伯爵の友人は、想いを馳せる
――帝都学園。
帝都にある唯一の学園は、年少から院生までが通う、一貫教育型の学園だ。
主に貴族と貴族から紹介を受けた平民のための学園であるが、お金があれば誰だって入れる自由な学園でもある。
もちろん、院生まで通うには学園への多大な寄付金も必要であるから、裕福な貴族、商会関係者でないとそこまでいけることはないと思う。
馬鹿でも優秀でも、誰でも卒業でき、卒業すれば学園卒業生として箔もつく。
かくいう私も、必須だと感じた授業は受けてはいるが、必要最低限の授業だけしか受けていない。
私こと、フィンバルク・フィルア・ジ・インテンスは、母国であり自身が牽引していかなければならない国そのものに、さしたる期待はしていない。
皇帝の長男とはいえ、寵妃で側室の子となる私は、帝位継承権が低い。どこぞの高位貴族の令嬢との政略結婚が待っている。
それ以上の役割がない私が、真剣に授業を受けて学んだところで、それを活用できる場所もないのだから損をするだけだ。
いつもと変わらない日常。
私に群がる令嬢達を振り払い、そして辿り着いた中庭の奥。
ここでのんびりとすることが日課となった私は、今日もいつもと同じように芝生の上で寝転ぶ。
誰も来ることのない特等席。
周囲は大きな樹木が一本あるだけ。地面は芝生は敷かれ、常に誰かが綺麗にしてくれているのか汚れがないようにも見える。
空から注ぐ太陽の光は陽気で。寝転んでいると簡単に眠りに誘われる素晴らしい知る人ぞ知る学園スポットだ。
こんなところで王族の私が寝ているなんて誰も思うまい。
それにここは学園通路に植えられた街路樹に視界は阻まれて、寝転んでいれば誰にも見えなくなるのがまた素晴らしい。
時折そよぐ風は心地よく。
令嬢達に追われて荒みそうな我が心が癒されていくようだ。
「そもそも、私のような継承権も真ん中の王子に声をかけてくる理由がさっぱり分からない」
思わず呟く。
「第一王子だからでしょうね」
「っ!?」
誰もいないと思っていたからこそ呟いた声に、誰かが反応して返してきた。
女性の声。
くそっ、どこかの令嬢を振り切れなかったのか。この場所を知られてしまったらまた安寧の場所を探さなくてはならない。
「第一王子で見た目もいい。そりゃあもう、婚約者のいない令嬢とか玉の輿を狙う令嬢からしてみたら、優良物件でしょうから」
「……君は?」
いつも追いかけてくる令嬢達とは違う雰囲気を持つ女性。
「失礼しました。私はマリーニャ・ランページ。ランページ家の代理当主です」
「ああ、君が……」
ランページ家の事は知っていた。
帝国を護る盾。帝国中の誰もが知る初代ランページの英雄譚。
「代理当主?」
「先日現当主であった父が亡くなりまして。まだ学園通いで成人前のため代理をさせて頂いております」
「あ、それはすまなかった」
「いえ、お気になさらず。父は戦場で亡くなるものと思っておりましたが、まさか領地に帰る途中で事故にあって亡くなるとは思ってもいませんでしたが」
「……それは、い、いや。なんでもない」
「暗殺でしょうね」
「っ! 滅多なことを言うものでは」
「言ったところで何かおきるわけでもありません。起きたら起きたでそこから父の敵討ちに繋がるかもしれませんが」
気にしてるではないか……。
それが、彼女――マリーニャ・ランページとの出会い。
それから何度も言葉を交わしていくにつれ、私は私のことを色眼鏡で見てこない彼女の友人となり、そして彼女に護られながら学園生活を謳歌することができた。
もし彼女と出会わなければ、本当に学園というものは楽しくなかっただろう。
なんだったら、あれよこれよと罠に嵌められ、気づけばどこぞの令嬢と婚姻関係になっていたかもしれない。実際何度か罠にかかったこともあって、その度にマリーニャが助けてくれた。
彼女が彼女の領友と共に助けてくれたからこそ今の私がある。
そんな学園生活――まさに青春という時代を、勇猛で美しい女性に護り護られつつ共に駆け抜ければ、友人から戦友、戦友から親友となって、気兼ねなく話せるようになってしまえば、私が彼女に恋に落ちるのもそう遅くはなかった。
「君は、婚約者がいるのか?」
「え、はい。ムールのことですか?」
「ムール……ムール・ランジュか……。あの浮気者が……」
彼女に、婚約者がいることも知った。
「――フィンバルク様。王城に到着しました」
「うん、いつもご苦労様」
王城。
王城前に広がる城下町を進み目的地へとついた私は、従者が開いた扉から外へと出る。
頂点にほど近い太陽の光に目を細めるが、慣れてきた目に映るのは、我が帝国自慢の王城、インテンス城だ。
目下のところ、彼女には婚約者がいる、というところだけが難点であった。そして彼女自身も、ムールという婚約者で問題ないとも考えていた。
その時点で、彼女は将来的にはムールと婚姻し、そしてムールと共にランページを繁栄させていくのは決まっていたことだった。
だからこそ、婚約者であるムールに嫉妬した。あの男がマリアベルという平民と恋仲になっていることを知っていたから。そしてマリーニャがないがしろにされていることを知っていたから、いつか怒りに身を任せそうで怖かった。
だけどもマリーニャはそれを知らなかった。忙しかったこともあるのだろう。王国からの侵略を常に警戒しなければならないからもあったのだろう。
だけども、婚約者がいるというだけで、いつも隣にいてくれて触れることができるのに、手に入れることのできないマリーニャにより焦がれた。
ムールがいかに屑であるのか、そこを彼に興味のない彼女は、知らない。
いや、ついに知ったというところか。
なんせ、ランページのお客様なだけの女性に手を出して婚約破棄できない身分のくせに言いきったのだから。この時点で死罪ものであるとも知らずに。
婚約者がいるからこそ、私は彼女の友達止まりであった。いなければとっくに名乗りあげて彼女を私のものにしているくらいに、私はマリーニャを慕っている。
「ついに、マリーニャに私の想いを伝えることができる。……そろそろ、僕のプレゼントを受け取った頃かな?」
どんな顔をしただろう。そう考えるだけで心が躍る。
マリーニャが私のことをどう思っているかなんて、所詮他の烏合の衆とも一緒であることも知っている。
だが、婚約者になって、彼女に私の想いを知ってもらうことで、そこから始めない限り、マリーニャは私のことを気にかけない。
その一歩。
「……誰にも、譲らない」
私は、目の前の自信の家でもある王城の門の前で、大きく息を吐く。
ランページを巡る政争。
そこに勝ち抜くために。一歩。踏み出す。
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