真白 『異世界』にて ④

 ラケーレさんの手とわたしの手を合わせる。

「いいかい、真白。あたしが今からお前さんに魔力を流す。それを感じられるかどうか、やってみるんだよ」

「は、はい……」

 あたたかいなにかが、流れてくるみたい。それが、わたしの体の中を通り、ぐるぐると巡る。

 これが、魔力というものか。

 血管の中を血液が流れていくみたいに、ラケーレさんの魔力がわたしの体中を巡る。

 指先から、腕を通って、肩、胸。心臓から、手足に向かって、また流れ出す。

「そのまま、自分の体の中に魔力を巡らせてごらん」

「は、い……」

 ゆっくりと、流して。次第に早くして。リズミカルに。自由自在に、魔力を動かせるようになったのは、すぐだった。

「じゃあ、次だ。真白、お前さんの手から、その魔力をほんの少しだけ、放出してごらん」

「放出……」

 えーと、ファンタジーのゲームとか、そういう戦闘的な感じで「ハーっ!」とか出すの?

「いきなり大量にぶっ放したら、魔力切れで倒れちまうよ。ほんの少しだけだよ」

 ほんの少し。

 ええと……。桃花お姉ちゃんの読んでいた漫画に「魔法はイメージ」とか、書いてあった……気がする。えーと、イメージ。放出。ふっとドライヤーのイメージが浮かんだ。髪を乾かすときの、強い風じゃあなくて、桃花お姉ちゃんが髪の毛をセットするときの弱い風のほう。

 わたしは自分の右手をじっと見る。

 この手が、ドライヤーだと考えて、そこから弱い風を出す。

 ふわっとした風が出た。

「わあ……。ホントに出た……」

 せっかく風が出たんだから、なにか飛ばしたいな……。軽いものならできるかな? ハンカチとかは、意外に重いかな……。

 きょろきょろを、あたりを見回す。

 鉢植えに入ったいろいろな種類の花が並んでいた。

 花弁とか、葉っぱとか?

 でも、せっかくきれいに咲いているのに、毟ったら……もったいない。

 あ、イメージ。

 花弁とか葉っぱをイメージして、それを作ってみればいいのか。

 できるかな?

 やってみよう。

 わたしは左の掌を上に向けた。

「葉っぱ、出ろ」

 念じてみたら、葉っぱが一枚、掌の上に現れた。

 右手で弱い風を出して、葉っぱに向ける。

 葉っぱは、風に吹かれてふわりと舞った。

 できた。

 そう思った瞬間に、視界がふっと暗くなった。

 え……っと思う間もなく、わたしは意識を失った。



       ☆★☆



「あれ……?」

 ベッドに横になったまま、わたしはきょろきょろとあちこちを見回した。

 お金持ちのお母さんがいたあの世界の、タワーマンションのわたしの部屋なんかよりももっとずっと豪華な部屋にわたしはいた。

 なんというか、豪華であり更に重厚?

 壁際には飾りなんかじゃない、本当に火を焚いて暖をとれる感じの、暖炉なんてものがあって、その暖炉の上にはお布団より大きなサイズの風景画なんかが飾られている。もちろん額縁は金。金メッキとかじゃなくて、本物の金だったりして……と思ったり。

 暖炉の左右には、女の人がツボを持っている感じの彫像。更にその横に、メイドさんみたいなエプロンドレスを着ている女の人が、じっと、身じろぎもせずに立っていた。

 その人も美術品かな……と、首を傾げたら「お目覚めですか」と声をかけられた。あ、生きている本物の人間だった。

「あ、はい……」

 身を起こそうとしたら、すっとわたしが寝かせられていたベッドに、そのメイドさんっぽい女の人が近寄ってきてくれた。コップに入れた水を差しだしてくれた。

「あ、ありがとう、ございます」

 ごくごくと飲む。ああ、おいしい。喉がとても乾いていたみたい。

 もう一杯飲んで、ふうと息を吐く。

「真白様がお目覚めになったことを、ラケーレ様とアイル様にお知らせいたしますね」

 そう言って、メイドさんはすっと頭を下げた。

「あ……っ、はい」

 びっくりして、よろしくお願いします……と、口の中でモゴモゴと言う。

 だって「真白」「様」だよ。初めてそんなこと言われた。呼び捨てとか「ちゃん」付けならともかく「真白様」だって。

 うわあ、わたし、どこのお嬢様? あ、違うか、お客さんだから「様」ついているのか。ああ、びっくりした……。

 ドキドキしすぎて、わたしはもう一回ベッドに横になる。

 ふう……。

 ベッドも、広い。かなり広い。こんなサイズのベッド、わたしと桃花お姉ちゃんの部屋に入らない。というか、部屋のほうが狭いんじゃないかな……。

 そんなことを考えながら、ふんわり柔らかベッドでごろごろしていたら、ラケーレさんがやっていた。

「……真白、具合はどうだい?」

「あ、平気です」

 ベッドがあんまりにも気持ちよくて、ごろごろしていただけです。すみませんと、わたしは頭を下げた。

「いや、謝るのはこっちのほうさ。まさか、いきなりあんなに魔法を使えるようになるとは思わなかったからねえ」

「えっと……?」

「魔力切れを起こして倒れたんだよ」

「ああ……、そうなんですね……」

「風を起こせるようになるだけじゃあなくて葉っぱを具現化して、しかもそれを動かすとは……。いやはや、真白、あんたはパンダ以上の魔法使いになるかもしれないね」

「へっ⁉」

「あれも、かなりの規格外でね。ホイホイ異世界への道を繋げるわ、そっちから、誰かを連れてくるわと。まあ、普通じゃないことをあっさりやってのけたけど」

 あー、異世界から異世界へ移動って、そうとうなのかあ……。

「パンダに連れてこられた真白もそうとうさね」

 そうとう……ということは、ちゃんと魔法を習ったら、わたし、すごい魔法使いになれるってことかな?

 日本の、わたしが元々いた世界には魔法なんてないけど。

 だけど、魔法が使えるのなら。

 わたし、この世界で、自分の足で立って、生きていける?

「あの、すごい魔法使いになったら、お金稼げますか? どのくらい稼げますか⁉」

 勢い込んで聞いたら、ラケーレさんは、呆れた顔になった。

「稼ぎたいんかい?」

「だって、わたしのお母さん。働いて疲れてるし。桃花お姉ちゃんは欲しいもの、買えないって、お母さんとケンカばかりするし。わたしが、魔法でお金を稼げるようになったら、二人はケンカ、しないかなって。生活、楽になるし、好きなことも、できるようになる……」

 わたしも、桃花お姉ちゃんのおさがりばかり着ていないで、新品の服が買える?

「どの程度の魔法が使えるかにもよるけどねえ。まあ、その前に、真白にはやってもらいたいことがあるんだけど」

 あ、そうだった。

 ラケーレさんに魔法を教えてもらう対価。

 わたしがお金を稼ぐより先に、その対価を支払わないと。

「わたし、魔法を、ちゃんと使えるようになったら、なにをしたらいいですか?」

 ラケーレさんは、わたしをじっと見て、言った。

「心を」

「え?」

「あたしの孫娘の、壊れた心を取り戻す。もしくは修復する。真白には、それを手伝ってもらいたいのさ」






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