伯爵は、代官に怒られる
「姉さんはさぁ……ほんとに当主としての自覚ある?」
はい、すいません。
そうとしか私は言えず。
ランページ伯爵邸の執務室のソファに座る私は、卓上に地図を載せ、これからいろいろ説明される――前に、反対側のソファに座ってため息つくヨモギに怒られている。
意気揚々とこれから冒険者パーティの復活だと、マオとミサオと共に喜んでいたところに現れるヨモギ。まさかの仁王立ち。はて、この仁王とはいったい何を指しているのだろうか、と思わなくもない。
時間がかかりすぎていると怒られて見てみると、確かにそろそろ日が暮れそうな時間。
我が家に帰ってきたときはまだ日はちょっと傾いたかなくらいの時間だったから、ほぼほぼ訓練場で午後を過ごしていたことになる。そりゃ待っていたはずのヨモギも怒るよね。
で、連れてこられた執務室。卓上に置かれた書類に、
ああ、私も訓練場で一緒に準備をしたかった……。
なんてことも思いながら目の前のヨモギにごめんなさいする。
「僕はあくまで代官だよ? 当主が戻ってきたら当主がすべき仕事があるんだし、姉さんにしか押せないハンコだってあるし、たんまり仕事溜まってるんだよ?」
「それはもう、ヨモギに全て任せようかと」
「……あのね」
「だって、帝都の用事とかでいないこともあったし、帰ってきてもちょっと顔出す程度だったし。だから領内のことはよくわからないことばっかりでしょ? すっごい広い上にフレイ王国なんて吸収しちゃったものだから帝国本領くらいの大きさになっちゃってるこの伯爵領地を誰が管理できるというの?」
「あんただよっ」
「フレイ王国なんて他の貴族に任せちゃえばよかったのに、どうして預かっちゃたのかしら」
「あんただよ……。カシムール殿下があのままフレイ王国を接収してたらあの土地がどうなるかわからないからって話して決断したのがあんただよっ。フィンバルク殿下の口車に乗せられてフレイ王国に自ら乗り込んで説得してすっごい信頼もぎ取って帰ってくるからこうなるんだよ……」
再度のため息交じりに突きつけられる現実。
分かってる。分かってるのよ。
でも、帝国本領と同じくらいの大きさってどれだけの事かわかる?
それに、元別の王国が領地にあるってどれだけ反発が凄いかわかる? フレイ王国だって数年前のことなんだからまだ反抗組織だって燻っている状態だし。むしろ女王様がモロニック王国に亡命してるからより帝国の立場なくなっちゃってるんだから。
「その反発を、当主でも領主でもないのに抑えさせられている僕の身になってくれる?」
なんて思っていることが顔に出てたのか、言ってもないのに返されてしまいぐうの音もでない。
でも、ヨモギのおかげで旧フレイ王国領地から苦情が発生していないのは凄いと思う。褒めてあげようとそう言うと、「あんたのおかげだよ」と口癖のようになっているあんた呼ばわりに、失礼しちゃうわほんとと返したくて仕方がない。
よしよしと頭を撫でてあげたいところだが、目の前の机が邪魔で近づけない。
「それにさ――」
ヨモギが自分の隣に置いていた仰々しい箱を目の前にどんっと、置いた。音は音だけど、でもかなり丁寧に扱われている、見覚えのある箱。
ああ、その箱、懐かしいわね。私も大事にしてたわね。というか、大事にしないとまずいわね。
「ランページ伯爵家当主のハンコを僕に渡して帝都にいくとか、正気?」
その箱は、帝国初期から代々ランページ家に伝わる、当主印が入った箱。
他の貴族印とは少し違い、王印の証である獅子が彫り込まれたハンコだ。帝国で獅子の印を持つのは、帝王とランページ伯爵家だけであり、それだけ当時の帝王がランページを想ってくれていた事が分かる、私にとってはとても重々しいハンコが入った箱。
「だって、私しか押せないハンコとかいらないし。だったら適当にヨモギが使ってくれたほうが領内のこと回るだろうなぁと」
「いやいやいや! 当主筋でもない僕がどうしてこれを扱えると!? さすがにこれ渡されて帝都行かれたりしたらそりゃ焦るよっ!?」
「ランページ領を想えばこそ」
「何をランページのことを思って、みたいなことを言ってるのかな姉さんは。どう考えても自分が面倒だからでしょう!」
流石のヨモギ。
分かってるじゃない。
「私が押してもあなたが押しても、何も変わらないわよ?」
所詮はハンコ。
妙に凝った造りのハンコであって、効力はとんでもないけど、それでもハンコはハンコ。決済用にしか使わないんだから。
「変わるも変わる。むしろ姉さんは僕にこのランページを乗っ取ってほしいのかな? というか僕がこれ使っていること知られたら僕の一族が処刑だよ」
「私が許可していれば大丈夫よ。それに乗っ取るもなにも。もうあなたのものみたいなものでしょう?」
「それが問題だっていってるんだよぅっ!」
がたんっと、崩れ落ちるかのように顔を抑えて俯いてしまった絶望感満載のヨモギ。
私がいなくても十分回ってるんだから、ヨモギがランページを回しているというのは本当であって、私なんかいなくてもいくらでも自由にやっていいって前々から言ってるんだから、やりたいようにしてもらっていいってことを、どうしてヨモギはしてくれないのだろうか。
「ヨモギ、よく聞きなさい」
「……なんだい?」
「わかってると思うけど。私は、領内で起きたいろんなトラブル、経済面、政治面はまったくわかりません」
「領主として、言いきったらだめなところだよそれ」
「もっと言うなら、他地域の交流だってほぼほぼ適当に済ませています」
「それは本当に領主として言っちゃだめなやつだよ……っ!? なんでそれで他領や領民から高評価なの? 天才なの!? あ、まさか人たらしの天才かっ!?」
「なのでその辺りは、ヨモギ、あなたに任せます。その代わり私は、この領内に巣食い、また、領内を脅かす敵に対応します。差し当たって私は、明日辺りから賊狩りに出向くことにしましょう。外は、私に任せなさい」
「……僕は内側、姉さんは外側を護るって言いたいのかな」
よくできた子。
流石私が昔から領内のことを任せていただけのことはある。
「……あのさ。それ何回言われたと思ってる?」
「ぎくっ」
「内側も外側も! 全部姉さんの仕事だって毎回いってるじゃないかぁ!」
再度。がたんっと、崩れ落ちるかのように顔を抑えて俯いてしまった絶望感満載のヨモギ。
「……まあ、この話はどうせ姉さんに何言っても聞き入れてくれないのだろうからもういいよ……。それに。領民は姉さんのこと慕ってるから、大きい問題は他領とのいざこざくらいだし。それもなんか姉さんがうまいことやってるみたいだし」
「じゃあ当主のハンコも使ってしっかり頑張ってね」
「姉さんの部屋にたんまり決済用の書類置いてあるから後で見ておいてね。大丈夫、このハンコ使えばなんとかなるよ」
そう言うと箱をすっと私の前へとスライドさせる。
いやぁ、これは、返してほしくないんだけどなぁ……ヨモギなら安心して預かってもらえるし、本当に使ってもらってもいいんだけども……。
「さて、と。それじゃあ、御当主様。不在の際の出来事や気がかりなこと、話しあいましょうか」
にこりと笑顔を向けるヨモギを見て、
……今回も、だめだったか……。
と、何度目になるか分からない、目の前の
私は、いつかこのヨモギから、勝利をもぎ取ることができるのだろうか。
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