真白 逃げる以外の方法を ①

 アイルさんとラケーレさんに、ナトゥーラお嬢様の言葉を伝えた。

 二人とも、わたしの言葉を真剣に聞いてくれた後、ため息をついた。

「三年か五年か……もしくは十年。ナトゥーラをこんな状態のままにさせておくなんて……」

 ラケーレさんの憂い顔。それはそうだろう。だけど、取れる手段がない。

「……ご自分で心を閉ざされて、時間が経つのを待たれているのであれば。ボクがしたことって、無意味だった……? ナトゥーラお嬢様と通信が取れる手段でも構築するべきだったのか……」

 悔やむみたいなアイルさんの声。

 だけど、ナトゥーラお嬢様の精神世界は暗かった。その中で、アイルさんがナトゥーラお嬢様の精神世界に送った光だけが、暗い世界をほんのりとでも照らしていたのだ。

 真っ暗な部屋で、何年もじっとしていたら、心を病んでしまうと思う。アイルさんの光はとてもきれいで、きっとナトゥーラお嬢様の心を支えていたに違いない。

 そう、アイルさんに伝えたら「ありがとう真白ちゃん」とお礼を言ってくれた。

「だけど、とにかくこのままじゃあ、いけないよね」

 きれいな光をアイルさんが届けたとしても、薄暗い精神世界に閉じこもったままなんて、良くない。

 なんとかできないのかな……。

「えっと、ナトゥーラお嬢様が、その、婚約破棄とかされてから、今、王太子殿下とかいう人はどんな感じなんですか?」

 ナトゥーラお嬢様にやらせていた政務とか、そういうもの、ちゃんとやっているとは思えない。

「……そうさねぇ。まあ、ずいぶんと失態を繰り返してはいるらしいがね。遊んでばかりいるという声も聞こえてくるよ」

「失脚とか、しないかな」

「ナトゥーラが抜けた穴を、ふさぐことができないままのようだが……さて、いつまで王太子としての地位に居られるか。だが、どうなるかなんて、陛下のお心次第だろう」

 時間が経つのを待つしかない現状は、もどかしい。

 なにかできないのか。

 そう思っていたら、

「ナトゥーラ・フィデンツァ。国王陛下と王太子殿下からのお召しだ。至急登城するように」

 登城命令が届けられたのだ。

「さて、どうするかねえ……」

 ラケーレさんは、そう言うけど。普通、無理でしょう。心を閉ざして植物人間状態。そんなナトゥーラお嬢様がお城に行って、王様とかに謁見? 病人を無理やり連れて行くようなものじゃない。無理。

「その無理や道理が通じない相手なんだよ。国王陛下が来いと命じてくれば、あたしらはその命令に従うしかないんだよ」

「……だけど、どうやって連れて行くんです?」

 車いすとかに乗せて?

 だって、ナトゥーラお嬢様、自分では動けない。

「意識が戻らず、常にぼんやりしている状態だと、断るしかないんだけど。それでも行かなければ陛下に対する不敬で処罰される」

 理不尽。でもそんな理不尽がまかり通る世界なんだ、ここは。

 国王陛下の言うことが絶対で、従わないといけない世界。

 酷い世界だな。

 王様がいる国って、その王様が素晴らしい人なら素晴らしい国になるんだろうけど。王様がクズなら、全部クズになってしまうんだろうか。

 こんな世界でわたしができること……ない、よね。

 魔法を教えてもらって、それを少しばかり上手に使えるようになっただけ。

 じゃあ、その魔法を磨く?

 それとも……わたしの元居た世界に、ナトゥーラお嬢様を逃がす?

 わたしにはともかく、アイルさんなら、どこかの世界にナトゥーラお嬢様と一緒に逃げることだってできるはず。

 今までは、連絡できなかったから、とにかくアイルさんはきれいな心を集めて、ナトゥーラお嬢様の心の中に送っていた。

 だけど、心に閉じこもっているのはナトゥーラお嬢様の自分の意思なんだから。

 きれいな心を集めて、傷ついた気持ちを癒すとかしなくても大丈夫だと思うし。

 それに、お互いにこうしたいとかああしたいとか、わたしがナトゥーラお嬢様の精神世界に入り込んで、連絡することはできる。

 ナトゥーラお嬢様からの言葉をアイルさんとラケーレさんに伝えて。

 それからアイルさんとラケーレさんがどうするかとか、わたしがまた、ナトゥーラお嬢様に伝えることもできるはず。

 うん、わたし、伝達係。

 それなら、できる。

 いろいろ話し合った結果、ナトゥーラお嬢様のお父さん……フィデンツァ侯爵が登城して、王様に現状を説明することになったらしい。

 わたしは……なにができるかな?

 わたしの魔法は風と具現。 

 フィデンツァ侯爵が登城して、王様に謁見して、戻ってくるまでの長くはない時間。わたしはずっと考えていた。

 わたしはとにかくラケーレさんとアイルさんに魔法を練習させてもらって。できることを増やしていく。

 ナトゥーラお嬢様は相変わらず、時折叫び声をあげていた。

 自分で心の中に閉じこもって、心を閉ざしたふりをしているようなものなのに、何で叫んだりするんだろうと思っていたら、これ、ナトゥーラお嬢様の偽装工作なんだって。

 あれから、また、わたしは何度かナトゥーラお嬢様の精神世界に引きずり込まれて、ちゃんとアイルさんやラケーレさんに言葉を伝えたのかとか、現状はどうなっているのかなんかを報告させられた。

 ……というか、精神世界に閉じこもっていた反動で、わたしとでもいいから、話がしたいみたい。

 だけど。

「ああ、愚痴は止めてね。わたくし、あなたの……真白の建設的でない話は聞きたくないわ」って。

 うーん、じゃあ話題もないというか、パンダさんとラケーレさんからの伝言を話して、ナトゥーラお嬢様からパンダさんたちに伝えていことを聞いて。

 ほんと伝言係だよね、わたし。

 あ、でも、ナトゥーラお嬢様が、わたしのことを、あなた、じゃなくて、真白って名前で呼んでくれるようになったから、多少は仲良くなったのかな……なんて。

 お友達とまではいわないけど、それなりに親しくなったのなら、聞いてもいいかな?

 とりあえず疑問に思っていたことをナトゥーラお嬢様に尋ねてみた。

 どうして叫ぶのって。

 そうしたら……。

「心を痛めて、ショックを受けたっぽいでしょ。だから、わざと叫び声をあげてみているの」

 ……うーん、確かにそうかもだけど。

 叫んだり、泣いたりしたら、アイルさんたちが、心配するんだけどなあ。

「じゃあ、心配ないって伝えて。わたくし、わざと叫んだり泣いたりしているの。心が壊れた演技なのよって」

 なんてことを聞いたりしているうちにまたちょっと時間が経って。

 それで、突然。

 王太子殿下とやらが、ナトゥーラお嬢様のところにやってきた。

 恋人とかいう女の人も一緒に連れてきて。

 もちろんお見舞いなんかじゃない。フィデンツァ侯爵が、お城に行ってナトゥーラお嬢様が登城するのは無理だと伝えたら。

 そうしたら、諦めるのではなく、無理矢理にナトゥーラお嬢様を連れていこうと、王太子殿下自らがやってきてしまったのだ。

「ふんっ! ナトゥーラの仮病など、水でもかければ正気に戻るだろうっ!」

 馬鹿、なの。この王太子殿下とかいう人。

 まあ、仮病じゃなくて偽装だけど。

 フリとはいえ、心を閉ざした人を無理やり連れて行って、水をかける?

 ふざけんな。

 自分が政務とかそういうのができずにいて、それをナトゥーラお嬢様にさせたいから、水をかける?

 ふざけんな。

 わたしの心の奥底から、ふつふつと怒りが湧き出てきた。

 ナトゥーラお嬢様が心を閉ざしたふりをして、何年も我慢する必要なんてない。

 コイツが、この王太子殿下とかいうやつが諸悪の根源じゃない。

 コイツさえいなければ、ナトゥーラお嬢様が苦しまなくても良かったのに。

 女の人のほうも、こんな馬鹿と一緒に居るだけあって、すごく性格が悪い。

「あら、わざわざお水をかけるなんて、そんなの手間でしょお? その辺の噴水とか、川とかに、つき落とせばいいんじゃない?」

「おお、いいアイデアだ。素晴らしいぞ」

「でしょう?」

 王太子殿下と女の人、二人でキャッキャとすごく楽しそうにむごいことを言っている。

 だけど、王太子という地位にあるから、誰も逆らえない。

 酷いことをしても、こいつらが正義なんだって。

 ……パンダさん。ナトゥーラお嬢様連れて、逃げて。パンダさんならナトゥーラお嬢様を異世界に逃がすことができるでしょう。

 そう言いそうになった。

 だけど、二人で逃げるだけじゃ、どうにもならない。

 逃げた先で、どうやって暮らすの。

 ナトゥーラお嬢様は侍女の人とか、みんなに傅かれて生活してきた本物のお姫様。着替えとかの身支度も、お風呂に入るのも、髪の毛とか顔とかを洗うのも、誰かにやってもらうような生活。食事だって、自分じゃ作らないどころか買い物もできはしない。あれをやってちょうだいと人に命じるだけ。

 そんな人が、例えばわたしの世界に逃げたとしても……生きて、働くなんて無理。

 この世界で、ナトゥーラお嬢様は過ごすしかない。

 だったら他国に逃げる?

 ううん、違う。

 そうじゃない。

 逃げる以外の方法を、探せ。

 今、わたしができること。

 ふと思いついた。

 漫画なんかでよくあること。

 例えば主人公の女の子と男の子が、頭をぶつけたショックで心を体が入れ替わってしまうとか、そういう話。

 ……ナトゥーラお嬢様の体を、そのままに、放置しておいても。侍女さんたちが世話をするから大丈夫。

 それから……、桃花お姉ちゃんの読んでいる漫画にも書いてあった。

 魔法っていうのはイメージ。

 具体的に、イメージすることは、叶えられる、はず。

 そして、わたしの魔法は風と具現。

 具現というのは思っていることを、実際に形としてあらわすことだ。

 わたしは今まで、葉っぱや折り鶴とか、そういう小さいものしか具体的にイメージできなかったから、そういう小さいものだけを具現化してきた。

 でも、願ったことを形に表すことができるのなら。

 ……失敗したっていい。やってしまおう。

 逃げるより、マシな方法だ、きっと。

 成功すれば、の話だけど。

 ううん、成功させてみせる。

 わたしは、いちゃいちゃとしている王太子殿下と女の人をじっと見る。

 魔力というものを、お腹の底に溜める。

 集中して、具現化、する。

「王太子殿下の精神は、その女の人の体の中で共存するようにっ!」




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