真白 逃げる以外の方法を ②

「え、なにっ!」

 女の人が叫ぶとともに、王太子殿下の体が崩れ落ちた。

「うそ、なに、なんなのこれっ!」

 女の人の目が、ぐるぐると回っている。

「なんなんだっこれはっ!」

 同じ女の人の声。だけど、微妙に異なる発音。

 きっとわたしの魔法は成功した。

 なにをしたのかと言えば……。

 まず、わたしは、王太子殿下の体から、王太子殿下の精神を引っこ抜いた。

 で、その引っこ抜いた精神を、このムカつく女の人の体の中に入れた。

 つまり、今、女の人の体の中には、二人分の精神が入っていることになる。

 で、王太子殿下の体は……精神不在だから、倒れたのね。

 混乱する女の人……と、その体に入っている王太子殿下の精神。

 混乱しているその二人……というか、女の人の体に二人分の精神……を、いったん放置する。

 「ナトゥーラお嬢様っ! わたし、そっちに入るけど、いいよね⁉」

 ナトゥーラお嬢様の前にひざまずいて、手を取って。

 そして、目を瞑る。

 お邪魔します、ナトゥーラお嬢様。お嬢様の精神世界にわたし、入りますよ。

 そう念じて。

 目を閉じて、開けてみたら、ちゃんとナトゥーラお嬢様の薄暗い精神世界に入る込むことができた。

「真白⁉ いきなりどうしたのよ」

「あのね、ナトゥーラお嬢様。チャンス、作ったっ!」

「はあ⁉ 一体何?」

 逃げて、時間の経過を待っているよりも、積極的な攻撃を。

 わたしはナトゥーラお嬢様に説明をした。

「わたしの魔法は具現。だから、願ったことは実現する」

「だから、何っ! 説明は具体的にしなさいっ!」

「えっとね。王太子殿下とかいう人の体から、その精神を引き抜いて、女の人……王太子殿下の恋人とかいう人の体に入れた。そういうことを具現化した」

「あ、あなた……ものすごいことをやるわね……」

「まだ途中。で、今、王太子殿下の体は精神がない状態」

「まあ、そうなるわよね」

「で、王太子殿下の体に、ナトゥーラお嬢様の精神を入れようと思うの」

「はっ⁉ わたくし⁉」

「うん。空っぽの王太子殿下の体に、ナトゥーラお嬢様の精神を入れて、それで、ナトゥーラお嬢様が王太子殿下としてふるまえばいい。そうして、王太子殿下の精神入りの恋人をどこかに放逐とかして、それで、王太子としての実権をナトゥーラお嬢様が握ればいいと思ったの」

「わ、わたくしが、王太子殿下に成りすます……ということ?」

 さすがナトゥーラお嬢様。わたしのつたない説明でもすぐに理解してくれる。

「体は本物の王太子だもの。それにずっと王太子の仕事をしてきたのはナトゥーラお嬢様でしょ。入れ替わる……わけじゃなくて、成り済ますのもできると思う」

「それじゃ、一生、わたくしが王太子として、男として過ごすというの⁉」

「ううん。王太子としての権限で、ナトゥーラお嬢様が無事で過ごせるように、いろいろ工作したあとは、ナトゥーラお嬢様の精神はナトゥーラお嬢様に戻す。王太子殿下の体は……そのまま空っぽにしておけばいいよ。放置」

「な、なる、ほど……」

「ふっと思いついただけだけど」

「思いついていきなりやってしまった……のね……」

 ナトゥーラお嬢様は頭を抱えたけど。

 うん、いろんなファンタジーな話が、日本の漫画にはあるんだよね。

 荒唐無稽な話とか、ありえない話とか。

 だったら、わたしだって、ありえないことを具現化して、ありえることにしてしまえって思ったの。

 ナトゥーラお嬢様が精神を閉じこめなくてもいいように。普通に平和に生きていけるように。逃げるのではなく、攻める。

 戦って、勝ち取る。

 ナトゥーラお嬢様が迷っているのは一瞬だった。すぐに決断をした。

「……いいわ、やります。わたくしが王太子として、体を行使して、そして、わたくしはわたくしの安全と自由をこの手に掴んでみせます!」

 すぐさまわたしは、ナトゥーラお嬢様の精神を王太子殿下の体の中に入れた。

 倒れていた王太子殿下の体がゆっくりと起き上がった。

「どう……? 大丈夫?」

「ええ、大丈夫、動かせるわ」

 にっこりと微笑んだ、王太子殿下の顔。その微笑みは、素晴らしく高貴に見えた。

 さっきまでの表情とは全く違う。

 女の人のほうはと言えば、まだ混乱をしているみたいだった。だけど、女の人の中の王太子殿下の精神が、勝手に動いた自分の体を見て、パニックになったみたいだった。

「ど、ど、ど、どうして俺様の体が勝手に動くのだっ!?」

 女の人の顔と体で俺様とか変なのと、ツッコミも入れられないほどの動揺っぷり。

 それに対してナトゥーラお嬢様は冷静だった。

「アイル、その女を拘束してちょうだい」

「へっ⁉」

 突然、王太子殿下の体をしたナトゥーラお嬢様に命じられて、とっさになにがなんだかわからないようだった。

「パンダさんっ! その体は、王太子殿下の体は、今、ナトゥーラお嬢様が動かしているのっ! だから、それ、ナトゥーラお嬢様からのお願いなの。その女の人、拘束して。できれば意識も失わせて」

「わ、わかったっ!」

 パンダさんは魔法でロープを作り出して、それで女の人をぐるぐる巻きにした。

 しばらくうーうー唸っていたけど、パンダさんがすっと手をかざすと、瞬時にこてんと女の人の体は倒れてしまった。

「と、とりあえず拘束して、眠らせたけど……。ほ、本当に、王太子殿下の体の中に、ナトゥーラお嬢様がいるの……か?」

 パンダさんも、ラケーレさんも、信じられないような顔で、王太子殿下……ナトゥーラお嬢様を見た。

「ええ、わたくしよ、アイル。真白が、わたくしの精神を、王太子殿下の体の中に入れたの」

「ど、どうやって、そんなことができたんだい真白ちゃん……」

「えっと、具現って願うことを現実にする力でしょ。葉っぱとか花とかを取り出す力だけじゃないって思ったの。そうしたら、できた」

「そしたらできたって……。そんな簡単に……」

 パンダさんは呆気に取られている。というか、なにをどう言っていいのかわからないみたい。

「とにかく、わたくしは王太子殿下として、しばらく王城で過ごします。わたくしの自由を獲得できるようになったら、戻ってきます。それまでわたくしの体を守ってちょうだい、いいわね、アイル。おばあ様もどうかよろしくお願いします。わたくし、閉じこもるのではなく、自分の未来は自分の手でつかんでまいりますわ」

 にっこりと笑ったナトゥーラお嬢様の顔は、輝いてきた。

 ナトゥーラお嬢様が自分の体に戻れるようになるまで、何年もかかるかもしれない。

 だけど、精神を閉じて、薄暗いところで膝を抱えているよりはいいはず。

 我慢して、大人しくしてではなく。

 自分の手で、未来をつかむ。

 わたしも、そうしないといけない。

「よし……」

 わたしは決めた。

 帰ろう。

 自分の世界へ。

 そして、わたしも、大人しく我慢するじゃなくて、ちゃんと声を上げて、自分で未来を切り開く。

 逃げるのではなく、現状を変えるために動く。

 戦って、未来を勝ち取る。

 すぐには無理でもそうすると、決めた。

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