伯爵は、賊をさらっと倒してみる
洞窟の中は蒸すような気配があった。だけども内部に入っていくにつれて、どこか別のところに通じているのか、それとも通気口でもあるのか、ほんの少し肌寒い程度の寒さへと変わっていく。この寒さは周りの薄暗さも相まっているのかもしれない。
互いに場所がバレてしまうことも考慮しながらほんのりと辺りを照らす程度のランタンの光を伴って進んでいた私達。
時折分かれ道はあるものの、ごつごつした岩肌と排除できなかったのか大岩などが通路にそのまま置いてあったりと、自然の穴を適当に拡張したような、人口的にも作られたと思われる洞窟の中を、覚えられる程度の道のりを警戒しながら進んでいると、
「お嬢様方、あちらを」
洞窟の中は、静けさもあるからか声が反響しやすい。普段より小さな声で少し前を先行していたカンラが私に声をかけてくる。聞こえない時のために手招きも一緒だ。私はかろうじて聞こえているけども、私の後ろを歩くミサオとマオには聞こえないだろうと思っての配慮だと思い、律儀だなぁなんて思いつつ、大岩に隠れているカンラへと近づく。
大岩から向こう側――曲がり角に光が見える。
拠点として賊が使っていることが諸分かりだった。
むしろ岩壁にランタンがかけられていたりしているので、ここから先は明かりは必要ないと判断してランタンの火を消した。
「ミサオ、何か聞こえる?」
耳のいいミサオが、反対側の大岩に隠れながら様子を伺う。
ふと思えば、先ほどこの岩は開通途中で大きな岩すぎて排除できなかったのかと思ったのだけれど、これ天然の要塞替わりなのね。左右に大岩を配置して、いざとなったらここで徹底抗戦できるように侵入口を狭めて壁にも使うといった感じかしら。
「ぅ~……多分、五人、いると思うよぅ」
「五人。他にはいなさそう?」
「多分ぅ……奥がどうなっているか分からないからぁ……潜んでいる人もいるかもだけどもぅ……」
少なからず活発的に動いている相手は五人。
それぞれが賊だとして、その中に件の標的――元モロニック王国準男爵ヤットコ・デ・ヒラがいるなら儲けといったところね。
「お嬢様、突入しますか?」
「そうね。いつも通りのパターンでいいかしら」
「畏まりました」
カンラはそう言うと、鞘からショートソードを抜いた。ミサオの横で同じく隠れるマオに合図をすると、二人は顔を見合わせ頷き、大岩の先へと進んでいく。
曲がり角へと走って身を踊りだした。
「ぉ!? おい、なんだ!?」
「て、て――ぎゃっ」
男の声が数回。それぞれが突如現れたカンラに驚きの声を上げている。
その後ろから身を乗り出したマオが弓矢を五本まとめて放つと、小さな悲鳴と倒れる音が数回聞こえた。奇襲の成功を確認すると、すぐに二人の前へと走り、状況を確認する。
「て……てめぇ!」
そこには三人。
マオの弓で肩、腕、足を射られて地面に膝をつき、または壁に寄りかかる屈強そうな男たちがいる。ミサオが言っていた五人の内二人は、すでに事切れて地面に倒れて血の海を作り始めていた。
「ヤットコ・デ・ヒラ、というのは誰かしら」
「あ? な、なんで俺の名前を……まさか、王国の暗殺者かっ!?」
肩を射られて壁に寄りかかった筋肉隆々の男が反応する。あれがヤットコね。
王国から暗殺者が仕向けられるほどのことでもしたのかしら。準男爵……平民が?
それこそ王族を殺したとかじゃない限りそんなことされないんじゃないかしら。ああ、その場合は公開指名手配かしら。
「暗殺者?……何をしたのかは知らないけど、私たちはランページの者よ」
「ら、ランページ……? じゃ、じゃあ、なんで帝国が俺を狙う!?」
「あなた達がランページに不法滞在して賊化してるからね」
「は、はあ!? 俺は依頼でここに来ているだけだ!」
「依頼?」
じりじりと後退するヤットコ。残りの二人も、左右にある別の道へと逃げようとしている。
「逃がさないよー」
マオの弓がかつんっと左右の道へ逃げ込もうとしていた二人の足元に刺さる。
元々深く矢が刺さっているのか動きが鈍い二人だったのでそれだけで動きを止めることができた。
「俺は帝国から依頼を受けてドッペルゲンガーを運んでいるだけだ!」
「……本当らしいわね……」
「その魔物はどこにいるのかなぁ?」
ミサオとカンラが左右の男に近づいていく。ヤットコは逃げ道がなくただ後ろへ下がっていくだけ。左右の道に件のドッペルゲンガーがいるのであれば注意は必要だけども、いるような気配はない。
「……逃げた。だから今総動員して探しているんだ」
「……は?」
ドッペルゲンガーを、逃がした?
どこに? 森の中に?
「え、それ、処罰対象じゃん」
マオが呆れたような声を出した。
その隙を見て逃げようとした左右の男たちが、ミサオとカンラの手によって切り伏せられた。
洞窟に残るのは、ヤットコ一人のみ。
「まずいわね」
「どうする? マリニャン」
「……私達も探すわよ。その上で、ドッペルゲンガーは見つけ次第処理。賊も一緒に処理しましょう」
「カシムール殿下の密偵も紛れ込んでるみたいだけど?」
「……大事な情報を持っているならすでに帝都にいるでしょ。今残っているのはいらないと判断された結果でしょうから、不慮の事故で処理」
「りょーかい」
とか言ってみたものの。どれがドッペルゲンガーか、分からないからね。
私たちが変わられたのならすぐにわかるんだけどね。
「急ぐわよ。街に入り込まれたりしたら大変なことになる」
「こいつはどうするのぉ?」
ミサオが槍の切っ先をヤットコに向ける。後少し押し込めばそのままさくりと行くような状態で、ヤットコも恐怖の表情を浮かべていた。
「お、俺は、俺は、準男爵だ! 俺を殺したら王国が――」
「いや、準男爵って、名誉平民よ? 貴族でもないわね。それに元でしょ? 冒険者証も名誉爵位も剥奪されてるって聞いてるわ」
「うっ……なんで……」
「王国側から処分するよう依頼が来ているから。ミサオ」
「はぁーい」
さくり、と。ミサオが躊躇なく槍を突き出した。
首に突き刺さった槍はそのまま背後まで貫通。一瞬何をされたのか分からなかったのか、口から泡のような血を吹き出し驚きと苦悶の表情を浮かべた。ミサオが槍を引き抜くと喉を抑えながら地面にそのまま倒れてびくびくと動いた後動かなくなる。
「……ねぇ、このヤットコっての。王国で何やったのかしらね?」
「さあ? 調べる?」
「一応調べたほうがいいのかなぁ……あ、カンラは帰ったら処理したことをルインに報告して、ルインから王国に伝えてもらってね」
「承知しました」
冒険者としてやってきたとはいえ、賊となったらこんなものね。
自分もランページに生まれず、平民として冒険者になっていたらこうなってたかもしれない。そう思うと、少しだけ不憫に思えた。だけど、ランページの治安を乱すようなことをした他国の冒険者なんて処罰されても仕方ない。
冷たいようにも思えるけど、私のランページのために、そんな甘いことは言っていられない。というか、そうじゃなきゃ戦争とかやってられない。
左右の洞窟の先に何もないことを確認していたカンラに声をかけ、私たちは死体をそのままに。
次は外に出たと思われるドッペルゲンガーと、それを追いかけている残党の処分。
まだまだ時間はかかりそうだわ、と思いながら洞窟の来た道を戻っていく。
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