伯爵は、森を進む


 ヨモギが優良物件だったことを知った数日後。


 私達、冒険者パーティ【王子様の親衛隊】は、王子様不在の代わりに、私の護衛騎士のカンラをパーティに入れて賊探しを行うことにした。


 アルト・アイゼン平原の北方。マオの実家、ウィンザード子爵家が管理するアルト・アイゼン平原の終わりに位置する森林地帯――霊峰のお膝元に広がる森の中に賊が隠れ住んでいると聞いた私達は、現在霊峰の森の中を突き進んでいた。


 そこで出会うは魔物の群れ。

 アルト・アイゼン平原でも見かけることはあるけども、定期的に平原をランページ家騎士団ヴァイスリッターが巡回しているのでそこまで多いわけでもない。


 だけども、森の中に入るとまた違ってくる。

 そこは冒険者ギルドが魔物を定期的に間引くよう常時依頼をしている霊峰の森である。

 話に聞く、モロニック王国の東に広がる世界の終わり、【封樹の森】に出てくる魔物より強くはないけども、それでもここは帝都の中でも一、二を争う危険地帯とされている。


「あ、カンラ、背後危ないわよ」


 目の前の魔物を切り捨てると、正面の狼型の魔物――キラーウルフに集中していて背後を疎かにしている私の護衛騎士のカンラに注意を促す。


「あ、え。しま――」


 私の声かけに背後の敵に気づき、躱すも、体制を崩したカンラに迫る別個体のキラーウルフ。その眉間にさくりと矢が刺さってカンラの横を通り過ぎていく。


「油断大敵」


 後方にいるマオの弓矢だ。

 まー、この後方支援があるから、私はそこまで焦ってはいなかったわけだけども。それに、カンラの装着している我がヴァイスリッターが誇る白銀の鎧は、キラーウルフ如きの牙が二、三度刺さっても致命傷になるようなヤワな鎧ではないからね。


 私がのんびりと体勢を崩したカンラに手を貸し立ち上げていると、背後からマオの弓矢が何矢か飛んでいく。

 綺麗な弧を描く矢は、私達に襲い掛かろうとしていたキラーウルフに次々と刺さっていく。


 まー、この安心感があって信頼できる弓の広範囲の援護があるから私たちはのんびりもできるわけだけど。


 それと――


「カンラちゃぁん、ちゃぁんと周りみて戦わないとねぇ」



 間延びした声と共に、何匹もの魔物が二つに裂ける。

 ミサオの長槍の真一文字の一閃がもたらす一撃は、キラーウルフの群れに恐怖を与えるのに十分だった。


「ミサオも気を付けて戦いなさい。一撃振ったら動き鈍くなるんだから」

「はぁーい。でもぅ、それは改善するように頑張ってるんだよぅ」


 戦場でミサオの声を聞くと、ほっとするような気が抜けるのか。少なからず先程までキラーウルフに襲い掛かられて緊張が走っていたカンラの体をほぐすことには役に立ったらしい。


「ありがとうございます。しかし、お嬢様の護衛として失態をお見せしましたね」

「誰だってそんなもんよ。私もさっきマオに援護してもらってるし」

「いえ、お嬢様の護衛ができてないと、私はルイン騎士団長に叱られてしまいます」


 ……あれ? 私の護衛できてないってことよりもルインに怒られることのほうを怖がってる???


「ルインに怒られる方が怖い、と? 私を護るより? あれ、あれ? 私の護衛よね?」

「お嬢様、私より強いですよね? 護衛必要ですか?」

「カンラ、それ本末転倒」


 襲い掛かってきたキラーウルフを突き刺し地面に叩きつける。ぐいっと剣先の傍に足を乗せて引っこ抜くと、キラーウルフはびくりと一瞬体を震わせて息絶えた。


「カンラも十分強いでしょ?」

「お嬢様ほどではありませんが。それでも弱いなりに壁にでもなってお嬢様は護りますよ」


 私を護るのは臣下として正しいのだけれど、でもやっぱり自分のせいで、とか思いたくはない。できれば誰も死なないでほしいのだけどもね。


 モロニック王国との小競り合いという言葉によって小規模と思われている今までの戦争においても、何人も騎士団の仲間が死んでいった。

 共に切磋琢磨した仲間が死ぬ。戦争という特殊状況下においては仕方ないことだけれど、やっぱり悲しいものは悲しい。

 だからそう言うことは言ってほしくはないのだけどもね……。


「キラーウルフ……多かったねぇ」


 カンラが続けて一匹斬り倒すと、辺りはやっと静かになった。

 重そうな槍をどすんっと地面に石突つけてからのんびりした声をだすミサオを見て、やっぱり安心できるとほっと一息ついて武器を鞘に納める。


「どうやら、本当にヨモギが言っていた情報が正しいかもしれないわね」

「あー、モロニック王国からの脱走者の……なんだっけ。ハムスターみたいなパーティ名みたいなの」

「元C級冒険者パーティ【トット・ト・イケ】のヤットコ・デ・ヒラ。ちなみに、準男爵だったみたいよ」

「そうそれ。そのヤットコがこっちに持ち込んできたっていう、ドッペルゲンガーのこと?」

「普段いない魔物の出現に、森の魔物が慌ててるのかもしれないわね」



 ドッペルゲンガー。

 人の姿を真似てひっそり町中に隠れ住み、人を食べる魔物。

 それがドッペルゲンガーだと分かればそう強くない部類のため、冒険者ギルドではC級程度の冒険者でも討伐可能とされている。だけども、これがパーティの中に紛れ込んだりした場合には少し変わってくる。

 よくある話として、ちょっとパーティとはぐれた冒険者仲間が同時に同じ姿をして現れ、どっちが本物か分からず混乱している間に、言葉巧みに本物を仲間達に倒させてパーティに入り込むというくらいの知恵を持った魔物だ。

 仲間を自分たちの手で殺してしまったことによる罪悪感と後悔、そこから更に疑心と崩壊へと繋げていく狡猾な罠。じわじわと真綿を締めるように冒険者を少しずつ食べていく様は、かなり醜悪だと聞いたことがある。


「さて、と。念のために。一応やっておくわよ」


 ヤットコがモロニック王国から脱走した際、どうやって操っているかは不明だけども、どうやら魔物を何匹か帝国に連れ込んだらしい。そのうちの一匹がドッペルゲンガー。

 それがヤットコを確実に処分してほしいという王国からの依頼に繋がる。


 なぜそんなことをしているのかは不明だけれども、帝国に危険を冒してまで連れ込んできたのは、きっと帝国から依頼があって引き連れてきているんじゃないかしら。

 敵国である王国がこちらに依頼してきたことから、そちらに送ったのだから自分たちの不始末は自分たちでやれとなんとなく言われてる気がする。


「最近の私の出来事の一位はわかるかしら」

「婚約破棄されたことぉ?」

「フィンバルク殿下がお嬢様と二人きりで馬車に乗って愛の告白してたことですか」

「え、ちょっと待って。それ詳しく。でもついにフィンが動いたかー。遅かったわね。書類を意気揚々と王城にもっていってそうね」

「そんなことされてないわよっ!」


 ドッペルゲンガーとこれから戦う可能性を考え、私達は定期的にこのように確かめ合いを行っている。

 ドッペルゲンガーは、その場にいる相手のことしかコピーができない。

 よって、今この場にいない、フィンという相手の情報をドッペルゲンガーは知るはずもなく。それでいて、その情報がないから陥れることはできない。婚約破棄されたってことも、上辺だけでは知りえない情報だしね。

 あくまで、その場にいる誰かを使って陥れることを行うことが分かっているので、フィンの名前で盛り上がれるみんなはドッペルゲンガーではないことが分かる。という寸法。

 なお、ミサオもマオもフィンとは友人なので気軽にフィンと呼ぶ。この場でフィンと呼ばないのはカンラだけ。

 そこでもドッペルゲンガーではないことが証明される。


 もちろん、誰も戦闘中に戦列を離れてもいないから念のためなんだけどね。


「馬車で二人きりだったのは確かですよね?」

「そりゃまあ……あったけど」

「おー。そこでついに愛の告白を」

「されてない」

「では、タウンハウスに届いたあの熱烈な花束は?」

「花束ぁ?……もしかして、ガーベラの花束ぁ?」

「……よく知ってるわね」

「だってぇ。どれがいいかってフィンに聞かれたからぁ」

「ミサオが犯人だったのね」

「それでフィンにときめいた、とー?」

「なんでみんなしてフィンと私をくっつけたがるのよ。フィンとは友人以外のなにものでもないってば」

「……」


 みんながぴたっと動きを止める。

 一斉に呆れたようなため息をつきながら、


「マリニャン……」

「お嬢様……」

「フィンが可哀想ぅ……」


 と、頭痛がしているかのように額を押さえる仕草をした。


 ……あれ。おかしい。

 もしかして私以外、全員ドッペルゲンガーじゃないだろうか。

 じゃなかったらこんなに責められない気がする。

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