真白 『異世界』にて ①
カツンカツンと、大理石みたいな真っ白い床に、足音が響く。学校の体育館よりも広くて長いこの場所が、廊下だというのが信じられない。
「パ、パンダ、さん……」
「ん? どうしたの真白ちゃん」
「ここ……、王様とかが住んでいるお城なの……?」
だって、すごい豪華。
天上にはシャンデリア。壁には金で縁取りがされた鏡が何十枚もあって、窓から差し込む日の光を反射している。
女神様の彫刻とか、天使像とか、そういう美術品なんかも点在している。
テレビの旅行番組とかで紹介されているヨーロッパのお城みたい。
「王城ではないよ。ここはフィデンツァ侯爵家が所有する屋敷の一つでね」
「こうしゃく……」
えっと、こうしゃくって、貴族?
お屋敷?
「元々は狩猟のための別荘だったらしいよ。今は……ナトゥーラお嬢様がここで静養しているだけだし、狩りなんかはしないし舞踏会とかも開かないから、使用人も数が少ないけどね」
狩猟に舞踏会……。
し、使用人……。
異世界っていうだけではなく、世界が違う……。
そんな場所の、お嬢様が、住んでいる、お城みたいな場所。
そんなすごいところに、勝手に入ってしまっていいんだろうか?
不安になって聞いてみたら、パンダさんは気軽に答えてきた。
「大丈夫。ここは、一応、ボクがお世話になっている家でもあるし」
「え、ええと。と、いうことは、パンダさんって、貴族の人なの?」
「ああ、違うよ。ボクはフィデンツァ侯爵家の使用人……というか、お抱えの魔法使い……ってところかな。先代領主夫人に魔法の才能を見出されただけの平民。で、今はフィデンツァ侯爵家の次女のナトゥーラお嬢様の専属扱いにしてもらってる」
侯爵家、お抱えの、魔法使い。
お嬢様の専属。
なんか……絵本とかファンタジーの映画とかの世界の話みたい。
わたしは思わずまじまじとパンダさんを見つめてしまった。
ん? あ、あれ?
じっと見つめていたら、なんか違和感が。なんだろう?
きょろきょろと、あたりを見る。鏡に映っているわたしが見える。わたしと……もう、一人。
「あ、あれ……?」
「ん? どうしたの真白ちゃん」
なんかおかしい。
そう思って目を擦る。
わたしの目の前のパンダさんは、確かにモフモフの毛をしていた。
だけど、廊下の壁に飾られている巨大な鏡には……白黒の毛のパンダさんは映っていない。
鏡に映っているのは……フードのついたロングコートを着た、腰まである長い髪の毛の、人、だった。学校の先生と同じくらいの年に見えるから二十代くらい? 青い瞳。美形っていうのかな? お姉ちゃんが読んでいる漫画とかの、ヒーロー役とかで出てきそうなくらいにカッコいい男の人。
髪の色は確かに白と黒が混じっている……というか、ひと房ごとに黒だったり白だったりする、ツートンカラーは確かにパンダ色と言ってもいいかもしれない。だけど、どこからどう見ても、動物のパンダには見えはしない。
「か、鏡……、パンダさん、が、人間……」
「ああ……。そろそろ姿を元に戻そうか」
「え?」
ふっと、風が吹いたかと思うと、パンダさんは、鏡に映っていた通りの人間の姿になった。
「こっちが本当のボクの姿」
「な、なんで、姿を変えたりしていたの……?」
「うん、まあ。真白ちゃんは、知らない人間にいきなりついて行ったりはしないでしょ。だから、真白ちゃんにとって親しみのあるパンダのイラストのね、あの姿を借りてみたわけ」
「そ、そそそそうなん……だ……」
姿を変えられるって、やっぱりパンダさんはすごい魔法使いなんだなあ……って、ちょっと感心してしまった。
「まあ、あと。ボクの名前がねえ、パンダって意味もあるからね……」
ふっと、パンダさんは遠くを見た。
「えーと、お父さんとかお母さんが、パンダさんにパンダって、名前、付けたの?」
「……さすがに実の親にそんな名前を付けられたら、人生を儚んでしまうね」
う……、パンダさんて名前、かわいいとは思うけど……。
でも、わたしがもしも真白じゃなくて、シロクマとかイカとかいう名前だったら……、ちょっと、嫌、かも。
「まあ、ホルスタインとかシマウマとかいう名前を付けられなくて良かったというべきかなあ……」
ほ、ホルスタインって、牛……。そんな名前、嫌だなあ……。
「ボクの師匠はネーミングセンスが悪いよね」
パンダさんの師匠って、どんな人、なんだろう……。
「この通り、髪が白と黒だからパンダって。パンダ呼ばわりはあんまりだって文句を言ったら、じゃあ、今は家の国でも使われていない、昔の言葉でパンダを表わす『アイルロポダ・メラノレウカ』にするよってさ……。真白ちゃんだけじゃなく、知り合う人みんな、ボクの名前を覚えないんだよ。もう、どうでもよくなっちゃって、ボクも『パンダ』ですって、名乗るようになっちゃった……」
ううん、なんと言うべきか……。
「まあ、この姿だと『パンダ』って呼ぶのも呼びづらいっていう人もいるからね。ナトゥーラお嬢様やこの屋敷の使用人たちは、ボクのことは、最初の三文字呼びで『アイル』って呼ぶよ。師匠は『パンダ』って呼ぶけどね。真白ちゃんも『アイル』のほうが呼びやすければ、そっちでも構わないよ」
そう言われたけど……、ええと。確かにこの美形のお兄さんに対して『パンダ』とは呼べない感じがする……。
「え、えっと。じゃあ、パンダの姿のときは『パンダさん』って呼んで、今のお兄さんの姿のときは『アイルさん』って呼ぼうかな……」
そう言ったら、パンダさん……いや、アイルさんは、にっと笑った。
「いいね、それ。使い分け。ちょっと面白いかも」
わたしが言ったこと、したこと。
それを否定したり拒絶するのではなく。
受け入れて、笑ってくれたアイルさん。
桃花お姉ちゃんみたいに、いらないとか、いい子ちゃんとか、否定したり蔑んだりしない。
ああ……、まるで、わたしの心に、柔らかくて大きな花が咲いたみたい。
大理石みたいな固いはずの床も、ふわふわに感じられてしまう。
国語の教科書に載っていた、浮足立っているって、こういう気分のことを言うのかな? なんだか、ふんわりして、心がどこかに飛んでいく感じ。
なんだろう、この気持ち。
むず痒い、みたいな。
それでいて、ずっと感じていたいみたいな。
だけど、そんなふわふわな気持ちは、長続きしなかった。
突然、切り裂くような悲鳴が、どこかから聞こえてきた。
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