真白 『異世界』に『家出』する ③
どうやら高層マンションの一室とか、ホテルの最上階とかみたい。
テレビで見たことがある、お金持ちのお家。そんな感じ。
ふっかふかの絨毯の上を歩いて、窓側に近寄って外を見る。
「うわあ……。パンダさん、あれ、レインボーブリッジ? 高速道路がすごい下に見える……」
「南側に広がる青い海と空の眺望。南西にはレインボーブリッジやお台場が広がり、東京ベイエリアならではの眺望を楽しむことができるタワーマンションの最上階の一室……って、ところかな。この世界での、真白ちゃんの家がここ」
「……すごすぎて、怖いかも」
木造二階建ての、古いアパートとは違いすぎる。
呆然としていたら、パンダさんに部屋の中を案内された。
わたしの小学校の教室なんかよりも広いリビング。
天井にはシャンデリア。
廊下の床なんて、大理石とかみたい。白くてピカピカしている。
「そっちが真白ちゃんのお部屋」
「え、わたしの部屋があるの?」
うちのアパートは狭いから、四畳半の部屋を桃花お姉ちゃんとわたしとで一緒に使っている。なのに。
この世界のわたしの部屋は、勉強部屋と寝室とクローゼットみたいに服がたくさんしまってある部屋と、更にお友達とかを呼んで一緒に遊べるようなわたし専用のリビングルームまであった。四部屋ともわたしだけのなんだって。
「広すぎ……」
「だけど、この世界の真白ちゃんのお母さんは……、お金持ちだから……」
声が、だんだん小さくなっていったと思ったら、パンダさんの姿がふっと見えなくなった。
「え、ちょ、ちょっとパンダさん……⁉」
どこに行っちゃったんだろう。
どうしよう……。
突っ立ってていても仕方がない。恐る恐る部屋の中を見て回る。
すると扉が開いている一室があって、そこにお母さんがいた。
パソコンのモニタが三台も置いてある、すごい大きい机。
そこで、キーボードになにかをカタカタと打ち込みながら、お母さんはスマホに向かって喋っていた。
英語……とかみたい。言葉が聞こえてきても、話している内容は全く分からない。
椅子も、校長先生が座っている椅子みたいな、すごく立派な革張りの椅子で。それに座っているお母さんも、化粧をばっちりしていて、着ている服も、ドラマの女優さんみたいに、体のラインが丸わかりのドレスだった。
……お母さんじゃないみたい。
扉からじっと見ていたら「なあに真白。お腹空いたの?」とお母さんがわたしに聞いてきた。
「う、うん」
「だったら適当になんか頼みなさいよ。お母さんはお仕事が忙しいから」
わたしのほうを見もせずに、お母さんが言った。
「適当になんか……って」
お母さんが作ってくれるんじゃないの? レンチン? 頼むってなに?
首をかしげていたら、桃花お姉ちゃんがやってきた。
「あたし、今日はお寿司がいいな~。真白も一緒に頼む?」
「う、うん……」
わからなくて、とりあえず適当に頷いたら。桃花お姉ちゃんは、スマホでどこかに電話を掛けた。
「あ、すみません~。1138号室です。銀座のよしあき寿司の特上を二人前、あとそれからパティスリー三上のチョコケーキ、ホールで。デリバリーよろしく」
ええと、なに? 特上のお寿司……? パ、パティスリーって? デリバリーって、配達してもらうの?
「桃花お姉ちゃん、どこに電話をかけたの?」
「ん? タワーマンションのコンシェルジュサービス。いつも頼んでるでしょ」
コンシェルジュサービスってなに?
いつも頼んでる?
ごはんって、お母さんが作ってくれるんじゃないの?
「お母さんはいらないよね?」
「ええ、そろそろ出かけるわ」
「ふーん、今日はぁ、どこのぉ、誰とぉ、デートですかぁ?」
べたっとした感じの、嫌な声を桃花お姉ちゃんは出した。
「会食をするのも仕事なの」
「へー。ホテルの最上階で夜景を見ながら初老の社長さんとお酒を飲んで? 素敵な仕事ですね~」
「その仕事のおかげでアンタたち、この家に住めているんじゃないの」
「はーい、お母様の、おかげですねー」
ぷいっと、顔を背けて。
桃花お姉ちゃんは「……いくらお金があっても、ヒヒジジイどもの御機嫌うかがいなんて、そんな気持ち悪い仕事、あたし、したくない」と、ぼそっと呟いた。
この世界のお母さんはお金持ちだけど。やっぱり桃花お姉ちゃんとお母さんは仲が悪いみたい。
……お金があっても、しあわせじゃ、ない、のかな……。
そう思ったとたん、視界が暗転した。
また別の世界かと思ったら……ちがった、パンダ公園だ。
見覚えのあるパンダのイラストの案内図。
わたしはその看板の見えるベンチに座っていた。
「え……?」
今までのことは、もしかして夢だったの? わたし、ここで寝ていた?
きょろきょろとあたりを見る。
親水緑道の木々の間から見える空は、もう夕方の暗いオレンジ色。
いけない。早く帰らなきゃ。
慌てて立ち上がって、走りだそうとした。そうしたら。
「気を付けて帰りなよ、真白ちゃん。もうお母さんとお姉ちゃんのケンカは終わっているよ」
パンダさんの声がした。
振り返ってみたら、案内板のパンダのイラストが、わたしに向かって手を振っていた。
「またね」
そう言われて、わたしも「今日はありがとう。さよなら、またね」と答えた。
夢じゃ、なかった。
物々交換の世界も、お金持ちのお母さんの世界も。
家に向かって走りながら考える。
物々交換の国。
わたしが、自分の力でジュースやクッキーを買えた。交換できた。あそこなら、わたし、家出とかしても生きていける?
おりがみがめずらしくなくなったら、何も買えない?
お母さんがお金持ちの国。
タワーマンションはすごかったけど、お母さんも桃花お姉ちゃんもしあわせには見えなかった。
考えながら走る。
パンダさんのことも。
案内板のイラストなのに、なんであんなこと、できたんだろう?
わたし、実際に、この世界ではない、別の二つの国に行ったの?
それとも、夢を見せられただけ?
わからないけど、時間は経過していた。
うちのアパートが見えてきた。
走る。
急いで家に帰る。
遅くなったことを怒られるかも……と、恐る恐る玄関のドアを開けた。
だけど、家の中は静かだった。
リビングに明かりはついていない。薄暗い。
わたしは玄関でランドセルを下ろして、それから、部屋の中をそっとみた。お母さんはソファで寝ていた。
……桃花お姉ちゃんとケンカして、疲れたのかもしれない。
桃花お姉ちゃんは……家にいる?
本当に家出とかは、してないよね?
足音を忍ばせて、部屋を見る。ふすまの隙間から光がこぼれていた。かすかに人の気配もする。
お母さんとケンカして、部屋にこもっているのかな……。
台所の明かりをつけてから、時間を確認する。もうすぐ七時だ。
帰りが遅くなったことを、怒られずに済みそうだとほっとしながらも、どうしようかと思う。
とりあえず、押し入れから、薄い毛布を取り出して、そっと寝ているお母さんの体にかける。
お母さんは、このまま朝まで寝ているかもしれない。
冷蔵庫を開けて、中を見る。
すぐに食べられるおかずがいくつか。それから冷凍庫に、焼きおにぎり。わたしとお母さんで一緒に握って作っておいたやつ。ラップにくるまれているそれを、そのままレンジで温めた。
自分の分と、桃花お姉ちゃんの分。
チンする間にコップを取り出して、麦茶を入れる。これも二人分。
お盆に乗せて、桃花お姉ちゃんとわたしの部屋に持っていく。
「桃花お姉ちゃん、開けて」
声を掛けたら、ふすまが開いた。
「真白……」
むすっとした桃花お姉ちゃんの顔。目がはれぼったくなっている。泣いていたのかな……。
「一緒に、食べよ?」
「……いらない。お腹空いてない」
「先に食べた?」
「食べてない」
「お腹すいちゃうよ」
「いらないって言ってんのっ!」
二人分作ったのに、全部わたしが食べるしかないかな……。物々交換の世界でクッキーとかリンゴとか、色々食べたから、あまりお腹は空いていないのだけど。
どうしようかと思って、そのまま立っていたら。
「あんたは、ホントに『いい子ちゃん』だよね」
桃花お姉ちゃんに睨まれた。
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