伯爵は、自覚がない
「お嬢様。もしかして、本当に自覚がない……?」
「え、なんのこと?」
賊狩りも終わって、我が家であるランページ邸でやっとのんびりできると思った矢先の、この仕打ち。
学生時代でも王城に用があったときにも、そこまで交流が多かったわけではない第二王子――カシムール殿下の家紋のついた馬車が停まっていることに、違和感と危機を感じ取ったミサオとマオが、先行してランページ邸内へと向かい、私たちは邸宅の外――庭園で隠れるようにして待機していた。
おかしい。
私の家なのに、なんで私が堂々と家に入ってはいけないのか。
なんてことを考えてみたものの、今がそれだけ不可解すぎると言うことはわかっているので、見つかりにくそうな場所でカンラとのんびりしている。
流石に傍に青ローブの捕虜二人を連れているのも危険だと思ったので、先にカンラにルイン騎士団長のところに預けに行ってもらう。帰ってきたカンラがふと私の顔を見て言った失礼な言葉が、先の疑問。
自覚がない。
今の状況がおかしいという自覚はある。そこまで鈍感ではない。
「カシムール殿下がここに来た理由まではさすがに分からないけども、私にとって不利益なことが起きる可能性が高いことはわかってるわよ」
カシムール殿下。
顔はよし。短髪の金髪姿で熱血漢、と言えばいいのだろうか。
ちょっと思い込むとその通りに突き進もうとするのが難点ではあるけども、空回りしなければ王子としての資質はあるとは思う。
……ほんの少し、ふっくらとしてるけど。
ここ最近の醜聞はあるけども、それでも帝国のために動いている、という部分だけは評価するべきではないだろうか。
実際、中立国であり、王国との緩衝材でもあった、フレイ王国を無血開城している。一国を(見た目は)被害なく陥落させているのだから、そういうところから優秀さは滲んでいる、と思いたいところ。
そのせいで、ランページはフレイ王国の反乱の鎮圧に巻き込まれ、その間にモロニック王国の軍備増強を見逃してしまい、アルト・アイゼン平原への進出を許し、後々に影響が残り、普段の小競り合いから、大きな戦いへと発展してしまった、というところの結果は除きつつ、無血開城も、カシムール殿下と協力した、成功の立役者であるフレイ王国の継承権第二位の第一王子が反乱を抑えきれず、大きな火種となったことに焦って、すべてをランページに丸投げしランページ領内に組み込んで、結局ランページが反乱を治めなくてはならなくなり、余計にランページの護りを固めなくてはいけなくなった、というところを抜いて考えれば、である。
言葉だけで考えると、すごいことをやった、と思わなくもない。
また、異世界人の召喚――何を思ったのか、モロニック王国に半年以上かけて密偵を送り込み、事前準備の上、王国の最東端、【領都ヴィラン】の管理する大陸最大の魔境、【封樹の森】において、異世界から勇者を召喚する禁忌の術、異世界召喚を行い、見事成功し、帝国に異世界の勇者を連れてきたという功績もある。
ただし、本当は何十人と異世界召喚されており、その他の異世界人のほとんどが【封樹の森】の、私でさえ苦戦するであろう凶悪な魔物の餌食となり、たまたま逃げだすことのできた異世界人【マサト・インカワ】を帝国まで連れてきた、という隠し事や、そのおかげで王国に攻める口実を与えてしまい、ランページ領管理のアルトアイゼン平原に、フレイ王国の吸収ままならぬままに攻め込まれてしまったという結果、ならびに、勇者召喚なんてしたところで何の意味もないという事実と、その【マサト・インカワ】を、自分の姉であるエスフィ王女と、現帝王の許可なくかってに婚約成立させたりといった暴挙を行っていなければ、功績として称えられるのだろう。
……他にも。過去色々やってきた功績は、いい感じに世間に広められてはいるけども、知っている人は知っているこの失態に、帝国内ではそこまで彼に王位を求めている者が多いというわけではない。
だけども、
帝位継承権一位のエスフィ王女は、帝国南西の友好国、レンジスタ王国のキュア王子と相思相愛の婚約関係を結んでいたことから継承権は最終的に破棄する予定だったのに、マサト・インカワの婚約者として強制されてしまったがために継承権の破棄を行うべきなのか微妙な立ち位置に。勇者の血を帝王の血に組み込むのならば、尚更彼女と勇者が帝王の後継となるべきだとの声があがっている。
帝位継承権三位のエルト君は、帝国のダンジョン中層まで制覇し、【獅子帝】と呼ばれる冒険者として名を馳せている。本来であればもっとも次代の帝王となるべき能力を備えているのに、自分の上にいる王子王女を置いて自分が帝王となることをよしとせず、帝位継承権を辞退している。
そして帝位継承権四位のフィン。彼は、元々正妃の子ではない。よって、帝国貴族からも期待はされていない。下位貴族――男爵や子爵級には人気があるんだけどもね。上位貴族は、ほぼほぼ三人の派閥に集結している。とはいっても、ほぼカシムール殿下一強の状態。
そこに先の情報操作された印象があれば、彼が次代の帝王である、といっても過言ではない。
「だけどもねぇ……やっぱり、いい感じはしないわよね」
先の、功績とは言い難い功績の裏でランページがどれだけ被害を被ったのかを考えると、今もここに来た理由が、いい話ではない、という印象を思わせる。
その結果の今の、自分の家なのにこそこそとしなければならない、という部分に繋がっているわけだけども。
「……お嬢様?」
「え、なに?」
「……お嬢様……」
「え!? ほんとになに!? なんでため息つかれたの!?」
カンラに、呆れられた。
なんで、なんで!?
「私でも状況分かりますよ?」
「え、どういうことかしら?」
「フィンバルク殿下が、お嬢様の婚約を破棄した。学生時代から狙っていた爵位の高い、しかも自身が当主である美しい女性がフリーになった。そうなったとき、お嬢様だったらどう動きますか?」
「え、そりゃもう、すぐに婚姻前提で婚約するわよね」
そんな垂涎物の令嬢が転がってたら、飛びつくわよ。なんだったら、平民だって玉の輿狙いで来るかもしれない勢いよね。さすがにそんな命知らずはいないだろうけど。
……あ、いたわ。身近に。
「それです!」
「……え」
「お嬢様ぁ…………。お嬢様は、帝国でも一、二を争う領地持ち、ランページの現当主であり、婚約者のいない令嬢でもあるのですよ!?」
それ、私!?
私はまだ婚約破棄してないんだけど!?
「私の婚約はまだ――」
「ですから、婚約破棄は、フィンバルク殿下が絶対にするに決まってるじゃないですか……ああ、もう……このお嬢様はどうしてフィンバルク殿下のことをわかっていないのか……」
なんだか、私よりフィンのことを分かってる風なことをいうカンラに驚く。
でも、言われてみれば。もしフィンが――って時点でおかしいけども、私の代わりに婚約破棄の手続きをして、それが世間に知れ渡れば、私は引く手数多の優良物件になる。それもとんでもない、帝国一の物件ではないだろうか。
「えー、私どの人を選べばいいのか迷っちゃうわね」
「迷わずにフィンバルク殿下一択です!」
「だから、どうしてカンラはフィンをそこまで推すのよ」
そもそも、私とフィンはどうやっても一緒になることはない。
なぜなら、ランページが、帝王直系との婚姻をしないとしているから。
以前、帝王直系と婚姻をしたランページの令嬢がいたけども、その後からランページは政争に巻き込まれることになった。ランページという、巨大な領地とその資源を手に入れれば、帝王さえ無視できないほどの発言力に変わる。バランスブレイカーとも言えるその力は、政権にあってはいけない強大な力だから。
「フィンは、ないわよ」
だから、以降、ランページは中立を保つことにした。
私も当主として、帝国貴族のパワーバランスを崩さないためにも中立であることをよしとしている。
これは別に、ランページの我が儘であって、効力があるわけではないけども、代々ランページ当主がそうしてきているのだから、私もそうすべきだと思っているだけ。
だから、あまりフィンをオススメしないでほしいと言うのが本音だったりする。
彼、私の友人でもあるのだし、ね。
……
…………
……………………
「え。うそ。……まさか、カシムール殿下が、私と婚約しにきたってこと? ランページと帝王の迷惑無視して?」
「お嬢様……」
カンラの大きなため息に。
私は、カシムール殿下が何しに来たのかやっと理解した。
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