伯爵は、優良物件を見つける

「――ってことが大体の領内の出来事かな」

「トレーニー家とウィンザード家に任せておけば、北方と西方は大丈夫そうね」

「帝都から帰ってくるとき、トレーニー領を通ってきたんだよね、何かおかしなところなかった?」

「久しぶりにおじさん達に挨拶しにいったけど、その時も普段と変わりなかったわ」

「……ランジュ家の横やりは?」

「特になさそうね。むしろランジュ家との付き合いをやめたみたいよ」

「あー……姉さんの婚約破棄騒動か」

「……あんたももう知ってるのね……」


 相変わらずの、簡潔に要点をまとめた資料に口頭でのやり取りで補足しながらの説明を受けて、ここ半年ほどで起きた領内のことが粗方理解できた。

 ランページは東方地区と南方地区以外は寄子貴族に任せている。北方はマオのウィンザード子爵家、帝都のある西方はミサオのトレーニー子爵家が領地を預かっていて、南方と東方はランページ直轄地となっている。南方は旧フレイ王国地も併合しているので寄子では任せられず、東方はモロニック王国との戦場地となるアルト・アイゼン平原があるので直轄となる。


 ウィンザード家は、主に北方に控える大国との交易と霊峰と呼ばれる大山周辺の森等からの魔物の被害を抑え、トレーニー家は帝都並びに帝国内部の領地との商売と情報管理を行ってもらっている。


 私の「まだ」婚約者である、ムールのランジュ伯爵家は、西方――トレーニー子爵家の更に向こう。ちょうど帝都とランページの間に位置する領地を管轄している。帝都と領地が繋がっているわけではなく、帝都とランジュ伯爵家の間には侯爵家が一つあるから帝都とそこまで密な関係というわけでもないのだけども。


 今にして思うと、ランジュ家ってどうしたいのかしら。

 ムールとの一件が何事もなく終わり、私とムールが婚姻したとして。ランジュ家とランページ家が親戚繋がりとなるわけだけど、そうなったとしてもランページは今まで通りであって、変わらずモロニック王国をけん制し続けるだけだと思う。

 例えば、ランジュ家が帝都と領地続きであれば、反乱を帝国に反乱を起こしたときにランページから挟撃されないために婚姻関係を結んだと考えてもいいけど、帝都とランジュ家の間には侯爵家がある。そこを突破しない限り帝都にはたどり着けないから兵力差的にも家格的にもジリ貧。それに、その場合、恐らくランページ家はランジュ家より帝都を取るのでランジュ家には全くうまみがない気がする。


 広大な土地を手に入れたかったとしたとしても、自分の領地より倍以上の領地を手に入れてすぐに管理できるかと言われるとできないだろう。

 私の騎士団でもある【ヴァイスリッター】が欲しかったのだとしても、それはモロニック王国との戦いにおける戦力であるから自由に扱えるものでもない。たとえそれが親戚であっても。ランページはそこに他貴族の介入をさせることはない。


 後、ランジュ家から何も話がこないってのも気になるところね。

 ヨモギが知っているのにランジュ家が知らないってことはなさそうだから、ランページ家との婚姻関係はさほど重要でもなかったのかもしれない。


「じゃああの線はないってことか……」


 あの線?

 領内のまとめをヨモギから聞いている最中、妙なことをヨモギが呟く。


「姉さん、手紙届かなかったんでしょ? 一応僕からの手紙も送ってたんだけど、それも届いていないみたいだし」

「トレーニー家を疑ってたの?」

「そりゃあね。こっちにいた時はまだしも、帝都のタウンハウスに送っているはずの手紙も届いていない、こっちに姉さんがいるときに帝都からの手紙も姉さんに届いていないってなると、作為的なことを感じない? しかも結構前から」

「……私限定なのね……」


 それはもう、信じたくはないけど領内に裏切者がいるとしか思えない。

 セバスとカンロは私と離れた後この辺りをヨモギと話し合っていたのかもしれない。そうなるとやはり、邸内の炙り出しになってしまいそうだと思うと、これまでずっと一緒にやってきた仲間達を疑いそこから探し出さなければならないと思うと少し悲しくなった。


「……まあ、この辺りはセバスさん達とも話し合ったら、大体わかってきそうだからいいとして。姉さん、明日辺りからまたアルト・アイゼン平原に行くんでしょ?」


 もう少しその辺りを聞きたいところだったけど、露骨な話題の切り替えに、私にはまだ話せない未確定な部分があるのだと感じたので乗っかることにする。


「ええ、賊狩りね」

「……言い方がもう淑女のものではないけども」

「私がそういう時、あったかしら?」

「黙っていれば案外それで通じるよ? 姉さん綺麗だからね」

「あら、そういうお世辞は好きな人にいうものよ」

「いやいや、姉さん考えてもみてよ」

「うん?」

「姉さんは婚約破棄された」


 びしっと、指差された。


「された、じゃなくて、これから私が破棄するのよ」

「それはもうフィンバルク殿下がやってるでしょ。……で、姉さんは、伯爵領地の外側から領地を護るといった」

「言ったわね」

「内側は僕が護るんだよね?」

「そうね、そう言ったわ」

「じゃあ僕と姉さんがくっつけば、僕たちだけで内外守れるじゃないか」

「あー……なるほど? でもあなた、代官いやなんでしょ?」

「代官じゃなくなるじゃないか、そうなると。そうしたら別に僕がハンコ使っても問題ないからね」


 なるほど。

 つまり、私とヨモギで伯爵家を盛り立てることができる、と。


「まさかまさかの。こんな身近に優良物件がいるとは思わなかったわ」

「でしょ。だったら正式に破棄されたら僕とくっついてもいいと思わな――」

「――そこまで」


 ぴたっと。

 今まで気配を消して私の後ろに控えていたセバスが話の腰を折った。


「フィンバルク殿下がおりますれば」

「ちぇー。いいじゃないか、今ここにいないんだから。もう少しで言質とれたのに」

「なんでここでフィンの名前が出てくるのよ」


 どうして周りはこうもフィンの話を持ち掛けてくるのかが不思議で仕方ない。

 フィンもフィンで、意気揚々となぜ私の婚約破棄を進めているのか。

 フィンだって私――ランページと帝国が一つになるのはいいことだとはわかっているはずだからあり得ないのに。


「まあいいや。姉さん、覚えておいてね」

「はいはい、機会があったらね」


 ヨモギも冗談で言うには少しいい過ぎだ。

 もう少し、私が長年婚約していた相手からフラれたってところに傷心しているとかそういうこと考えてほしいのだけれど?



 もちろん、そこまで傷ついてはいないのだけども。

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