伯爵は、洞窟の中へ突入する
森で二人ずつ交代で夜を過ごして一泊。
「んー、すっきりしたぁ」
久しぶりの夜営。魔物避けを四方に張って焚火を囲んで積もる話をした私は、すっきりした気分で目覚めることができた。
色々鬱憤も溜まっていたのかもしれない。
思いっきりミサオとマオにぶちまけて、二人が先に寝た後は、カンラともいろんな話をした。ミサオとマオには婚約破棄における愚痴ではあるけども、カンラにはそんなことを話したわけじゃない。カンラとは魔物に警戒しながら、この森に出てくる魔物や、帝都近郊で狩りができなかったので久しぶりに体を動かせてうれしかったことなどを話していた。
「あれだけ話してたらすっきりするよぅ」
「どーんだけ溜まってたよー」
「お嬢様は溜めるの好きですから」
「マオ、カンラ、言い方言い方。だけど本当に運動もできなかったから大変なのよね、帝都って」
帝都近郊でも魔物は出る。
どこにでも魔物は出るけども、流石に領内をパトロールしている騎士団等がいて、常に魔物狩りがされていれば出会うことも滅多にない。魔物だって人が好んで徹道等に現れたりなんてしないのだから、もし帝都で見つけるとしたら、ちょっと離れた森等に行かないと魔物に早々出会うことはないだろう。
そんな時間もほとんどなかった、というところが本音だったりする。
「そういえば、マリニャンが今回帝都に行ってたのって、王城に用があったからなんだっけ?」
夜営を片付け霊峰の森を探索していると、私が帝都に出向いていた理由をマオが聞いてきた。
森林険しくなり、魔物の抗争か木々が折れたりしていて前方視界も悪くなってきたところだった。警戒したほうがいいのだけれど、魔物の気配は感じられないので話をしながら歩くことにする。
警戒はカンラが行ってくれているしね。
「そうそう。帝王が具合が悪いから顔を見せに来いって話でいったのよね。いつ呼ばれるかわかったもんじゃなかったからタウンハウスと王城を行ったり来たりよ」
「そりゃご愁傷様。……王様、具合が悪いの?」
「みたい。結局会えなかったけど」
「えぇ~、じゃあなにしにいったのぅって話だよねぇ?」
「その代わり、嫌な相手には会ったわ」
たまたま、というには頻度も高かった。何度か王城に顔を出さなければならず、その度に顔を合わせる。それこそ、私がくることを知っていたかのように。
……思い出すだけでも嫌な気分になる相手。
「カシムール殿下ぁ?」
「正解」
カシムール・フィルア・ジ・インテンス。
フィンの弟にあたる、次期帝王にもっとも近いと言われている男。
「あ~……カシムール殿下、マリニャンを見る目、おかしいものねぇ」
側妃を母親に持つフィンとは違って、正妃の子のため、フィンの方が先に生まれてはいても正妃のほうが帝位継承は上である。だけども、元々の自分の意見を強行して失敗したことが蓄積して継承権を一度剥奪されそうになってたところを、フレイ王国を無血開城させたことや、少し前に『封樹の森』で異世界召喚に成功して一人の勇者スキルを持った異世界人を帝都に連れてくることに成功した功績と、正妃が侯爵家出で側妃は伯爵家出のため、後ろ盾も強いことも相まって今では次代の帝王と言われている相手だ。
というより、フィンが帝位継承に興味がないから、ってこともあるのかもしれない。
ひいき目にみても、フィンのほうがすべてにおいて優秀だからね。うん、友人目線。
「マリニャンとしては、フィンとカシムール殿下という二人の帝位継承する可能性のある殿下達から求愛を受けているわけだけども。どっちが好み?」
「求愛を受けた記憶はないけど」
「えー……。フィンが可哀想」
「だからなんで――」
「――二択がだめならそこにエルト殿下もいれるー?」
「なんで、ここでエルト君が出てくるのよ」
「王族縛り?」
「縛らなくていい」
「じゃあ、最初に戻って。フィンとカシムール殿下から受けたと仮定しよー」
「フィンね」
「フィン、よかったねぇ……」
即答したらミサオに泣かれた。
見た目も、ちょ~っとフィンには勝てないからね、カシムール殿下は。動きが鈍そうな体格だし実際運動は苦手。冒険者で賑わうランページでは生きていけないわね。背は低くて、ドワーフの血を引いてると言われてもちょっと納得しちゃうかもしれない。さすがに髭は濃くないし、器用でもないけども。
「お嬢様方……」
森を歩きながら話していたところを、窘めるようにカンラに声をかけられて口を閉じる。
カンラが手頃な岩石に背をつけ、前方に注意を払っている。
片手の二本指を自分の目を指し、その指を前方へと。まるで「その目で向こうを見ろ」と言っているようだけど、本当にそう言いたいんだと思う。
「洞窟があります。先程そこから数名、人が出入りしました」
それは、本当に早く言ってほしかった。
女性が三人寄れば姦しいというくらいなんだから、もう少しで誰かが大きい声出すところだったかもしれない。
同じく近くの大木に隠れたり岩に隠れたりしながら前方をみると、森林のない拓けた場所が見えた。岩肌があることから、もしかしたら霊峰の始まりなのかもしれない。
「……入りますか?」
「カンラがすでに人を見たなら、もう賊が拠点にしているであってるでしょ」
「だねー。私は突入に一票」
「私もー」
マオとミサオの票が入る。カンラをみるとこくりと頷き三票。
「じゃあ、いくよ。……カンラと私が先頭。みさおはその後ろを。マオは背後を警戒しながら付いてきて」
腰の長剣を抜剣すると、それぞれが得物を構える。
「これから、賊を片付けます。魔物を操っているという情報もあるから、注意が必要ってことよね」
「私達【王子様の親衛隊】にかかればよゆーよゆー」
「そういう油断で私達がくっころさんになるんだよぅ」
「今のうちに練習しとく?」
「言わないように頑張るわ。ちなみに、カンラが言ったら一番似合うわね」
「ちなみに私はフィンバルク殿下一択です」
「……なんの話?」
「お嬢様のお相手の話ですね」
その話はもう終わってなかったかなカンラ!?
涙を流しながら「よかったねぇ、フィン。応援してくれる人いたよぉ」と言うミサオを見て、どうしてみんなしてフィンを推すのかと不満に思いながら、私たちは洞窟へと進む。
一方。
その頃のフィンバルク。
「くしゅんっ!」
「うわっ、フィン兄さん、汚いなぁ」
「あー。すまないな、エルト。誰かが私の噂をしているようだ」
私の背後に気配もなくいきなり立って声をかけてくるのはいつも通り。
思わず手に持った大事な書類を落としそうになってしまったものの、慌てるわけでもなく、私は背後にいるエルト・フィルア・ジ・インテンス—―私の弟、エルトに声をかける。
しかし、愛しの兄をして、汚いとはいったいどういうことだ。
「お兄ちゃんは悲しいぞ」
「言ってる意味分からないけども」
「私、そんなに汚いか?」
「……はいはい、フィン兄さんは綺麗だよ。十分に。……変な意味じゃないよ?」
ならよかった。
汚いままでマリーニャに会うのもいやだからな。まさか私が汚いと言われるなんて思いもしなかった。
手の中にあるこの書類。
この書類を渡しに行くのも相まって、マリーニャの前では相応しい姿であるべきであるからな。
「……フィン兄さん、ついにやったね」
「ああ。やっとここまで辿り着いたよ」
「だけどいいのかい?」
「何がだい?」
「いや、ほら。カシム兄が、ね……」
「ああ……」
前々から気になっていたことが、ついに浮き彫りになった。
カシムールは、マリーニャを欲している。
「正しくは、マリニャンではなく、ランページを、だな」
昨今の失敗と、今回の大失態――異世界召喚。
そして知らぬ間に連れてこられて世間に公表された【マサト・インカワ】という異世界人の帝国での保護。
私達の父親である現帝王は、長年続く帝国と王国の争いの激化に悩んでいた。そんななかでの、今回のカシムールの、帝国、ひいては帝王の意志なく行った暴挙に、病が悪化して床に伏している状態だ。
当たり前だ。
王国でもっとも屈強と名高く、そして王家の忠実な【剣】である領都ヴィランの管理下にある【封樹の森】で禁忌とされる異世界人の召喚を行ったのだ。
まだ帝国と戦う王国の相手が【盾】だけであればランページだけでなんとかなる。
そこに【剣】さえ介入させる口実を与え、戦争を激化させるきっかけを作ったのだ。
このまま侵攻されれば、ランページが保有するアルト・アイゼン平原が王国領土と変わるだろう。
そうなれば、この国は恐らく王国の侵攻を防げなくなる。
ランページだけでこの帝国は東国から身を護っているようなものだからだ。
それを分かっているからこそ、王国と和平を結ぶ準備をしていたのに、カシムールのおかげですべてが台無しだ。
憤怒に倒れないわけがない。
「いや、それもそうなんだけど」
「ん?」
エルトが、私の、「カシムールがマリーニャを欲している」という言葉に微妙な反応を示していた。
「違うのか?」
「いや、違わない」
「じゃあなんだ?」
「向かったよ?」
「……誰が、どこに」
「カシム兄が。ランページに」
何しに?
思わず、自分の手に持った書類を見てしまう。
「いや、婚約破棄したから。フリーになったマリーニャ姉を迎えに行ったよ。婚姻届けもって」
……
………………
…………………………
「そ、それを早く言えぇぇっ!」
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