伯爵は、賊狩りを終えて領地へ帰る


 今、私の目の前に、私が倒れている。


 胸を一突きされて倒れ伏す私だ。


「うわぁ……マリニャンにそっくりだねぇ……」


 ドッペルゲンガー。

 C級指定の、王国から持ち込まれたその魔物。それが今、私が一突きで倒した相手だ。

 人の姿になりすまし、人を食べる魔物。


 討伐されればその姿のまま、その場で死ぬ魔物。

 つまり、私に化けて私達を騙そうとした魔物は、私のまま、その場で死んでいる。


 ミサオが相変わらずの間延びした声でまぢまぢとみている。それこそそこに座り込んでしっかり見ている。これで周りに敵がいたり死んでいるはずの私が襲いかかってきたら、ミサオは致命傷を負ってしまうだろう。


「……私も、こんな感じでそのうち死んじゃうのかしら」


 思わず。

 その目の前の死体を見て、呟いてしまう。

 私は領主として、戦争に赴く。

 それこそ我が領内の誇るべき騎士団【ヴァイスリッター】の先陣を切って戦っている。

 この目の前で地面に倒れて動かなくなった私が、私の最後はこうであると言っているかのようにも思えて、寂しさを覚える。


「お嬢様は、もう少し後ろで常にどっしりと構えていてほしいものですが……」

「私は後方からの援護部隊だから花形の騎馬隊に比べたら安全圏だけども。マリニャンが突っ込んでいくのは領主としてどうなのかって、諫めるように進言が来てるのは確かだねー」

「もっと言ってあげてください。お嬢様が亡くなられたら誰がこのランページを率いると思っているのかと。それだけで暴動が起きてしまいます」


 流石にそれは言いすぎだと思う。

 それに暴動が起きても、ヨモギなら何とかしてくれる気がする。

 もっとも、私がいなくてもランページは回っているからこそ、気兼ねなく前線で戦えるのだけども。


「だから、後継者でも作ろうかと思っていたのだけどもね」


 ちょうど、落ち着いたということもある。私の血を引く子を作れば、私がいなくなってもその子がいる限り、ランページは安泰だから。


「……マリニャン……あんた、そういう理由で好きでもない相手と……」

「マオ。それは少し違うわ。元々婚約者なんだから」

「ぅ~ん。だとしてもやっぱりぃ、私はマリニャンがそういうのするの、いやだなぁ……」

「そうはいっても、ね……ありがとう、ミサオ」


 政略結婚とは言え、ランページを途絶させないための結婚でもある。そこに愛があるかは関係ない。

 だからこそ、そんな帝国の一領主とはいえ、大きな領土を持った領地の家門を途絶えさせない為の重要な婚姻だったのだけれども。

 そう言う意味で考えれば、それを、何も考えずにランページのお客さんに手を出して婚約破棄するというムールがとにかく許せないのは当たり前だ。


 思い出してみるとふつふつと湧き上がるムールへの怒りに、ランジュ家との交流を断絶すべきであるという考えさえ浮かんでくる。

 流石にそれは、領内に大きな問題を孕むから行わないけど。それでもそれくらい、怒ってもいいと思う。

 いまだ事の事態を理解していないムールはどうでもいいとして、ランジュ家そのものが数日経っても何も言ってこないこともまた腹が立つ要因でもあるのだけども。


「あーもう……こんなこと起きなかったら、きっと悩むことなかったのよ、本当に」


 ムール、許すまじ。

 怒ってないと思われていたかもしれない。そんなわけない。怒ってるのは確か。長年婚約者をしてくれた相手なのだから少なからず情はあるんだから。

 そう思うと、私は意外と婚約破棄を告げられたことに、心を痛めているのかも、なんてことも思ってしまう。


「あなた達。ドッペルゲンガーはこの二体だけ?」


 カンラがショートソードをちらつかせながら、腰が抜けて動けない二人の青ローブに聞いている。

 流石にもう一体いるとか言われると、精神的に自分の姿を殺したこともあって精神的に疲れる。


「さ、三体、です……」


 ……疲れる。


「さっきここで二体倒した。もう一体は貴方達の二人のうちどちらかしらね?」

「い、いや、違うんだ」

「もう一体は、この国に入る前に逃げました。だから、この国には持ち込んでいないんです」

「……危険性はないと考えたほうがいいかなー」

「そうね……」


 ドッペルゲンガーの問題はこれで解消できた。これで帰ることができそうね。

 賊狩りもなんだかんだで疲れる。森を探索して探し切るのも大変だ。後何人かはまだ残っているかもしれないけど、私達に狩られるほどに弱いなら、ヤットコ達を護衛として雇ってこの場に潜伏していたとすると、ヤットコももういないから壊滅すると思う。


「帰りましょうか。……あ、その二人は、証拠含めて情報も知りたいから伯爵邸に連れて帰りましょう。ミサオ、カンラお願い」

「はぁーい」


 ミサオとカンラが青ローブ二人を立ち上がらせる。

 とっととランページ邸に戻りたかったけど、ドッペルゲンガーの死体をこのまま放置というわけにもいかない。自分と同じ姿をした死体が魔物に荒らされるのも嫌だったので、分かりやすい所として洞窟を目印代わりに近くに穴を掘って埋めておく。自分達で埋めた場所が分かっていれば、証拠として掘り返すこともできるのでこの洞窟はいい目印だった。


 ……掘り起こされないことを祈るばかり。


 私達が倒した青ローブたちの仲間の死体を含めてそれらの後処理をした後は、賊狩りとドッペルゲンガー退治を終え、ランページ伯爵邸へと戻ることにした。






「……えー……」


 伯爵邸。そこに近づいてくるにつれて、邸内の前に停まるそれに、向かう足が進まなくなる。


「あれってぇ……」

「最悪ね」

「でも、この二人にしてみたら、幸運なのかもしれませんね」


 カンラが紐で絞って身動き取れなくなった青ローブの二人に声をかける。

 だけども二人も、顔が蒼褪めていることから幸運だとは思えていないらしい。


 そりゃそうよね。

 命からがら王国から何かしらの仕事してきて逃げてきて、帝国領に入ったと思えばランページから先に進めなくて。いつまで経っても飼い主たちが助けにもこなくて賊化しちゃってたわけなんだから。

 そんな状況なら誰だって自分たちは捨てられたとわかりそうなものだし。そうじゃなかったとしても魔物を連れてくるお仕事も失敗に終わってるわけだからなにされるかわかったもんじゃないだろうしね。



「なにか予定とかあったかしら」

「やんごとなき方の訪問なんて、予定は聞いてないけどねー」

「マリニャン、あの人に気に入られてたからぁ……」

「え」


 私が、気に入られていた?

 確かに学園時代や王城にいるときに、声をかけられたことはある。でも話もそこまで弾んだこともなければ、ただの挨拶程度という認識しかない。むしろ私は、苦手というか嫌い。

 向こうが話しかけてくるのも、あくまでフィン繋がりだと思っていたのだけども。



 伯爵邸の前に停まる馬車。それには大きく家門を現わす紋章が描かれていた。


 青の虎。



 それは。

  帝国の王

   帝王の子だけが使うことの許された紋章。


 黄金の虎の紋章は、この帝国の王である帝王のみが使うことを許された家紋。

 そして、その子らは色の違う虎の紋を使うことを許されていた。


 私の友人であるフィン――帝位継承権第四位のフィンバルク・フィルア・ジ・インテンス殿下は、第一王子として、赤の虎の紋を使うことを許されている。

 帝位継承権第一位、第一王女、エスリフィア・フィルア・ジ・インテンス。エスフィ王女は黄色の虎。

 帝位継承権第三位で権利の破棄をしている第三王子、エルト・フィルア・ジ・インテンスことエルト君は、黒、または紫の虎。


 そして青の虎は。


 帝位継承権第二位、第二王子

 カムシール・フィルア・ジ・インテンス殿下が使うことの許された紋章。


 その紋章が描かれた馬車が、私の家、ランページ邸の前に停まっていた。

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