真白とナトゥーラお嬢様 ①
可愛い女の子だったら知っている。わかる。
テレビの中のアイドルの人たち。
キラキラした瞳で、歌って踊って、すごく可愛い。
お姉ちゃんが友達から借りてくるファッション雑誌のモデルさん。
足とかすらっとしてすごく綺麗。
だけど、ナトゥーラお嬢様は、そんな可愛いなんて超越したレベルだった。
まさに美少女。
圧倒的なほどに。
アンティークドールが人間に変わったら、こんな感じなのだろうか?
それともアニメの主人公?
金色のきれいな長い髪。エメラルドみたいな緑の瞳。
前に、ナトゥーラお嬢様が悲鳴を上げていたとき、ちょっと見たときだけでもきれいな女の人だなあ……とか思って、自分が恥ずかしくなったけど。
手と手を取り合える位置で、すごく間近に見ると、本当に人間とは思えないくらい。
ほっぺなんて、陶器でできた人形みたいにつるつるで白い。
それか、触れたら壊れてしまうようなガラス細工のお人形。
豪奢な刺繍が施されている椅子に座ってじっとしていると本当に生きている人なのかって疑問に思ってしまうほど。
「真白、これがあたしの孫娘のナトゥーラだよ」
ラケーレさんとパンダさん……アイルさんに連れられて、わたしがナトゥーラお嬢様と対面したのは、この世界についてから二週間も経過した後だった。
すぐに『綺麗な心』をナトゥーラお嬢様に差し出す……のかと思っていたんだけど。
「真白は魔法の才能があるかもしれない」と、ラケーレさんに言われて、あれこれ教わってしまったのよね……。
魔法なんて、元の世界ではお話の中でしか出てこなかったものを、わたし、この二週間で結構自由自在に使えるようになってしまった……。
えーと。
自分でもびっくり。
平凡で、なにもできることがなくて、言いたいこともできなくて、大人しくしているだけだったわたしが。
ラケーレさんから『ナトゥーラお嬢様の壊れた心を取り戻す。もしくは修復する』ことをお願いされて、はじめは何をどうしていいのかわからなかった。
で、言われるままにいろいろためしてみた。
まず、風を起こすことができた。
それから、具現、というらしいんだけど、イメージしたものを形に表すことができた。
ただし、わたしが具現化できるのは、手のひらサイズは小さなものだけ。葉っぱとか花とか、折り紙で作った鶴とか。
で、考えた。
きれいな心をナトゥーラお嬢様に渡すのではなくて、魔法の花や折り鶴なんかを、ナトゥーラお嬢様の心の中に届けられないかなって。
大勢の人たちに取り囲まれて、婚約破棄をさせられた、なんて。怖いこと、嫌なことをされて、心を閉ざしたナトゥーラお嬢様。
その閉ざされた心の中を、きれいなものとか楽しいものとかでいっぱいにして、怖いものとか嫌なものを、心から追い出せたら、もしかしたら、ナトゥーラお嬢様は元気になるかもしれないって。
そう思って、ラケーレさんとアイルさんに言ってみた。
「失敗しても悪いことにはならないだろうよ。真白、やってみてもらえるかい?」
「はいっ!」
こんなわたしでも、何かやれることがあるのなら。
アイルさんにこの世界に連れてきてもらって、ラケーレさんに魔法を教えてもらって。
その対価として、というのもあるけれど。
わたしにできることがあるのなら、という気持ちのほうが強い……かな。
うん、役に立つのが嬉しいっていうか。
できることがあれば、自分の自信になるというか。
異世界で、わたし、自分の力で生きていけるようになるんじゃあないかなって。
わたしはナトゥーラお嬢様の前に立って、その白い手をそっと取る。
願う。
ラケーレさんもアイルさんも、ナトゥーラお嬢様のことを心配しているよ。
心を閉ざしたままでいないで、元気になって。
そんな願いを魔法の折り鶴に乗せて飛ばすイメージ。
魔法を、わたしの手から、ナトゥーラお嬢様の心の中へと送り込むイメージ。
一気に、心の中に送るのではなく。
ささやきのように、少しずつ。
花弁のように優しく。
閉ざされた心をこじ開けるのではなく、そっと側にたたずむような。
そんな感じで、わたしはナトゥーラお嬢様の心に語り掛け続ける。
そのつもりだった。
まあ、ちょっとはなんていうか、ラケーレさんにもアイルさんにも大事にされているナトゥーラお嬢様のことがうらやましいななんて、思ってしまったことも伝わってしまったかもしれないけれど。
だけど。
「うるさいわね、異世界の子ども。グダグダ言ってるだけで。現状が嫌なら自分で変えればいいでしょうっ!」
「え⁉」
そうしてわたしは薄暗い世界に引きずり込まれたのだった。
目の前にいるナトゥーラお嬢様は、腕を組んで、わたしを睨んでいる。
「あの、えっと……」
「ホントイライラするわねえっ! ぐちぐちと益にならない繰り言ばかりで!」
ガラス細工の美少女……と思ったナトゥーラお嬢様は、容赦なくわたしを叱り飛ばしてくる。
「我慢ばっかりしているから、心の中が膿んでるのよ。嫌なら嫌とはっきり言いなさいっ!」
「あ、えーと……」
「……とまあ、言いたいことはいくらでもあるのだけれど。とにかくあなたの独白はうるさいのよ」
「う、うるさ……」
ひ、ひどくないですか、ナトゥーラお嬢様。
「そんなのわたくしに言っても仕方ないでしょうっ! 文句を言いたいのなら、あなたのお母様やお姉様に直接言いなさいな」
お母さんにも桃花お姉ちゃんにも言えないから。
だって言っても仕方がない。
「はっ! 言っても仕方がないと諦めていないで、自分で現状を変えなさいな。無理なら一生その文句ばかりの人生に甘んじているがいいわ。とにかく、わたくしに、そんな無意味な愚痴を聞かせないでちょうだいっ!」
「聞かせないでって……」
「わたくしに何か言いたいのなら、もっと具体的なことをおっしゃいっ! 助けてほしいなら、ちゃんと助けを、放っておいてほしいのなら、わたくしに語り掛けないで。愚痴を言いたいだけならわたくしではなく他の暇を持て余している人にして」
言いたい放題言われて、なんかちょっとむっとした。
「……ナトゥーラお嬢様、暇を持て余しているでしょ。心閉ざして、閉じこもって」
そんな人に文句なんて言われたくない。
さすがのわたしもイラついて、反射的に言い返した。
そうしたら、ナトゥーラお嬢様は口角を上げて、にやりと笑った。
「あら、言い返せるじゃない。あなた、お姉様に『いい子ちゃん』なんて言われてた時は黙って引き下がるというか、逃げだしたのに。わたくしには言い返せるのね」
ふふん、とナトゥーラお嬢様が高飛車な感じで、顎をしゃくった。
「そうやって、ちゃんと文句、言いなさいな。じゃないといつまで経っても不満を内に溜めたまま『いい子ちゃん』でいないといけなくてよ」
まさか、わたしに反論させるために、わざと高圧的な態度をとったの?
「まあ、いいわ。あなたの人生よ、好きにすればいい。不満ばかりを溜めて、自分ばかりが損をすると思ったまま、不遇な人生を送りたければそうすればいいし、反論して現状を変えたければそうすればいい」
えーと。
ナトゥーラお嬢様って、ショックで心を閉ざしているんじゃないの……?
桃花お姉ちゃんが読んでいる漫画の、札束で人の頬を叩くようなお金持ち高飛車お嬢様にしか見えないんだけど……。
「誰が、ショックで心を閉ざすよ。婚約破棄くらいでわたしが傷つくとでも? あんな無能王太子との縁を切れるのなら、小躍りするくらいに嬉しいというのに」
どうも、聞いている話と、目の前にいるナトゥーラお嬢様の印象が一致しない。
ガラス細工の、壊れやすい、繊細なお嬢様……ではないような……。
首を横に傾げてしまう。
「ああ、心を閉ざした状態にしているのは理由があってのことよ」
え、そうなの?
わざと心を閉ざしている……の?
「もちろんよ」
あ、あれ? わたしが心の中で思っていること、もしかしてナトゥーラお嬢様に全部伝わっている……?
「あら、気が付かなかった?」
「え、ええええええっ! ど、どうして……っ!」
「だってここは、わたくしの精神世界。わたくしが閉じこもっている、閉ざした場所だもの。つまり、ここではわたくしが世界の支配者。あなたをここに引きずり込んだのもわたくし。あなたの思っていることくらい、全てわたくしにわかるに決まっているでしょう」
う、うあっ!
じゃ、もしかして……ナトゥーラお嬢様に、わたしの感情とか、うらやましいと思ったこととか、自分の姿が恥ずかしいと思ったこととか、パンダさんみたいに、大事に思ってくれる人がいて良いなあとか思ったこと、全部伝わっている……の……。
「当たり前でしょ」
いやだあああああ。
「な、なんでそんなところにわたしを引きずり込むんですかっ!」
か、帰らせてっ!
元の場所に戻してっ!
「一つはあなたがぐちぐちと煩いからよ。そんな建設的でない話をわたくしに聞かせないで」
わたしが、ナトゥーラお嬢様に語り掛けていたのは、全部愚痴に思われていたのか……。
「少しくらいはわたくしを心配してくれる心も伝わったけれど。だんだん愚痴ばかりが多くなってきたわね」
「……うっ、ご、ごめんなさい」
「まあ、いいわ。わたくしの伝言をおばあ様とアイルに伝えてくれたら許しましょう」
「伝言……」
「そう。わたくしは、自分で心を閉ざす状態を作っているの。辛いわけじゃないわ。むしろ逆ね。辛い状況に追い込まれないように、こうやって外界との接触を断っているの」
「どういうこと?」
わからない。
辛いことがあって、心を痛めたから、心を閉ざしたのではないの?
「わたくしはこれでも王太子殿下の婚約者として国政に携わってきたの」
「そうなんだ……?」
国政……って、国の政治、だよね。国を動かすお仕事を、しているのか。すごいな……。
「王太子殿下が無能だからよ。何にもできない阿呆者に代わって、わたくしが王太子としての業務をすべて担ってきていたの。で、その無能がわたくしに対して婚約破棄を言ってきた。ねえ、あなた。この後わたくし、どうなると思う?」
「え? 婚約がなくなったのなら……縁が切れて、さよならで、無関係になる……」
「そんなわけないでしょ。あの無能者には何もできないのだから」
はぁ……と、大仰にナトゥーラお嬢様は溜息をついた。
「いい、異世界の子ども。あなたにはわからないかもしれないけれど、あの無能はあれでも王太子という権力を持っているの。しかも馬鹿な子ほどかわいいのか、国王陛下もあの無能を甘やかしているの。何もできない無能に変わって、わたくしがなにもかもを行っていたの」
「は、はあ……」
「婚約破棄を、人前で大げさに行って、いかにもわたくしに非があったかのように大声でわたくしを責める。床に這いつくばらせて、わたくしを罪人扱いする。そういったパフォーマンスを行って、わたくしを奴隷扱いしても当然だと周囲に思わせる」
それって……、非人道的な行いとかって言うんじゃあ……。
「この国で一番偉いのは国王陛下。王太子はその国王陛下に愛されているの。つまり、公爵令嬢とはいえわたくしごとき、どうとでも処分できるのよ」
酷い……。
「ええ、酷いわよ。どうやってそんな酷使から抜け出せるか、考える暇もなく、休む間もなかったわよ。だけどね。せっかく婚約破棄なんて、公衆の面前でしていただいたのだから、これを使ってやろうって思ったわ。だって、普通ショックを受けるでしょう? 心くらい閉ざしても仕方がないわよね」
ふふふ、とナトゥーラお嬢様は笑った。
「わたくしを罪人として、婚約を破棄して、自分は愛する無能なご令嬢と結ばれて。わたくしを奴隷として使役して、自分は遊んで暮らす。わたくしはねえ、心を閉ざすことで、それに対抗しているの」
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