王子は動く

伯爵の友人は、チャンスを得る

「捨てられた、なんて思っているんだろうな」


 馬車から降りて華麗にポーズを決めた私は、マリーニャがこのかっこいいポーズを見ているわけがないけれど、見てくれることを願って遠く離れていく馬車へと手を振った。



「捨てる神あれば、拾う神あり。いい言葉じゃないか。マリニャン、私だったら元々捨てる気もない。最初から最後まで離さず傍に置いておくよ」



 私は、今日この時のために色々行ってきたんだと、どれだけ待ち望んだかと思える今日に感謝する。


 マリーニャを捨てるなんて、どれだけ烏滸がましいのか。

 もっとも、ランページ家に巣食う害悪を放逐できるのだからムールには感謝すべきなのかもしれない。

 マリーニャにばれない程度に報いは受けてもらうけども。



「よく眠れそうだよ」



 今はもう見えなくなった馬車が無事タウンハウスに着くことを願い、私の気持ちを込めた花束が、彼女の手に届くように願いつつ。

 私は、マリーニャの婚約の契約破棄の事務手続きのため、私の影を呼び出した。

 影はすぐさま王族専用馬車を率いて戻ってきた。その馬車に乗り込み王城へと向かう。



「さぁて。ここからが勝負だ」


 マリーニャは、ランページ伯爵家の当主であるということを、軽く見ている節がある。

 ランページ伯爵家は、帝国の守護の大半を担う大家だ。敵対国とも言えるモロニック王国と接しており、王国と境界を争うアルト・アイゼン平原――帝国ではアルト、王国ではアイゼン平原と呼ぶことから両方の名をつけられた――を王国と折半して所有し、且つそこは戦場ともなりやすい平原だ。


 針葉樹がぽつりぽつりとある程度の、軍隊が隠れる森もほぼほぼない広大な平原。


 小競り合いの絶えないその平原を持ち得ながら、王国の侵入を防ぎ続けている伯爵家を、帝国は【守護家】と呼んでいる。これは、初代帝王がランページという名を与えた初代ランページが帝王の護衛騎士の頃からそうであることから、帝国にとってなくてはならない家であるのだ。


 途切れかけたとはいえ、名家の一つ。そして、いまだ婚姻に至っていない女性当主というのは、爵位を上げたい貴族や将来的に爵位の恩恵を得られなくなる嫡男以下には垂涎ものである。ましてやそれが強く綺麗であるならなおさらだ。中には男妾として抱え込まれようとしている者もいたほどだ。


 学生時代、彼女に懸想し彼女を手に入れようと働きかけていた令息がどれだけいたのか、彼女だけが知らないのだから笑えるものである。


 そしてその武。

 マリーニャ自身も、弓術に優れ、且つ槍術の名手だ。冒険者ギルドの冒険者をしているときは長剣を持って戦いもするが、なによりも、騎馬隊を率いて戦場を駆け抜ける様は、まさに戦乙女ヴァルキュリアと謳われれるべきである。

 そして、マリーニャ自身が当主となった頃に伯爵家に取り込まれた、旧フレイ王国の内乱を今も反乱がおきないよう抑えているのも彼女の手腕だ。



「そんな彼女を、帝国が逃がすはずがない」


 私は、第一王子ではあるが、帝位継承は第四位である。

 第一位と第二位は、私の姉と弟――つまりは、正妃の子である二人のほうが継承権順位が高い。後もう一人、第三位に正妃が生んだ王子、第三王子がいる。

 私の母は側妃であるから、最初に生まれた王子ではあるが、継承権は第四位だ。


 第五位までいる継承者は第三王子以外は自分の支持者集めに必死である。

 そんな中、ランページと帝王の、古き時代の約定を知る当主が亡くなった。そして何も知らないマリーニャが当主となった。



 ランページ家は、常に中立を保っていた。

 巨大な伯爵家である。今では辺境伯として、独自の支配系統を認められる領地とされているほどだ。

 普通の伯爵家より上位に位置する、帝国では最も高い爵位である侯爵家と同等扱いの家格。

 帝国では誰もが知っているレベルの名家が、政治に関心をもってはならないと、政権に関与することでバランスが崩れることを危惧した時の伯爵当主は、以降、帝国内で中立を保つことにしたと聞く。

 悲しみながらもその心意気に感激した時の帝王は、ランページに帝国側からの不可侵という法を作った。ランページ不可侵法。交流する分には問題ないがランページに政争・領地への侵略・浸食を仕掛けることは認めないし、ランページ側から求めない限りは、ランページの領土は帝国領土ではなくランページのものである、という法である。これにより、帝国からランページへ、政略結婚の働きかけはできなくなった。

 欲がないランページだからこそ認められた法とも言え、ランページはそのような優遇措置を受けておきながら常に帝国の臣としての立場を崩さなかった。だからこその不可侵法である。その代わりにランページは、有事の際は先頭にたって指揮先導するという帝国の一番槍の許可を得、帝国を護り続けているのだ。


 今年の始まりにおいても、ランページ当主としてマリーニャは陣頭指揮を執り、モロニック王国から帝国の領土を護り切っている。

 もっとも、この争いは、こちらから領土を求めて仕掛けた戦争であり、それに巻き込まれ貧乏くじを引いたのがマリーニャであるのだけれど。


 その家風は、今もランページに受け継がれ、貴族間の政争に巻き込まれない程度の接地領地との婚姻関係を結ぶことを良しとしていた。まだマリーニャが成人前、代理当主となった時、崩れかけた。


 ランジュ伯爵家。

 ランジュ伯爵家が、ランページの弱体化と広大な領地を手に入れるために、自身の三男とマリーニャを婚約させたのだ。


 これは隣接領地であるからという理由で認められてはいるが、れっきとした侵略戦争だと王城内ではと当時騒がれていた。


 マリーニャが知るべきでもない話だが、マリーニャが若くして当主となるきっかけ――前当主、ミリアルド・ランページが帝都から領地へと帰る際に事故でなくなった事件。

 あれが。ランジュ家のランページの弱体化を図る第一手であったと判明したからこその騒ぎでもあった。


 ランジュ家としても、脅し程度の怪我で済ませるつもりだった様子だが、まさかの当主の死亡に焦りを見せた。だが、好機であると踏んで代理当主となったマリーニャの後見人となるため婚約者を宛がった。



 ランページ伯爵家を自分の陣営に入れれば、それだけで帝位が約束される。

 約定なんて気にせずに手に入れようと考える王家がいるのは仕方がないだろう。なぜなら、一部の貴族しかその約定を知らないのだから。現帝王でさえ、それを今こそ撤廃しようと動いているほどだ。


 私は元々、帝位継承には全く興味がなかったのだが、マリーニャが関わるとなると話は別である。



 ランジュ家には制裁を与えられることが決定し、そしてランページの存続のため、ランページ不可侵法も見直しすることが決まる。

 私も、その不可侵法を撤廃することには賛成している。



「今だからこそ、私は――」



 なぜなら、そうしないと、ランページ――マリーニャと、婚約できないからだ。

 婚約の果てに、マリーニャを奪われないために。


 今、私にとって、追い風とも言える機会が、与えられていた。

 その風に乗らずに機会を逃すなんて、私にはできない。


 私は――

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