ」



 ヨモギのため息に、共に笑いたくなった。が、そこでふと、


 そのアルヴィスは、今どこにいる……?


 と、一抹の不安を覚えた。

 そして、更に難点が追加されたことに気づいた。



「まずい」

「え?」

「アルヴィスを、カシムが手に入れた」

「……あ」


 アルヴィス・アイーダは、カシムに不敬と言われて連れていかれた。

 本当に不敬という理由で連れて行った? いや、違う。

 カシムは、あれを、駒とする気だ。

 あのように騒ぎたて、そしてその騒ぎを治める。治める様をマリニャンに見せつけ、好感を得る。それが出来なければ、先ほどのように、騒ぎを起こさせて自身への交渉へとつなげる。

 そのような、駒として。すでにやったのだから、いくらでも使いようがある。

 そう思って、連れて行った可能性が高い。


 暴論であるようで、人の感情を考えない行動。何も、それこそ後の事も何も考えず衝動的に行動し、全てを台無しにする。だけどそれは自分にとって楽しければそれでいい。


それを平気で行う。


        人のことを

   自身の欲を満たす道具としてしかみない


     王となってはいけない帝王候補


   カシムール・フィルア・ジ・インテンス

 

 つまりは、そのようなことを平気でやろうとする平民と、そのようなことを平気で行っても問題とされない、王族の第一の権威持ちが手を組んだとしたら。




「私が、今まで帝王を目指さなかった。そして、派閥を拡げなかったことが、今になって悔やまれる。せめて、少しでも発言権をもった派閥を作っていれば……」

「……この報告書からしても、あり得なくもないとは思いますが、それでも……」

「思い込み、であってほしい。兄として、ね……」


 今更何をしようが、後の祭り。

 動こうにも動けない状況に、せめて私はマリニャンの傍にいて守ってやろうと、そう思った。









 とんでもないことが起きそうな状況。その私の不安は、私が後手に回ったことで、最悪の結果となって的中する。

 この状況は、この時すでに止められない波となってしまっていて。


 そして私が、マリニャンのことを思って――いや、自分の欲のためにマリニャンを追いつめてしまったことに。

 私は、死んでも死にきれないほどに、後悔することになる。

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