第二章
領地の仲間は優秀です
伯爵は、領地に帰る
「……はぁぁぁぁぁ……」
ここ最近、ず~っと馬車に乗って移動している気がする。
「あらお嬢様、大きなため息ですね。幸せが逃げていきますよ」
「カンロ……私の幸せはマリアベルによってすべてが消え失せたばかりよ……」
「まあまあ。その代わりあんなにも綺麗な花束で求婚されたではないですか、玉の輿ですなお嬢様」
「玉の輿でどうするのよ。私が領地持ちで後継者を作らなきゃいけないんだからあっちに来てもらわないと。それにあの花だって社交辞令のようなものよ。仲がいいとは言ってもあっちは王子よ、王子。そんな人連れて来たらランページは大変なことになるわよ。後、一応、彼、友人だから」
思わず荒々しい口調になってしまう。二人から「お嬢様……」と、呆れた私を呼ぶ声が聞こえたのはなぜだろうか。
フィンと婚姻すること自体がありえない。もし本当にフィンが私の婚約者となったら、ランページは恐らく帝国中から睨まれることになるだろう。
今のフィンの状況を考えればそうなる。フィンは帝位継承権第四位。帝王の長男と言えど側妃の子のため継承権は低い。フィンの上にはもう一人、正妃の子の継承権第一位の第一王女がいるものの、先日、異世界から召喚された勇者【マサト・インカワ】と婚約発表がされたことで帝位継承権から退いた。
第三王子のエルト・フィルア・ジ・インテンスもいるけど、フィンとは仲がよくて、帝国西側を拡大してて帝都にはほぼほぼ不在。継承権を放棄しているようなものなのよね。
エルト君元気かしら。話に聞くと、北口諸国のシグル・ド・シアルフィ公子と仲良く冒険者やってるみたいで、凄い魔剣と聖剣を手に入れたって聞いたけど。
「フィンって、大変よね……」
「大変ですな。もしフィン様が皇帝になろうとするなら、ですが」
「フィン様を皇帝にしたいなら是非にでもお嬢様と一緒になるべきですね」
「あー……」
フィンと第二王子――カシムール・フィルア・ジ・インテンスとの帝位争奪戦の様相を呈してきた昨今で、私がフィンの婚約者となると、大変なことになってしまう。
ランページなんていうとんでもない大きな伯爵家を味方に引き入れてしまうと、フィンは一気に帝位を手に入れることになってしまう。いや、もしかしたら、帝位ではなく、反乱の兆しありとして、帝国全土から消されてしまう可能性も出てきてしまう。
……うん、でも。多分ランページが勝っちゃうと思うけど。
フィンが帝位を継承したとしても、謀反したと捉えられても、ランページが帝国に勝っちゃっても。私は、二度目の婚約破棄となってしまうだろう。さすがに傷がつくようなことはされないだろうから、この場合は婚約解消かな。
勝っちゃったら次代の正妃となってしまうというのも、私にそんなのができるとは到底思えないから、上級貴族の令嬢から選び直しだろう。
破棄と解消。
両方味わう女性貴族なんているのだろうか。それも当主で。
それに、ランページは中立を保ちつつ王国から帝国を護る重要な仕事があるのだから、政治に関わってなんていられないのだけども。
そう言うことも、きっとマリアベルはわかっていないんだろうなぁ……。
よくそれで身分偽って言えたものね……。
「あー、それはそれとして。もう……。前々いろんなことやらかす子だったけども。今回ばっかりは庇いきれないわよほんと……はぁぁぁ……」
「でもよかったじゃないですか。お嬢様に相応しくない相手でしたからね」
「前代未聞ですからなぁ。客として居候させてもらっている領地の領主――しかも伯爵家当主の婚約者を誘惑した挙句に子を身ごもるなんてことは」
馬車に同行する私の乳母であり我が伯爵家メイド長のカンロの呆れた声に返すと、その隣に仲良く座る執事長のセバスからもカンロの追い打ちが入ってよりため息が出てしまう。
……あれ?
「……セバス? もしかして、知ってた?」
やっぱり、おかしい。
私が二人の関係を知ったのは、つい先日。正しくは、薄々気づいていたものの、本当にそうだったのかと知ったのはあの喫茶店でのクリティカルヒットなあの一件。
セバスにはマリアベルとムールのことはまだ話してない。
なぜなら、タウンハウスに着いてすぐに領地から急報が届いたので、馬車を飛ばして向かっているので話している暇もなかったのだから。
「ええ、知ってましたよ。むしろ知らない方がおかしくありませぬかな?」
「えぇぇ……二人を止めてよぅ……」
「止められませぬよ。ほぼタウンハウスには来ておりませんでしたからな」
驚いてカンロを見ると、こくりと頷く。
本当に知らなかったのは私だけみたい。フィンも呆れるのが分かるわ、これ。
「いつからよ」
「怪しいと感じたのは、お嬢様が学園卒業して領地に戻ったタイミングで、ほぼ入れ替わりにマリアベルがタウンハウスを我が物顔で使用して学園生活を謳歌していた頃からですか」
「ちなみにお嬢様。あの憎き婚約――こほんっ、失礼。……ムール様は、毎日のようにタウンハウスに来訪され、毎日のように寝泊りし、毎日のように自身が未来のランページ当主であると豪語し、タウンハウスの従者全員から冷たい目で見られておりました。それで居心地が悪くなったのか、最近は帰ってくることもありませんでした」
「……なにやってるの二人は……」
頭が痛くなる。
頭痛が痛いというのはまさにこのことかもしれない。
「お嬢様」
セバスが、ふと、思い出したかのように私を真剣に見て聞いてきた。
「私共は、この状況を、常にお嬢様へ連絡をしておりましたが、連絡は届いていなかったのでしょうか」
「……え?」
「主に手紙ではあったのですぐに届きはしなかったかと思いますが……」
手紙?
そう言えば、ここ何年か、私のもとに手紙が届くことがほとんどなかった。
丁度モロニック王国との戦争が近い可能性が出てきて領地に戻って準備をしていたから、代官が不必要なものはすべて処理していると信じきっていた。
言われてみれば、流石におかしい。
どうしてここに至るまで気づかなかったのかと不思議に思うほどに。
私が伯爵邸のみんなを信用しきっていた、ということもあるのだろうけども……。
「……伯爵家に戻ったら、雇用リストを改めます」
「ええ。頼むわね」
「場合によっては代官も処分しなくてはなりませんね」
「……さすがに、それは、ないと思うのだけれど……」
どうやら、私の伯爵邸で雇われていた者の中に、私に不利益を被らせたい裏切り者がいる可能性がでてきて、再度大きなため息をついた。
そのため息は、二人も止めることはなく、二人も釣られたようにため息をついたところを見て、
「あら二人とも。幸せが逃げていくわよ」
と、三人して笑いあった。
「お嬢様、間もなく伯爵邸です」
外からこんこんっと音がして窓を開けると、護衛騎士のカンラから到着の報せを受ける。
「ありがとうカンラ。それとあなたもお嬢様はやめてよ」
「お嬢様、私にとってお嬢様はお嬢様ですよ」
「えぇぇ……あなた、本当に私の目の前にいる親の影響受けすぎよ……」
目の前のカンロとセバスを見ると、
「いい子に育って私は嬉しく思いますよ」
「ぜひ、お嬢様を戦場で守る肉壁にお使いください」
「お父様、それは流石に酷い……」
喜々として護衛騎士に成長した娘を楽しそうに見る夫婦とその発言に、
「私、いつになったらみんなから当主って呼ばれるのかしら」
と、別のため息をついてみんなと笑いあう。
目の前に見えてきた伯爵邸。
王国の再襲来の兆しに加え、伯爵邸で犯人捜しと解雇の嵐が来ないことを祈りつつの、一時の安らぎであった。
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