真白 『異世界』にて ⑥
願う。
誰かのために、何かを。
パンダさんとラケーレさんの願い。
ナトゥーラお嬢様が心を閉ざしたままでいないで、元気になってほしい。
そんな願いを魔法の折り鶴に乗せて飛ばす。
願う。
わたしが願うこと。
お母さんにもう少し楽になってほしい?
お金が欲しい?
桃香お姉ちゃんお母さんがケンカしないでほしい。
イライラした気持ちをぶつけないでほしい。
桃香お姉ちゃんはスマホがあればしあわせ?
みんなと同じならいいの?
自分だけみんなと違うのが嫌だっていう気持ちは、わたしにもある。
だけど、みんなと同じなら、それでいいの?
わからない。
わからない気持ちも同じように折り鶴に乗せて飛ばす。
怒りは赤い折り紙で。
願いは緑色の紙。
希望は金色。
不安は灰色。
モヤモヤした気持ち。
羨む気持ち。
考えては折り鶴にして、それを飛ばす。
いくつもいくつも。
数えられないほど、無数に。
ナトゥーラお嬢様に向けて。
だけど、ナトゥーラお嬢様ためにって言うより、わたしの心の中のモヤモヤした気持ちを、ただナトゥーラお嬢様に向けて、放り投げているだけ、みたい。
ただ吐き出している感情。
きれいなんかじゃない。
ラケーレさんに魔法を教えてもらってそれからわたしがずっとやっているのはそんなコト。
わたしの不満や不安を吐き出しているだけなんじゃやないかなあとも思ったり。
魔法の練習というよりも、自分の気持ちを確認したり掘り下げて考えたりしてるみたいだった。
折り鶴を、ひとつ飛ばすたびに思った。
ああ、わたし、今までずっとたくさんの不満を抱えてきていたんだなって。
おさがりのランドセルも服も嫌だ。
なのに平気なふりをしてきた。
桃香お姉ちゃんがお母さんとケンカするの嫌だけど、わたしだってみんなと同じがいいんだって、自分の、新しいものを買ってほしいって言いたかった。
嫌なのに、平気なフリをしてきた。
だから、桃香お姉ちゃんに『いい子ちゃん』なんて言われたんだ。
言われた時はすごくショックだったけど、今ならわかる。
わたし、本当に『いい子』なんかじゃなくて、『いい子』のフリをしただけだったんだって。
お母さんに、これ以上負担をかけられないから、だから我慢する。
だけど、心から、心の底から納得して、それでいいよって言ってきたわけじゃない。
言っても、仕方がない。どうしようもない。言ってもケンカになるだけ。だったら、黙って我慢すればいい。
だけど、わたし、我慢しきれずに、飛び出しちゃった。
こんな『異世界』にまで『家出』しちゃったよ。
ああ、ナトゥーラお嬢様も、わたしと同じなのかな?
『異世界』に『家出』したわたし。
『自分の心の中』に『閉じこもった』ナトゥーラお嬢様。
わたしもナトゥーラお嬢様も、どうしたらいいんだろうね。
ラケーレさんは、時間が経てば解決するみたいなことを言ってた。
わたしのお母さんひとりが働いているだけじゃ、お金が足りないなら。わたしも働けばいいって。
今、すぐに働けないなら、働けるようになったときにすぐに稼げるように、今から準備すればいいって。
ラケーレさんの言っていることはきっと正しい。
だけど、わたしは『今』辛いんだ。
『未来』で幸せになるために『今』努力するなんて。
その『未来』まで、我慢すればいいの?
というか、『未来』に幸せになるために、『今』何をすればいいの?
わたしが働けるようになれば、自動的に『未来』では幸せになれるの?
……そんなはず、ないと思う。
なにを、どうすることが、『未来幸せ』に繋がるのかがわからない。
勉強をすればいいの?
お手伝いをすればいいの?
桃香お姉ちゃんみたいに、ああしたい、こうしたいって言えばいいの?
わからないから、黙ってじっと耐える。
それしか、方法を、知らなかった。
だけど耐えられなくなってしまった。
わたしは『家出』した。してしまった。
このまま、帰っても、きっと意味はなくて。
何かをできる力をつけるしかないんだよね、きっと。
魔法をおぼえて。
でも、わたしの世界では、魔法なんてないから。
魔法を使って生きていくなんてきっとできないだろうけど。
でも、まず、この魔法でナトゥーラお嬢様の心に、何かが通じたら良いのになって、ちょっとだけ思う。
だって、パンダさんもラケーレさんも、ナトゥーラお嬢様のこと、すごく大事に思っているんだもの。
わたしをこの世界に連れてきてもらった対価。
わたしに魔法を教えてもらっている対価。
それから。
『異世界』に『家出』したわたし。
『自分の心の中』に『閉じこもった』ナトゥーラお嬢様。
似ているなって思って。
ねえ、ナトゥーラお嬢様。あなたはどう思いますか?
似ているなって思うのは、わたしの勝手な気持ちで、ナトゥーラお嬢様は、ぜんぜん違うよって言いますか? 自分のほうが辛いとか思う?
わたしはね、ナトゥーラお嬢様。
ナトゥーラお嬢様がされたことを、パンダさんとラケーレさんから聞いたの。
それで、ナトゥーラお嬢様は辛いけど、だけど異世界まで行って、ナトゥーラお嬢様を助けようとしてくれるパンダさんがいて、わたしナトゥーラお嬢様のことがすごく羨ましいんだよ。ナトゥーラお嬢様いいなって、思うんだよ。
わたしには、そんな人いるのかな?
桃香お姉ちゃんは、わたしみたいな『いい子ちゃん』がいないほうが、清々するんじゃないかな?
お母さんは、悲しむかもしれないけど、ひとりいなくなればそのぶん生活は楽になるとか思うんじゃあないのかな?
わからない、けど。
わたしのためにって、そんなこと、考えてはくれないと、思う。
だからわたし、ナトゥーラお嬢様のことが羨ましいよ。
そんな気持ちも全部折り鶴に乗せて飛ばす。
一方的にぶつける気持ち。
だから、まさか、ナトゥーラお嬢様からの反応が返ってくるとは思ってもみなかったのだ。
しかも、
「うるさいわね、異世界の子ども。グダグダうだうだとっ! ああ、うっとうしいっ!」
……ええと? ナトゥーラお嬢様って、辛い目にあって、心を閉ざしていたのでは……?
どうして、わたしが睨まれているの……?
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