第三章
執事は間違いに気づく
伯爵家執事は、思惑に酔いしれる
雨が強い。
ほんの数分前まで降っていなかった雨は、まるで誰かの慟哭のようだと思い、ふっと鼻で笑ってしまう。
時折遠くで鳴る稲光を邸内の窓から見つめながら、私――アルヴィス・アイーダは思う。
このような雨の日は、常に思い出す。
そう――私が、シャリア様に召し抱えられた時のことを。
私は孤児だ。物心ついた頃には親はすでにいなかった。
周りに同じような孤児はいたが、互いが気を許すことのできない間柄であって、あの時はいかに自分が生き残るかに執拗していたような気がする。
生きるために、市場で盗みを働く毎日。時には周りの孤児を犠牲にして食料を盗む日々。
お金を得ればしばらくは生き残れる。そう知った頃から、悪さをした周りの孤児を売ることさえ躊躇わなかった。
だけども孤児に渡されるのは少しのお金だけだ。
またいつもの盗んでは生き残る日々に戻る。
見つかれば捕まり、お金がないから殴られて許してもらう日々。
ある日、殴られて数日動けなくなった私は、道端で倒れ込んでしまった。
数日何も食べていなければ、元々栄養のある食べ物を食べていなかった私は、動くことが出来なかった。
もう、死ぬのだろう。
そう思い、目を閉じた時、ひんやりとした冷たい何かが頬に触れた。
「大丈夫?」
それがシャリア様。
ランページ伯爵の後妻となった、シャリア・ベリー様。
お美しく、優しい。まるで女神かのようなその姿。
その姿に、ただでさえ死に瀕していた私は、ついに天界へと召されたのかと思ったものだ。
更にその横には、心配そうに見つめる天使がいた。
マリアベル。我が愛しのマリアベル・ベリー。
ランページ伯爵家の、正統なる後継者である彼女との出会いも、この時であった。
ランページ伯爵家の後妻であり愛妻であるシャリア様に拾われた私は、シャリア様のご厚意でランページ家の執事見習いとなった。
ランページ本家執事長セバス様にしごかれながら、シャリア様とマリアベルの役に立つために毎日を生きる。
目標があるからこそ耐え抜くことができた。
当初はいつでも逃げ出せるようにランページ家の装飾品をこっそり盗んでいたが、目標のため売りさばき、自分を磨くための資金とした。
見習いから正式な執事として採用された私は、二人の専属執事となった。
「あなたには学がない。でもそれは仕方がない。今までそうやって生きてこなかったのだから。だからこそ、それ以外で。ランページ家執事として、これからも旦那様と旦那様の愛娘であるお嬢様を、守りなさい」
学がない。ああ、そうだ。
私は勉強が大嫌いだ。
なんだあの文字は。貴族はああも難しい文字を読で歴史を学なければならないのかと。歴史なんぞなんの役にも立たないではないか。それで飯が食えるのか。否、食えたものではない。知ったからいって腹が膨れるわけではない。もし腹が膨れるなら、盗みをしてまで腹を満たそうなんて思わない。
「ランページを守る。それが私たちの使命です。お嬢様に失礼のないよう、無礼が起きないよう、私たちは常に目で見張り、体で守るのです」
セバス様から教えられた当たり前のこと――ランページ伯爵家当主様とその妻であるシャリア様。そして二人の間に生まれた天使マリアベルを守る。それは執事として当たり前の仕事である。だからこそ、私は二人の専属となるために頑張ったのだから。
ひもじい思いをして盗みを働いていた日々がまるで嘘のように、毎日が美味しい食事。毎日が綺麗な衣服で生活できる。そして毎日シャリア様とマリアベルを傍で見ることができる。
その幸せは、何事にも代えがたいものであった。
ゆくゆくはマリアベルと一緒になり、このランページを共に豊かにしていく。そんな妄想を浮かべていた。
ある日。
シャリア様が、旦那様と共に亡くなってしまった。
後継者が成人となっていないままに、当主が亡くなったことで、代理当主を立てることになった。
それが、マリーニャ。
旦那様の前妻の子。マリーニャ・ランページ。
マリアベルが成人するまで、ランページ伯爵家を支える代理の当主だ。
代理の当主が現れ、マリアベルが当主となるまでの時間ができた。
マリアベルはその間に当主となるためにいろいろとやることがある。
それが、貴族と貴族の縁を繋ぎ、領地を強固にする、政略的な婚姻である。
私は孤児である。
ランページの正統後継者となるマリアベルと私が、くっつくことはない。
帝国でも名のある貴族が、私のような身分の分からない小物とくっつくなど、あってはならない。いや、私のような者が汚してはならないのだ。
私がくっつけるとしたら、このランページの代理当主――マリーニャくらいがちょうどいい。
あの女は、マリアベルが成人するまでの間に合わせであるにも関わらず、このランページ伯爵家を我が物顔で歩き回る。
ランページという威光がなければ何もできない小物はマリアベルと腹違いの関係だ。シャリア様も気苦労が絶えなかっただろう。なんせ前妻と旦那様の間にできた子であるから、表面上は合わせていないといけなかっただろうから。
いつマリアベルに牙を剥くは分からない。
そんなマリーニャから、マリアベルをこれからも傍で見守るには、より親密な関係――執事と当主、ではなく、執事から【家族】となる必要がある。
私が孤児であるからこそ、マリアベルと一緒になることはない。
だから、気に食わないが、あの女を私の妻とし、マリアベルと家族となることを私は選んだ。そうすることで、マリアベルをマリーニャからも抑制し守ることができる。一石二鳥ではないか。
そうすると次は、伯爵家の今後についてである。
マリアベルに婚約者がいないことが問題となる。私がマリアベルと一緒になることが最適であったのだろうが、それが難しい今、どうすべきかと考える。
「マリアベル、マリーニャの婚約者、ムール様がマリアベルに会いたいと」
「え? 私に? お姉さまでなくて?」
「ああ、マリーニャはちょっと用事で遅れるみたいだ。その間マリアベルに相手してほしいと言っていたぞ。ムール様も会いたいみたいだし、ちょうどいいんじゃないか?」
「? わかったわ。今すぐいくね」
まずは、マリーニャに必要のない婚約者を、引き剥がすことにした。
マリアベルがあまりにも可愛いから、旦那様は婚約者をマリアベルに用意していなかった。
マリーニャが伯爵家から外へと出て生きていくために、マリーニャの婚約者は探していたが、それが決まる前に亡くなってしまった。だけども、マリーニャが代理当主となった時に、隣の領地の貴族が婚約者に、と名乗りをあげ、マリーニャと婚約が成立した。
「このまま成人したら、あの子は平民として生きていかなければならない。伯爵家で生きてきたのに、可哀想でしょう?」
生前のシャリア様が、ある日悲しそうに目を伏せて呟いていた一言を、私は思い出す。
このまま成人しマリアベルが当主を継承した暁には、代理であったマリーニャは平民として生きていかなくてはならない。
だからこそ、婚約者が必要であったということなんだろう。なんて優しい方なんだ。シャリア様は。これからも傍にいたかった。亡くなってしまったことが本当に悔やまれる。
その相手が、ムール様。
相手も伯爵家。見た目も麗しいと言われる三男である。
ランジュ伯爵家三男、ムール・ランジュ様だ。
ムール様であればマリアベルをしっかり守ってくれるだろう。
私は、そう確信していた。
そのためには、マリーニャに会いに来ていたムール様を、マリーニャより先にマリアベル様に会わせるように動いた。
そのうち何度も先に会わせていたら、互いに意識しだしてくれた。やはり二人はお似合いであるのだろう。
―――――――
このお話が公開される頃、
シトさまのいうことにゃ ~今日もキツネさんはのんびりまったり勇者育ててます~
https://kakuyomu.jp/works/1177354055038372664
↑で、このお話の結末が若干見え隠れしちゃったのが難点だと思ってます^^;
調整したのですが、ちょっと上手くいきませんでした……|||〇| ̄|_
なぜなら、こっちのほう、話が長くなってきちゃったからっ☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます