伯爵は、ドッペルゲンガーをさくっとしてみる


「みつけたっ! そこ! マオ!」

「あいよー」


 私が指さした先に動く影。

 そこに向かってマオの弓から放たれた矢が、辺りの木々をまるで意志をもつかのようにすり抜けながら突き刺さる。


 叫び声があがると、ばたりと倒れた影。

 声からすると、恐らく男性。

 ささっとミサオが走っていって、槍を追加で突き立てる。



「これで何人目?」

「大体六人目ってところですね」

「……なんというか、あまりいい気分ではないわね」

「おやー? 泣く子も黙るランページ殿が、賊の討伐に心を痛めておられるー? まるで鬼の目にも涙」

「無抵抗、というわけでもありませんが、逃げた相手を追い詰めて殺しているわけですから。人狩りのようにも見えてきますね」

「そこ。そこがやっぱりいい気分ではないわ」

「じゃあ、全員捕らえる?」

「どれがドッペルゲンガーか分からないから。もう、やるしかないわ」








 時を遡ること、数十分前。


 洞窟を出てすぐに接敵したのは不幸なのか幸運なのか。


 青ローブで顔を隠した着た十名の男女とばったり遭遇。


「あ……ら、ランページ!?」

「な、なんでここに!」

「まさか、私達を捕まえ――違う、殺しに!?」


 そのうちの数名が私のことを知っていたことが不幸の始まりだったのかもしれない。

 主に、向こう側の。



 青ローブ――それはインテンス帝国の中でとある部隊が好んで着用する特殊なローブである。

 背中にインテンス帝国の象徴、虎の家門。帝王は金の色をした色の門が使われていて、各関係者ごとに識別の為色が付けられ、それは派閥の色としても使われている。

 インテンス帝国の帝王の家門である虎の門で青と言えば、第二王子、カムシール・フィルア・ジ・インテンスの色門。ちなみにフィンの色門は赤。


「……あなた達。カシムール殿下子飼いの密偵ね」


 なぜこんなところでも自身の派閥の色を使って潜伏しているのか理解に苦しむ。

 やるなら自身に害のある派閥の色とかにして悪評を巻いたほうがよっぽど効率的だとは思う。けど、彼らはそんなことをしたくて潜伏していたわけでもないのだろう。


「お、俺達は、ランページに危害を加える気はない!」

「危害という話で言うなら、もうランページ領の霊峰の森に潜伏している時点で何も言えないですね」

「ぐっ……王国で任務を終え、これから帝都に戻るところであって、その途中だ」

「ランページはねぇ……そういうのもよぉくわかってるのぅ。あなた達はぁ、王国から魔物を密輸したでしょぉ?」

「そこまで分かっているのか。……に、逃がしてはもらえないだろうか」

「捕まえて、とは言われてないし殺してとも依頼はされてないけども。……でも、王国側で何をやってきたのか教えてもらえるのなら、殺しはしないけどね」

「わぁ、マリニャン、悪党みたいなこと言ってるぅ」

「どっちが悪党なのかと言われると、向こうなんだけど」

「向こうからしてみたら私達が悪党。なるほど、どちらかで客観的に見るか、ねー」


 なんかすごい酷いことを言われている気がする。

 とりあえず、咳払いをして、改めて青ローブたちに聞いてみる。


「あなた達が密輸した魔物が問題なのよ。その魔物はいまどこ?」

「エルダーウルフのことか」

「エルダーウルフ? まさかと思うけど、王国の【封樹の森】から?」


 こくりと頷いた青ローブに、呆れてしまう。

 【封樹の森】は、全容の知られていない魔境である。魔境の奥では絶えず魔物同士の争いが起き、凶悪な魔物が生まれ続けているという。

 その森の魔物の脅威度は、大陸で現れる同一魔物でもワンランク上だと考えるべきだと言われるほどである。

 そんな森から、一般的にCランクに該当するエルダーウルフを連れてきた。であれば、その魔物は、その共通認識から考えれば、Bランク相当の魔物ということになる。


 ……環境破壊でもするつもり?

 道理で、洞窟に入る前にエルダーウルフの下位にあたるキラーウルフが大量に襲ってきたわけね。

 そのエルダーウルフがこの森で繁殖なんてしようものなら、【霊峰の森】の脅威度が全体に跳ね上がるってことも、よく分かっていないのかもしれない。


 そうなると、


「それはそれで大問題だけど、それとは別に他の魔物も連れ込んでるよね?」


 ドッペルゲンガーがいる森で、このように接敵したということも、理解できていないのだろう。


「あ、ああ……ドッペルゲンガーか」

「そう、そのドッペルゲンガー。それが誰の指示で密輸して、その結果どういうことが起きるのか、わからないあなた達ではないでしょう?」


 そう言うと、私達は武器を構える。向こうも慌てながら武器を構えた。


「ま、まて。ドッペルゲンガーかどうかを確かめる」

「それを私達が確認出来る術がないのよ。ドッペルゲンガーだろうがどうだろうが、私達からしてみれば、貴方達は領地を脅かす賊でしかないわ」


 こういうことである。

 ドッペルゲンガーが一体でも紛れている可能性があるなら、こういうことが起きるのである。これが、この魔物の最も怖い所だ。


「くっ。全員逃げるぞっ!」


 そう言うと、一斉に別々の方向へと逃げていく青ローブたち。


「これは……うん、ちょっと面倒かもね」

「顔を覚えてドッペルゲンガーに集中しつつ、各個撃破していくわよ」

「りょーかい。ってなわけでー、まずは一人目ー」


 マオの引き絞った弓から矢が放たれ、賊狩りが始まった。






 そして今。


「八人目ぇ……今のところ、同じ顔したのはいないねぇ」


 記憶力のいいミサオが、とどめを刺してまた戻ってくる。


「そろそろ出てほしいところだけども……」


 残り数人。本当にこれだけで終わりなのかと、もし接敵した時の相手がそれ以上他のところでも活動していたとすると、かなり面倒なことになる。


「――う、うわぁぁっ!?」


 遠くから叫び声が聞こえる。

 皆が一斉に動いて現場へと向かうと、そこには四人の男女がいた。


 二人の青ローブ姿の女性が二人の男女に襲われているところだった。

 襲いかかる二人を見て、唖然とする。


「はーはっは! ついに見つけたぞ! この冒険者パーティ【トット・ト・イケ】のリーダー、準男爵のヤットコ・デ・ヒラ様が引導を与えてやろう!」

「……ランページに仇なすなら、容赦はしません」


 私こと、マリーニャ・ランページのそっくりさんと、相棒の如く私の横で腕を組んでいる、先ほど私達が洞窟で倒した、ヤットコがいた。


「……とりあえず、あの二人は助けましょう」

「そうですね……でも、まさかよりにもよって、お嬢様の姿になるとは……」

「ま、まー。分かりやすいからいいんじゃない?」

「とりあえずぅ。こっちのマリニャンが本物かだけ確認しておこうよぅ」

「え」


 今までずっと一緒にいたのに疑われる。

 そこに驚きを隠せない。


「そうねぇ……あ、そうだ。マリニャンさ、学生時代にフィンに誕生日を祝いたいって言われて、二人でカップルに人気な喫茶店に行ってたよね」

「カップルに人気かどうかは知らないけど、行ったかもしれない」

「あー、お嬢様がフィンバルク様からネックレス頂いていましたね」

「そのネックレスぅ……確かなくてしてたよねぇ」


 しゅっと、話しながらマオの矢がヤットコの足元に突き刺さり、ヤットコが驚いたところに、ミサオの槍が振るわれて首が飛ぶ。


「あのネックレス、実は私の家にある」

「はぁ!? なんでよっ」

「マリニャンが私に渡したまま忘れたからよ」

「お嬢様……」

「フィン……かわいそぅ……」


 ねぇ、みんな。

 私になにか恨みでもあるのかな!? 暴露大会になってるよね!?


 私のどこにも向けられない怒りの矛先は、自然と私に化けたドッペルゲンガーに向けられ、ここに賊討伐は終結した。

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