伯爵は、領友と再会する


「あの侵攻自体が、そもそもモロニック側でも想定していなかった侵攻だったみたいだよ」


 訓練場に着くと、親友がいた。


 ランページ伯爵家の寄子の子爵家令嬢

 マオ・ウィンザード子爵令嬢は、当たり前のように訓練場で訓練している。


「マオ、相変わらずここで訓練してるの?」


 マオは私の声に耳を傾けながら、遠く離れた藁人形に向かって弓を射る。放たれた矢は、まっすぐ飛ぶのではなく、斜めにカーブを描いて飛ぶと、そのまま藁人形のど真ん中――ちょうど胸辺りにすとんっと突き刺さった。


「見知った人も多いから。それに家にいたら男を捕まえてこいってうるさいしね。男ならここにいっぱいいるのにねー」


 被っていたベレー帽を深くかぶり直しては、眼鏡をくいっと持ち上げて振り向くマオは、相変わらずの秀才のような見た目をしながら武術に秀でている。

 そもそもまっすぐ射たり山なりに打って遠くに当てるのとは違って、弧を描いて狙い定めた場所に当てるなんてことは、いろんな計算をしないと難しい気がする。そこは見た目通りなのかな、なんて思う。


「ああ、そうそう。婚約破棄、おめでとう」

「まだなんだけどねっ!?」


 振り返りざま、ぺこりとお辞儀しながら放たれた言葉に、私の心も深く抉られる。


「まーまー、どうせ元々報われることのなかった話なんだしさー」

「報われないってなによ」

「いや、だって、あんた。――……え、ムールがあんたのこと好きだって思ってたの? マリニャン、もしかして本気で好きだったとか?」

「好き嫌いではなくて、政略結婚なんてそんなものでしょ」

「うぅ~わぁ。政略結婚って割り切ってる風だけど、本当は好きだったとかそういうやつ」

「違う――というか、あんたも知ってたのね。あいつが浮気してたの」


 マオがもう一度弓を構えると、藁人形にもう一度撃つ。今度は直線上に飛んで行った矢は勢いよく藁人形に刺さって人形を揺らした。

 それはまるで答えのようでもあり、人形をムールに見立てて仕留めたようにも見える。


 ……私の周り、好戦的な人、多くない?


「うん、知ってた」

「いつからよ」

「何度もあんたに言ってるよ? ねー、みさおー」

「学園に通っているときから。その度にそんなわけないじゃんって笑って適当に返してたのはマリニャンのほうだよぅ」


 マオの弓矢の冴えに舌を巻いていると、ちょっと甘ったるい間延びしたような声が聞こえて振り返る。

 そこにもう一人の親友、トレーニー子爵家の令嬢、ミサオ・トレーニー子爵令嬢が槍を持ってそこにいた。

 どちらもランページ伯爵家の寄子爵位だけども、小さい頃から私と一緒にランページを護ってきてくれた領友でもある。幼馴染であり、学園も一緒に来てくれて共に切磋琢磨した仲だ。伯爵家の寄子で同級生で友人だからといって本来は馴れ馴れしく話してはいけない立場なのかもしれないけど、そんなことされたら私が泣きそうになるのでこれが当たり前の接し方としてもらっている。


 本当は二人とも、私に畏まりたいみたいなんだけどね……。



「ミサオまで知ってたのね……疎外感を感じるわ」

「だから何度も言ってたってばぁ!」

「まあ、ムールのことは正直どうでもいいわ」

「吹っ切れた感じ?」

「吹っ切れたというか、流石に実妹でもない相手を妹と思って子供を作った挙句、ランページを乗っ取るってことを大々的に帝都で言ってるのだから時間の問題じゃない?」

「それもそうねー。平民が大きな声で貴族位を簒奪するっていってるんだから、処刑されても仕方ないんじゃないかなー」

「で、そのさっきの話を聞きたいのだけれども、マオ、想定していなかった侵攻って?」


 ムールのことは本当にどうでもいいから、ランページで起きている賊についての情報が欲しいところだと思った私は、話を戻してマオに聞く。

 あの二人、もう帝都で捕まってる可能性あるし。むしろ捕まっていてほしい。



「言葉の通りよ。私とみさおの仕入れた情報だと、王国で元王子の追放から程なくして、王国から帝国に脱走者がいたらしいよ。あの元王子、結構盛大な脱走をしてきたみたいで、王国で重・軽犯罪者関わらず、結構な数が逃亡したみたい。そのほとんどが帝国に逃げてきたって話らしいよー」

「脱走者……処罰扱いってことね」

「その中にぃ、元C級冒険者パーティの【トット・ト・イケ】のヤットコ・デ・ヒラ元王国準男爵って人がいたらしくてぇ……。脱走者を統率して帝国に逃げてきたみたい。でもランページから先に入れないから、結局アルト・アイゼン平原で盗賊みたいになったみたい……。あと、脱走者の何人かは帝国と親密な関係にあった密偵とかじゃないかなってぇ」

「あー……誰の?」


 ヤットコ・デ・ヒラがどれだけ魅力的な人間で、統率力に優れているかはわかった。それをこれから討伐するってことになるんだなと思うと、どれだけの戦力なのかが気になるところだけども。

 それよりも、王国に帝国の誰かが密偵を放っていて、それがバレてってなると、ちょっと危ない感じがする。


 例えば……


「第二王子のカシムール殿下がまたやらかした系かしら」

「多分それっぽい」

「殿下、異世界から兵士を召喚しようとして、帝国で承認されなかったからって王国で決行しちゃったもんねぇ……」



 モロニック王国東の小国【領都ヴィラン】

 王国の中にできた、別の国扱いの王国として去年頃に認知された国。でも、王国臣下としての姿勢を崩さない王国貴族のドーター・ヴィラン王爵は、あくまで王国の領地として今も王国民としてモロニック王国ワナイ王を支え続けている。そんな忠義に溢れる傑物が治める国。

 ヴィランは、その先に広がる魔境【封樹の森】から溢れ出る魔物を押さえ込み監視する役目を持った城壁都市だ。どこまでも続く城壁は圧巻の一言だと聞いたことがあって、私も見に行きたいと思っている。

 外で見かける魔物をワンランク以上上へと押し上げた強さを持つ魔物がひしめく森から、王国を守護する領都だからこそ、王国を裏切るなんてこともないのだろう。

 役割としてはランページと変わらないのも好感的である。


 去年。私の友人の帝国第一王女である、エスリフィア・フィルア・ジ・インテンス――エスフィ王女と婚約した、マサト・インカワを召喚した異世界召喚。それがその魔境【封樹の森】で行われている。

 帝国兵士も何十人と王国に忍ばせて決行した異世界召喚は無事成功、とは言い難く。何十人と召喚して、たった一人の学生の男子と数人の帝国騎士だけが生還するという、ただでさえ悪い王国と帝国の関係を更に悪化させることになった要因だ。


「もしかしてだけど、今年初めの戦いも?」

「あー、マリニャン大活躍ーのやつね。帝都でも人気だもんねマリニャン。なんだっけ。【ランページの再来】?」

「王国ではぁ、【帝王時代の再到来】って言われて怖がられてるらしいよぅ」


 今年初めに、私の名が広まることになった原因の戦いは、まさにその前段階の準備でトラブルが発端で起きた戦いのようにも思えた。

 密偵のような敵国の兵士が何人も見つかれば、それはもう戦争の前準備だと思われても仕方がない気もする。

 だとしたら、そんな異世界召喚する前準備のためだけにランページが駆り出されて、私の騎士団ヴァイスリッターにも死傷者が出てしまったことに憤りを感じてしまう。


「何人か、帝都に流れた青いフードの怪しい連中がいたって聞くから、十中八九カシムール殿下の仕業だと思うけども」

「それが一部賊化している、と。……で、それを率いているのが、ヤットコ・デ・ヒラ元王国準男爵ってことね……それ、私達からしてみると、ヤットコはその場の裁量で処罰していいけど、殿下子飼いの密偵は保護しないとだめじゃない」


 密偵だからといって、帝国民である。指示を受けて、使命を受けてにしろ、命からがら敵国から逃げてきた国民を、私たちがどうして処断できようか。


「なんとも厄介な話ね」

「ほんと厄介。ヴァイスリッターがそんなので出るわけにもいかないから、私達でいくんだよね?」

「そのための練習。頑張るよぅ。おー」


 ……え。そうなの?


「久しぶりに三人で?」

「そぅだよぅ、三人でぇ」

「学生時代を思い出すわねー。再結成。冒険者パーティ【王子様の親衛隊】」


 学生時代に冒険者登録したときにつけたパーティ名ね。

 周辺各国に名の通ったS級冒険者パーティ【王女様と愉快な仲間達パーティ】の名にあやかってつけたパーティ名だけど、王子様であるフィンも一緒にいたからつけた名前であって、フィンがいないのに誰の親衛隊をやると言うのかしら。


 とはいえ、婚約破棄から始まった鬱憤を晴らすためには、いい運動ではないかと頭に浮かんだ私も、大概好戦的な人種なのかと思えて、思わず笑みがこぼれる。

 三人で笑いながら、明後日には盗賊狩りを行うためにアルト・アイゼン平原へと向かう準備を行うことにした。



 ……準備してたら、ヨモギになぜ執務室にこないのかと怒られた。

 楽しかったから明日また準備しよう。

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